Requiem-03 欺く者の正体は
想定はしていた。だからテレストロードにバスターを半数残してきた。だけどそれで持ち堪えられるかどうかは分からない。
ティートに計画の全貌が知らされていなかったように、こいつらにもまた、知らされていない事があるかもしれないんだ。
伝説の武器達やグレイプニールは、人の考えを読み取る事ができる。その能力は便利だけれど、それを逆手に取られた結果が今の状況だ。魔王教徒側はその対策を講じていた。
上手く事が進むと思っていたのに、むしろ暴いた事実だけを信じて動く事は出来なくなった。
誰がどう意図せず加担しているか分からない。
魔王教徒である事を隠し、別の神様をでっち上げて寄付を集めているかも。国や役所に入り込み、魔王教団の活動に有利な法律を作っているかも。
魔王教団を非難し、糾弾しているつもりの人だって、実は自分が知らないうちにどこかで魔王教団の一派と繋がっていて、利用されているかもしれない。
どうする、どうすればいい。きっと、この焦りはこいつらに伝わっている。
「何をすればいい。くっそ、頭が働かない」
オレ達は昨日から一睡もしていない。また半日かけてテレストに戻ったとして、戦力になるだろうか。まだ処分できていない死骸の山はどうする。アゼスって奴が戻って来たら?
アンデッド化されてしまえば、頭を上手く狙わないと倒せない。生きているモンスターよりも厄介なんだ。
オレ達がすぐにテレストロードへ戻ったとして、この集落に定住している治癒術士はたった1人。何かあった時さすがに1人じゃ厳しいだろう。
リザさん達に後を任せる? それなら強いリザさん達が戻った方がいいんじゃないか。
くっそ、捕まってボコボコにされたはずの魔王教徒達の方が、オレより余裕に見える。
「ぬし、ボク、よごでぎます」
「えっ」
オレとティートが悩んでいる中、ふとグレイプニールが呟いた。
「ちうちゅじゅち、ひーむ掛けるします。ボク、いぱい貯べるます。いぱいいぱい、放すます」
「グレイプニールで……そうか、それならかなり楽に処理できるな」
そうか、そうだ! グレイプニールは魔力を貯め込む事ができる!
徐々に魔法を掛けて弱らせるんじゃなく、グレイプニールに貯め込んでもらえばいい。威力でごり押し……うん、いける!
アンデッドを発見してから唱えるのではなく、発見までの間に予め重ね掛けしてもらう事で無駄もなくなる。これなら万が一の際も少数の治癒術士で対抗できる。
「イースさん、こいつらに聞かせて大丈夫なのか」
「ああ、問題ないよ」
今ここで作戦を知られたところで、もう外部に知らせる事は出来ない。ここはリザさん達に戻って貰って、オレ達で集落の守りを……
……いや、待てよ。
なんだか、オレ達の動きに合わせるように事態が急変してないか?
「お前ら、何故このタイミングで作戦を実行した。オレ達がテレストに入ったのを監視していたのはお前らだよな」
「そいつが監視していたんだろう、俺達が知るかよ」
「俺は知らない。アゼスからを入れたんだろう? アゼスはそっちにいたはずだ」
「ぬし、どちもらほんとうつきます」
……え? こいつらオレ達を監視していなかった?
「……オレ達を監視していたのは、そいつらじゃない?」
「ぴゅい。こいちゅ、しるまい。てぃと、ぬし監視しるまい」
「アゼスって奴が、集落を襲撃してるって連絡してきたんだよな? それは本当だよな」
「ぴゅい」
えっと……待て待て。魔王教徒からの連絡を受けて、兵士が裁判所に駆け付けていた?
「あの兵士、まさか魔王教徒……? イースさん、あの兵士って」
「いや、違う。確かにあの兵士も調べたんだ。あの王宮に魔王教徒の一派はいない。でも……利用されていると気付いていない人がいたのかも」
だとしたらまずい!
アゼスって奴は、何らかの形で兵士に話しかけることが出来る立場にいるって事だ。
「イースさん、ひとまずレイラさん達に話を」
「ああ、そうしよう」
オレだけで考えても仕方がない。こいつらは逃げられないから、見張る必要もない。
「グレイプニール、アゼスの顔や恰好をよく覚えておいてくれ。見かけたら教えて」
「俺も見れば分かる。アゼスもテレストの外から来たのは間違いないんだ」
アゼスはどうやって兵士を動かした?
* * * * * * * * *
「なるほど、あたし達をテレストロードから遠ざけるためにオアシスを襲ったのね。占拠出来ようが出来まいが関係なかった」
「私達、踊らされていたって事? かといって無事だったのは結果論だし」
「なあ、どうするよ。テレストロードに戻るか?」
「このオアシスは周囲の砂丘から覗けば丸見えだし、拠点には不向きな気もするからな。何度も狙うメリットがない」
すっかり日も昇って、冬とは思えないくらい気温が上がり始める。数十人が外壁の補修に向かい、残りの多くが湖畔の広場に集まっていた。
レイラさんとオルターと、リザさん達のパーティー、ホワイト等級のパーティー、それに集落の人達で話し合いを始めて1時間。まだ方針は決まっていない。
テレストロードにも状況を伝えたんだけど、町の内外で目立った動きはないらしい。
「アゼスはここの住民を装って電話を掛けたのかな。でも電話があるのは小さなホテルと派出所くらいだ」
「気になったのは、オレ達の動きを監視していたのはあの8人じゃないって事だ。アゼスが8人に自分の行動を秘密にしていた可能性もあるけど」
「ねえ、そいつは確かにこの集落にいたの? あたし達がそいつを探して彷徨うのを狙っていたのよね?」
「兵士が慌てて裁判所に飛び込んできたのは昨日の16時くらいだったはず。あの8人を調べた限りでは、アゼスも襲撃の際には一緒にいた」
「村の壁が壊された時間とも一致してるもんな」
という事は、どんなに早く行動していても村を出たのは17時頃だろう。そこから徒歩で夜通し砂漠を歩いたとして、そんなに遠くまで行けるか?
というより、オレ達でも1人で行動するのは危険だというのに、魔王教徒が1人で移動?
「いや、アンデッドに自分を守らせながら移動する事は可能……か」
「……なあ、アゼスはこの集落のどこからテレストロードに電話を掛けたんだ?」
そういえば。まさか秘密の電話回線を引くなんて不可能だし、捕えられた8人からもそんな情報は出てない。……あれ、じゃあアゼスが本当に電話を掛けたのか、誰も知らない?
集落の中で電話があるのは6軒。派出所に1つ、ホテル3軒、役場の出張所に1つ、個人宅に1つ。そのどこなのかと皆で洗い出していると、南から1人の男が駆けてきた。
「おーい! テレストロードに電話かけたの、婆ちゃんっちばい! テレストロードの役所に掛けたっち言いよる!」
「婆ちゃん?」
「ああ、この集落の大婆様たい。サンド亭っちホテルの電話ば借りて、孫から聞いたテレストロードの兵士の詰所の番号に掛けたっち」
「ああ、婆ちゃんの孫が王宮兵士になったち聞いたことあるばい」
「そのお婆さんは」
「もうすぐ来る……おーい、こっちだこっち!」
テレストロードに電話を掛けたのは、お婆さんだった。現れたのは腰の曲がった小柄なお婆さん。まさかと思い握手をしつつ確認したけど、勿論アゼスではない。
「オラが電話したと。オラの孫なら絶対助けてくれるけん。こげんして強い人ば寄越してくれたやろ」
「ぬし、まご、呼ぶしまたへーちます」
「え、あの兵士? じゃあ裁判所や他の場所に教えてくれたのは」
「電話を受けたお孫さんって事ね。あの兵士さんは魔王教徒と繋がりがなかったはずよ。このお婆さんも」
「……じゃあ、アゼスって奴はどこから誰に電話を?」
ホテルや派出所も全て確認したけど、当時、お婆さん以外の誰にも電話を貸していなかった。
「アゼスは電話を……掛けていない?」
「仲間に嘘をついて、1人だけ集落を去ったって事か?」
「魔王教徒の計画は聞いたし、テレストを実験の場にしようとしていたのは間違いない。でもテレストロードは無事、他の集落も動きなし……一体、どうなってるんだ?」




