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Requiem-07 グレイプニールの大号泣



 ティートとアゼスの2名は、恐らく数年はテレスト王国の外に出られない。アゼスに関しては事前に各国に根回ししていた訳でもないため、恐らく魔王教徒として処罰を受ける事になるかな。


 テレストの今後や魔王教徒の逮捕については、もうオレ達でやるべき事じゃない。ティート、アゼス、それに王国の役所と管理所が連携して進めていくと思う。


 オレ達は次にどこへ向かう? 他の潜入者を探す?

 世界中の国々を回るとなれば、何年がかりになるのやら。父さん達も動いてくれるとはいえ、末端の信者をあたっても意味がない。

 枝葉を切り落とすだけでは埒が明かない。


「グレイプニールは何か読み取っていないの? あたし達に全てを伝えきれていないかも。あのマスターが妻子を盾に脅されていた理由を知っている可能性はあるよね」

「そう……ですね。ただ、潜入者だったかどうかは今更問題じゃない気もします」

「うーん、まあ本人の口から伝えられない状況でもなかったし」


 他の潜入者を探すにしても、あなたは潜入者ですかと聞いて回る訳にもいかない。

 そもそも人口が少なく部外者もほぼいない集落という状況下で、やっとアゼスが名乗り出たくらいだ。他に潜入者がいたとしても、知られないように動いていると思う。


「明日、アゼスと打ち合わせをして、テレストロードに……」

「ここにいたのか。イース、グレイプニールが泣いてるぞ」


 レイラさんと話し込んでいたら、オルターも起きてきた。まだ寝起きで体温が高いからか、冬の屋外だというのに半袖シャツだ。


「おはよう。あー、あいつやっと起きたのか。よいしょっと」

「オルター、風邪ひくから何か着ておいで。そしたら食事に行こ。3人で今後の事を話し合いたいし」

「そうっすね。色々考えるべきことが山積みだし」


 中庭から屋内に戻り、部屋数が8室しかない廊下を歩く。回廊のようになっている最後の角を曲がった所で、グレイプニールが泣き喚く声が聞こえてきた。


「ぷぇぇ、ぷぇぇぇ……ぬしいまい、ぬしぃ……ボク置ぐしまてどこますかぁ……ぷぇぇ~……」

「他に泊まってる人がいなくて良かったわね」

「この日干しレンガの壁を抜けて廊下にまで聞こえてくるのか」


 部屋の扉を開ければ、グレイプニールの大泣きは部屋中に反響していた。自分で動けないし涙も流せないから、その分声で主張するしかないんだろう。


「グレイプニ……」

「ぬぅ、ぬぅぴぃぃ! ボク置いでどこ行ぐしまたぁ! ボクあびちぃ言うしまた! 置いでしどい!」

「ごめんごめん、ぐっすり眠ってたから」

「ぷぇっ、えっく、ボクおなすびます、ぬし一緒持つでぎまさい! ボクあびちぃ! あびちくまいしまさい!」

「分かったよ、次は眠っててもちゃんと持って行く」


 グレイプニールは置いて行かれる事がショックだったんだろう。オレに対して怒る事なんて今までなかったのに。

 というか、30分も経っていないと思うんだけど……これじゃさすがにオレが完全に1人になるのは無理なのか?


「ボク起ぎるしまた、ぬしいまい! ボク要らまい? ボク捨でさでた? 思うしまた、ボク思うしまた分かるまさい!」

「オレがグレイプニールを捨てるわけないだろ。起きた時に一緒にいてあげなかったのはほんとごめん」

「ちまう! ごめまさい!」

「ごめんなさい! オレが悪かった!」


 どれだけ自分が寂しかったか、オレに置いて行かれて絶望を味わったか。グレイプニールはそれを泣き声交じりで訴えかける。オレが二度と置いて行こうなどと思わないように。

 目覚めた時に1人……いや、1つぼっちで驚いたのは分かる。いつも隣にいて、「起きるしまた」や「起きまさい」を言っていた相手がいないのだから。


「グレイプニール、イースはお前を起こさないようにベッドの上に残したんだ。人ってのはな、時間が迫ってたり危険が迫ってたりしなけりゃ相手を起こさないんだ」

「ボク……あびちぃ、起きるますよ」

「もう少しゆっくり寝かせてやろうってのは、優しさなんだよ。イースはその方がいいと思ったんだ。グレイプニールも疲れてるだろうって」


 見かねたオルターが宥めようとしてくれる。グレイプニールは抗議の声を上げつつも、自分が酷い事をされたかどうかと、自分が酷いと思ったかどうかは違うと理解を示すようになった。


「ぬし、ボク置いでいくしまい、あくそくしまさい」

「約束する、トイレの時以外は置いていかない」

「ボクお大事ます、言うまさい」

「グレイプニールはとても大事だ。今まで捨てたいと思った事はないし、これからもない」

「おあびに、あしたもしゅた斬ゆます、あくそくしまさい」

「お詫びに明日モンスターを退治しに行く。約束する」


 寝てる時に起こしたくないって思いは分かって貰えたのかな。とりあえずグレイプニールの声はいつもと変わらない大きさになった。


 そうだよな。オレがグレイプニールに意思を持たせたんだ。喋るようになったのもオレが望んだから。それなのにオレは気が緩んでいたのかもしれない。


「ぬし、ボク撫でまさい」

「分かった」

「おうど、入る、ボク洗うまさい。洗うしまた、ぐにむおーす革で拭きまさい」

「分かった、風呂で洗うしグリムホース革のクロスで拭く。鞘の中もしっかり洗って、しっかり乾かす。今日の夜はお前が寝るまで子守唄歌ってやる」

「おぁ? ころみむた、何ますか?」


 ああ、いつものグレイプニールに戻ってくれた。


「ほら、ご飯に行くよー! 2人とも行ける? あたしお腹空いちゃった」

「あ、はいっ」


レイラさんが呼びに来てくれた。グレイプニールも落ち着いたし、とても良いタイミング。


「ったく。他の伝説武器もそんな感じか? 聖剣バルドルや冥剣ケルベロスもそんな寂しがり屋だったりすんの?」


 ……うん、と言っていいのかな。バルドルは泣きこそしないものの、ずーっと父さんをグチグチと責めていた。

 僕を置いて行くなんて主としての自覚がないだとか、僕を置いて行く程度の仲だったのかとか。

 そんな時、のんびり屋の父さんは「1本きりにしていても、俺を待ってくれるだろ」って微笑んで、バルドルに「ぐぬぬ」と言わせるんだ。


 炎弓アルジュナは寂しがり屋だけど、母さんの事を心配もしてる。いつも背負ってると邪魔じゃないか、1人になりたいんじゃないかって。

 母さんが何かする時は部屋でおとなしく待っていて、母さんが待っていてくれて有難うと言えば嬉しがる。


「ケルベロスは父に結構文句言ってたかな。でも自分がいない間の話を聞くのも好きみたいよ。話をして貰った後で心を読んで、語彙力がないだの誤魔化してるだの」

「武器によって個性って全然違うんだな。同じ剣でも違うみたいだし」

「なんだかんだ、相性がいいのよね。ビアンカさんとグングニルを見ていてもそう思う」


 あんまり他の武器の事を話すと、グレイプニールも自分もそれでいいんだと思ってもっと甘えそうな気がする。


「喋る武器を魔王教徒も持ってる、なんて事はないよな?」

「……えっ?」


 夕食はカモ肉のソテーと、平たいパン、パイ包みの蒸し野菜、それにスープ。贅沢ってのは言い過ぎだけど、さすがは観光地の食事だ。

 ご当地料理の物珍しさも相まって大満足。


 それなのに、オルターのふとした一言にオレとレイラさんは凍り付いた。


「ど、どうなのかな。でも喋る武器を持っているなら、どこかでそれが噂されていてもおかしくないよね」

「イースが喋る剣を持っている事だって、世に広く知れ渡っているわけだし。アダマンタイトの剣が他に存在していたとしても、方法までは知らないか」

「……術式は、武器達のグリップの巻き布を剥ぎ取られたら分かってしまう。方法を知らないなら、グレイプニールを奴らから守るのもオレの役目って事か」

「ほら! ボク置いでいくだめ分かるしますか?」

「分かったよ、分かったってば」


 グレイプニールは……ひょっとしてそれに怯えてもいるんだろうか。狙われているかは分からない。ただグレイプニールは動かないけど、巻き布を剝ぎ取ろうとされても抵抗できない。


「……明日、アゼスに聞いてみよう」

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