Requiem-04 アゼス・ネニという男
ますます分からなくなってきた。グレイプニールもティートもアゼスが魔王教徒である事は間違いないと言う。死霊術も操れるのだと。
「お婆さんと兵士は、この件に全く関係ない……? じゃあアゼスは8人の事も欺いたって事だよな」
「ティート、アゼスって男の身の上は知ってんのか」
「親も魔王教団に入信していると聞いた。会った事はないけど」
「本名は、出身地は?」
「入国審査で見た限りではノースエジン連邦出身で、アゼス・ネニだった。さすがに偽名じゃ入国出来ないからな」
ノースエジン連邦は、ジルダ共和国から山脈を隔てて東に位置する国だ。ただ、行き来する街道は荒廃し、陸路での交流は殆どないと聞いている。
ノースエジンは人口も少なく、町や村もテレストと同じくらい少ない。故郷が判れば素性を知る人に行き当たるのは簡単だと思う。
「あたし、ノースエジンの管理所経由で調べてもらうわ。事情を説明して、役所に問い合わせを……」
「それなら国境の砦から掛けてもろた方がええばい。あっちやったらノースエジンの人民管理室に連絡入れて、台帳との照合ばさせられるけんね」
「そこのホテルの電話ば使わせてもらい。ほらおいで」
住民の女性に手招きされ、レイラさんが連絡に向かった。ノースエジンなら時差も1、2時間だし、連絡もつくはず。
その間、リザさんのパーティーの剣盾士がテレストロードの状況を聞くため、別のホテルへ電話を掛けに向かった。
「ぬし、電話お喋ります」
「え? ああ、うん、相手の声が聞こえるね」
「電話、あまだいたんとちまうます。てちゅ、お喋りしまい。ボクあまだいたんと、お喋りよごでぎます」
「……ああ、電話が喋ってるんじゃないんだ。説明するからオレの考えを読んでよ」
そうだよな、グレイプニールからすれば、自分以外にも喋る事が出来る「物」があると思っちゃうよな。
置いてある電話に喋り掛けるような事がなくて良かった。
別にオレが喋り掛ける訳じゃないんだけど、なんかオレが恥ずかしい。
「おぉう、ぬし、ボク電話しますか?」
「オレと一緒にいるのに電話するのか? じゃあ後でどこかのホテルに寄ってグレイプニールを電話の前で置いて、オレが別のホテルから掛けてあげようか」
「ぷぇぇ、ボク置いて行くだめます! 許さまいなす!」
「じゃあオレとグレイプニールで電話するのは一生無理だと思う」
そんなたわいもない会話をしつつ30分程経った頃、ようやくレイラさんが戻ってきた。
「どうでした」
「氏名だけの情報だから仕方ないけど、国内で同姓同名が23人。ネニ姓は結構多いんだって。最年長は79歳、最年少は3歳」
「わお……そりゃ本人に行きつくのは難しいな」
そうだった、同姓同名の人がいる事を想定してなかった。どうしよう。
「大丈夫、テレストに入国しているのは1人。現在23歳で17歳の頃から帰国歴はなし。パスポート番号と国民番号から調べたらテレスト港から入国した記録がある」
「確かに、俺より少し年上に見えなくもなかった」
「……ティート、あなた何歳?」
「21歳です」
「……あたしより1コ年下なのね」
これでアゼスについて色々分かりそうだ。そして、魔王教徒だと知られた以上、もうテレストから「合法的に」出る事は出来ない。出国記録がない以上、他の国に「合法的に」入国する事も不可能。
「アゼスが国外に出られないなら、捕まえるチャンスなんだけど……捜索に人手を割いて、魔王教徒の思惑通りになるのも避けたい」
「それについては問題ないわ。近々必ずテレストロードに寄るから」
「なぜそれが?」
「答えは簡単、アゼスがバスター資格を持っているからよ」
「……えっ?」
バスター資格を……所持? えっ、バスターが魔王教徒に!?
「なんてことだ。そりゃバスターの人数からして1人や2人魔王教徒になっててもおかしかねえけど」
「それがなぜテレストロードに寄るという確信に繋がるんですか?」
「バスター登録をしている者は、1年に1回必ずどこかの管理所で記帳しないといけない。もしくは管理所職員が現認する必要がある」
「そっか、そうしないとバスター資格を失って、武器や魔術書の所持も出来なくなるんだった」
それは行方不明や失踪を防ぐため、また指名手配等をされた時にバスター資格をはく奪するため。
職員の現認でもいいというルールは、病気や怪我で管理所に立ち寄れないバスターのために追加された。
父さんがアークドラゴンと共に封印された際も、現認で済ませていたはずだ。
「アゼスのバスターとしての活動は、バスター1年目の10か月のみ。だけどそれ以降も毎年ちゃんと更新してるの。最後の記帳からは、もうすぐ11か月」
「つまりこの1か月で記帳できる場所に現れるって事か」
「確かに、魔王教徒とはいえ四六時中誰かと一緒という訳じゃありません。大きな町に着いた時、隙を見て管理所に寄った可能性は十分あります」
……あれ? この言い方だと、アゼスはバスターである事を魔王教徒に教えていない?
「アゼスは魔法や武器で攻撃してなかったのか?」
「魔法は使っていた。だけどバスターという話は……あの8人なら知っていたかもしれないけど」
「いや、知らなかったと思うぜ」
オルターの鋭い目が光った。オルターが真剣な顔で腕組みをしている時は、たいてい冴えてるんだ。
「どうして? だってティートの事を騙していたうちの1人なのよ? あっちの味方かもしれないし」
「だって、ティートを味方と思わず囮にするつもりだったとしても、バスターである事を隠す利点って何ですか?」
「そりゃあ、まあ……無いかもしれないけど」
「バスター証じゃなくパスポートで入国してるのもそうだ。パスポートは審査に時間が掛かる。でもバスター証なら登録の事実を確認するだけで通れる」
「そりゃあ……まあ、うん、そうね」
バスターである事を公言すれば、バスター管理所への潜入、他のバスターのパーティーに紛れて情報収集、それらの任務をこなす事が出来る。
魔王教徒側にとっても、バスターの身分にある信者は是非とも欲しい人材だ。
「まあ念のため調べて来る。あいつらに聞けば早いわけだし」
「その必要はないよ」
ふと背後で聞き覚えのない声がした。
振り返った視線の先にいたのは、日焼けで顔が赤くなった細身の青年。両脇には外壁の修復に向かったはずの男達が並んでいた。
「えっと……あなたは?」
「あ、アゼス」
「へっ?」
「おぉう、ボク読むしたあでつ、あいつます」
「ティート、元気そうだね。囮になんかしてごめんよ」
妙に明るく飄々とした口調、妙に爽やかでにこやかな表情。屈強な男達に脇を固められているとは思えない余裕。
白金の髪、オレよりちょっと低い背、切れ長の目。こいつが、アゼス・ネニ?
「アゼス、お前」
「あー怒んないで、こっちに来た班の奴がお前達を囮にしたって言ったんだろ? うん、あれね、半分嘘」
アゼスは魔王教徒だと知られているのに、なぜこんなに余裕なんだ?
オレ達がここに来た目的も知っているはずだ。
「ちょっとあなた、この集落を襲ったうちの1人ね? おかげで私達は必死になって駆け付けた訳なんだけど」
「見ろよこの死骸の山。それにてめえ魔王教徒だろ。俺らをテレストロードから遠ざけて、首都を手薄に……」
「あー、落ち着いて。それが嘘なの。えっと、残り半分の本当部分は、ティート達を騙して捕まるように仕向けた事だから」
……はい? どういうこと? もう今日何度どういうことって思ったっけ?
アゼスはベテランバスターであるリザさん達の抗議もどこ吹く風。まったく動じていない。
「ごめん、何言ってるか全然分かんないんだけど」
「えっと、その前にティートが何でそこにいるのか聞いてもいい? それ次第ではちょっと言えないんだよねー」
「魔王教徒殲滅に協力してもらってるの。テレスト王国の裁きで、魔王教徒殲滅っていう懲役を科されているからね」
「噂に聞く忠剣グレイプニールが一緒って事は、魔王教徒側として動いてない……か」
アゼスはにっこり笑ったまま、拘束を解かれてオレの前に立つ。腕を差し出してきて、握手のつもりかと思ったら……そのまま俺の手に握られたグレイプニールの柄を掴まれた。
「初めまして、おれ魔王教徒ハンターのアゼス・ネニと申します」




