Requiem-10 この国を託せる仲間
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「じゃあね、色々と騒がせて済まなかったよ。裁判で何と言われるか分からないけど、魔王教団に籍を置き、皆に恐怖を与え、要らぬ警備をさせてしまったのは事実だから」
「アゼス……正直なところ、あたしは信頼できる仲間を作ってチームで活動するべきだったと思う」
「そうだね、俺もそう思うよ。あの時の俺は、自分の復讐に周りを巻き込まないつもりでいたんだ。結果、これだけ迷惑を掛けていたわけだけど」
テレストロードの門に着いた後、アゼスは自ら「指名手配されているアゼス・ネニです」と名乗った。
オレ達で事情を伝えたけれど、テレスト王国としてどう判断するかは分からない。本音を言えば引き続き協力者でいて欲しい。
境遇も気の毒だと思うから、魔王教徒だから処罰なんて話にならなければいいなと思う。
もちろん襲撃する気はなくともアンデッドを用意したり、集落の壁を破壊したり、やっちゃいけない事はしている。本人はその罰は受けるつもりでいた。
「魔王教団は手強いよ、油断はしないでくれ。潜入した後、こんな事態になるまで誰にも打ち明けられなかったくらいには気が抜けない」
「俺も一緒に行こう。俺の刑罰は魔王教徒の殲滅だ。次にどんな事をしろと言われるのか、お伺いを立てなきゃね。同じ任務を言い渡された仲間達とも合流しなくちゃな」
2人はこれからの処遇に何の不満も零さない。悪い事をしたのだから、罰を与えられるのは当たり前だと言う。なんでこんな素直な人が悪の側につかないといけなかったんだ。
身寄りもなく、路上生活で飢えていたティート。
魔王教徒に親を殺されたアゼス。
もしティートに手を差し伸べたのが善良な誰かだったら。
アゼスの親の店に魔王教の経典が持ち込まれなかったら。
持ち込んだ女性がその経典の正体を知っていたら、彼女の親が魔王教徒の間に生まれていなかったら。
「……ぬし?」
「ううん、考えても仕方がない事だ」
……善良なだけじゃ、駄目なんだ。魔王教は危ないと言っても、具体的に何がどうなのか、どんな教義でどんな活動をしていて、経典はどんなものなのか。
その知識を広めなければ、知らないうちに接し、巻き込まれるかもしれないんだ。
「アゼス。あんたはティート達よりもっと多くの事を知ってる。それをみんなに伝えてやってくれ」
「もちろんそのつもりだ。俺の手で復讐を遂げたい気持ちはまだあるけれど、正直なところ、俺だけでやらなくていいんだと分かって少しホッとしている」
「そっか。実力で言えばベテランに遠く及ばないけど、この件は俺達がついてるから安心しろよ」
「俺は償いだけで手一杯だ。みんな、宜しくお願いします」
「おう! ティート、あんたが目を覚ましてこっちについてくれて良かったよ」
オルターがアゼスとティートに手を差し出して握手をする。その横では門番が手錠を持って握手の終わりを待っていた。
「あの、待って下さい。これはオレからのお願いなんですが」
「ん? 何だね」
「2人に手錠を填めるのは……なしにできませんか。ティートは既に刑罰を受けている最中ですし、アゼスはオレ達がいなくても逃げません」
「……そこまで俺達を信用してくれるのか」
飄々としていたアゼスが初めて真顔になった。自身の悲惨な過去を話していた時だって、懐かしんでこそいたものの笑顔だったのに。
「話してくれた過去は、グレイプニールが本当だと認めているから。確かにみんなに迷惑は掛けたから、その点については悪人かもしれないけど」
「そうね。手錠をしていれば好奇の目に晒される。まずこれが逮捕なのか、任意の事情聴取なのか」
「……はははっ、なんだろうね。もっと早く君達と出会えていたらなあ」
「そう、だね。俺に手を差し伸べてくれたのが違う誰かだったら……いや、自分の足で立ち上がらなかった俺じゃ、どう転んでも一緒だったか」
「手錠はお任せします、身分を処罰するのではなくとも、悪い事はしちゃったんで」
2人に暗さはない。今の状況を当然のように受け入れている。少しくらい恩赦に期待したり、便宜を図れと縋りつくような態度が見えるものかと思ってた。
英雄の息子だから、王国から感謝を告げられた奴らだから。
この2人はそんなオレ達の背景を1つも使おうとしなかった。
「……他の町に入れなくなるから、口利きをしてくれって、言ってたじゃないですか」
「最初は邪な考えをしていたんだけどね。この数日、俺は本当の意味での仲間を得た気になっていた。復讐心を忘れそうになっていた。俺本当は……そろそろこの復讐作戦から解放されたかったんだと思う」
アゼスの表情は清々しいものだった。
復讐を果たせたところで、死んだ人は生き返らない。
残るものが達成感なのか虚無感なのかは分からない。ただアンデッドがどんな存在か、アゼスは良く知っているはず。
復讐を計画しつつも誰かに迷惑を掛け、傷つける原因を作ってしまう潜入生活。復讐心で暴走していても、そんなの途中で良心が咎めて失速するのは決まっていたんだ。
「俺の人生は魔王教徒のせいで狂ってしまった。でも、今ここにいるのは俺の責任さ。別の方法がなかった訳じゃない、俺が選んだんだ。結果への責任を放棄しちゃ、あいつらと同じだ」
そう言うと、アゼスは小さく会釈して門番と共に歩き始めた。ティートも寂しそうに微笑む。
「俺はまだ刑期が残ってる。これから作戦が上手くいっていると思い込んでいる魔王教徒を、1人でも多く捕える。この国は任せてくれ」
「うん。いつか、今度は悪の手を取ろうとしている人を救う側になってよ。そう言うオレは……困った人を見掛けたとして、救いの手を差し伸べられるか分からないけど」
「受刑者としてじゃなくて、あたし達の仲間として宜しく頼むわ。あたし達も頑張る!」
「ああ。魔王教徒の殲滅が早けりゃ、ティート達の刑期も短くなるんだもんな」
そんな他人任せには出来ないと笑いながら、ティートはオレ達から目を逸らさなかった。
「ここからの人生は、俺達の力で切り開く。魔王教徒は……かつての俺達は、本当に非情な奴らだ。気を付けてくれ、必ず」
ティートが手を振り、別の門番とアゼスの後に続く。門番は2人に手錠を掛けなかった。
「これで良かった……のかな」
「俺達がいい人って訳じゃない。きっと……あの2人にまともに生きるきっかけがなかっただけ」
「立場が違ったら、あたし達がああなっていたのかもね。そう考えると魔王教徒だからと無条件に敵視しようとしていた気持ちを改めないと」
グレイプニールに命を吹き込むのがオレじゃなかったら。
オレが英雄夫妻の子供として生まれていなかったら。
「ボク、ぬしのボクます。ぬしいまい、ボク、ボクちまう剣ます」
「……そうだね、バルドルのように次の持ち主を見つけたんじゃなくて、君はオレの気力と魔力と血で生まれたんだから」
「ボクのぬし、ぬしが良います。ボクのぬし、い、いちゅ、ちまういちゅもぬしが良います」
「うん、ありがと」
オレが別の立場のどんなオレだって、主にしたい……か。
そうだった、オレは最初、グレイプニールが喜ぶような、誇れるような人になろうって決めたんだった。
「さ、拠点の場所は聞いたんだ、次の場所に行くための手段を考えないと」
「ええ。それこそ場合によっては親のコネを使わないといけないかもね」
「……それでも、行くしかない」
アゼスはいくつかの拠点の場所を教えてくれた。よく掛ける電話の国番号や手紙の宛先の中に、数年間変わらない町があるらしい。
多分、イサラ村もそうなるはずだったんだ。
「不思議だな、なんだかオレ親と同じような事をやってる」
「お前に助けられた人にとっては、お前が英雄だぜ」
「あたし達、ね。オルター、あなたもこっち側! 英雄は……何人いてもいいの」
波乱のテレスト滞在はそろそろ終わる。次の目的地に向かうため、まずヘトヘトなオレ達は宿で休息を取る事にした。




