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Requiem-02 捨て駒



 魔王教徒達はグレイプニールの特技を知っている。だから手足を拘束されてなお、芋虫のように這いまわって逃げようとする。

 考えを読み取られまいとするのは分かるけど、何か知られたくない事がありますよと言っているようなものだ。


「ティート貴様、俺達を売ったな! 覚えてろよ!」

「あ、違うんで。ティートは何もしてないよ。あんたらが襲ってきたとテレストロードに連絡が入っただけ」

「じゃあ何でティートがそこにいる!」

「ティートは今、刑を執行されている真っ最中。懲役の内容があんたらを殲滅することなんだ。だからオレ達が連れてきた」


 この魔王教徒達が裁かれた後、外の世界に戻れる可能性は低い。

 ついでに、万が一戻れたとして、その頃まだ魔王教団が存在している可能性も低い。


 覚えていろよだの、絶対に殺してやるだのとうるさいけれど、やれるものならやってみろ、だ。


「てめえらこそ、俺を捨て駒にしていたんだろ。俺達テレストロード班から情報が漏れないように、自分達の計画を隠してやがった」

「何を言っているか分からねえ、捨て駒だと?」

「俺はこの集落を襲う計画を事前に知らされてねえ。まあ今更もうどうでもいい、俺の目は覚めた。俺が知った事は全て暴露した」


 ティートが全員をギロリと睨んだ。空気の循環のためのパイプから風が吹き込み、不気味な音を奏でる。ティートの怒りの表情が、吊り下げられたランプの明かりと共に揺れた。


「まあまあ。ティート、ちょっとグレイプニールを触ってくれないかな」

「ああ、勿論」


 ティートがグレイプニールの柄に触れる。


「グレイプニール、左から順番に名前を」

「ぴゅい。あぐま、えでんで、おじょまの……」


 多分、グレイプニールの発音が悪いんだと思う。だけど不完全ながら名前を言い当てられ、その能力が本物である事は証明された。

 おまけにティートがグレイプニールに堂々と心を読ませたのは、本当にオレ達の味方についているという事。


「わ、分かった!」

「とにかくその剣をしまえ! 聞きたい事があるなら話してやる!」


 魔王教徒達が壁に背をピッタリ付けてオレ達から距離を取ろうとする。無駄だってのに。


「何が聞きたいんだ!」

「あ、そういうのいいです。グレイプニールが全部読み取るので」

「喋ってやると言っているだろう!」

「喋ってもいいですけど、その内容が本当か嘘かは確かめさせてもらいます」


 往生際が悪い。オレは構わず一番左の男の頭をグレイプニールでペチッと叩いた。


「ここで何をしたか、何をしようとしたか」

「誰が言……」

「しゅーなく、もしゅた、襲うます。あんでっど、襲うます。みじゅ、あんでっど、よごちます。よごさまいしでほちいは、お喋る聞きまさい」

「……大勢で攻めて、集落の生命線である水場をアンデッドの腐肉で汚染させると脅し、従わせる……みたいな事か」

「ぴゅい」


 いちいち訳さないといけないのは厄介だけど、こいつらが集落を襲ったのは事実。集落を支配しようとしていたのも事実だ。

 実際に湖を汚したら、自分達も共倒れになる。だから所詮は脅しだった……


「ぬし、ちまう」

「あ、え? オレの考えの事?」

「ぴゅい。なほう、ちかえるしと、いるします。みじゅなほうちかえる、みじゅみよごでむこまくわい、言わでるしまた」

「……えっと……? 水を出す魔法を使える人がいるから、湖が汚れると言われても怖くない、か。成る程」


 どうせ隠しても考えを読み取られるのに。ただ、グレイプニールを介する事で時間が掛かるんだよな。


「そういえば、喋ってくれるって、言いましたよね」

「……誰が喋ってやるか!」

「じゃあ仕方ない。全員の考えを全て読み取るまで数日掛かりますけど、飲まず食わずでトイレにも行けず、寝る事も出来ないまま待って下さいね」


 これはテレストロードの刑務官の真似だ。悪人に喋らせるなら時には厳しく、冷酷な態度を取る事も効果的だと学んだからね。


「じゃあ時間を掛けてみろよ!」

「魔具を装着されてない仲間もいる事を忘れているのか?」

「死霊術を使いますか? どうぞ。モンスターを召喚してもいいし、毒沼を出してもいいですよ。影移動で牢の外に出るならどうぞ」


 実際に使われたら面倒だけど、どれを使ったってオレ達をちょっと邪魔出来るくらい。魔具を填められていない奴らも体を拘束されているし、影移動で外まで出られても逃げられない。


 オレも魔法を使えるのだと知ってもらうため、その場にライトボールを生み出した。これでグレイプニールが届かない距離でも魔法で攻撃出来ると分かったはずだ。


「そうだ、俺は死霊術を封印されてしまったけど、モンスターをこの檻に入れるのはいい案だと思う」


 ティートの声が地下牢に響き、ランプの明かりがティートの不気味な笑顔を揺らす。


「みんな、是非モンスターを召喚してくれ。みんなの憎きイース・イグニスタを倒せる絶好の機会だろう? 大丈夫、俺がその間、牢の扉を閉めててあげるから」


 ティートの提案に、魔王教徒が全員固まった。勿論、オレはこのティートの提案の真意に気付いている。

 ティートは俺を倒すために提案したわけじゃない。


「うん、そうだね。倒してアンデッド化出来るならしてみればいい。出来なかったら全員食い散らかされる。なんならオレが外で捕まえてきて、みんなと一緒に1晩過ごしてもいいよ」

「……」

「オレの生まれ故郷では、沈黙は肯定とみなすってルールがあるんだ」

「ぴゃーっ! もしゅた、斬ゆ!」


 喋らずにじわじわと苦しむより、喋った方がマシと考えたのだろう。8人は観念してポツポツと語り始めた。


 村の壁を爆破してモンスターとアンデッドを送り込んだまでは良かった。滞在中のバスターは1組で、しかも休暇を楽しむホワイト等級。モンスターの大群をさばける程の腕前はない。


 絶好の機会……のはずが、いざ集落の破壊が始まると、すぐに強力な魔法を撃ち込まれた。大きな斧を振り下ろされ、盾でガードされ、ヒールでどんどんアンデッドが倒されていく。


 引退してのんびりくらしていた元バスターは、パープル等級3人、オレンジ2人、シルバーが1人。モンスターを召喚するより倒される速度の方が上という始末。

 ブルー等級相当のモンスターを同時に召喚しても、9人では数十体が限界。結果、襲撃は1時間ともたなかった。


 それが、8人から読み取った大まかな回想だった。


「……で、開始1時間で6人、その後逃げ回っていた2人が捕まり、あともう1人のアゼスって人がまだどこかに隠れている、と」

「おい、アゼスをどこに逃がした。ああ、喋らなくてもグレイプニールさんがすぐに言い当てる」

「……フン。ティート残念だったな。俺達もまた陽動作戦の囮なんだよ」

「ば、馬鹿! 要らない事を言うな」

「おぉう、ほんとうつき」


 どういう事だ? 陽動作戦の囮? オレが知りたかった事は一通り読み取って貰ったはずだけど、まだ何か目的があったのか?


「徒歩で1晩じゃそう遠くには行けないはず。野垂れ死んでるかも」

「じゃあモンスターの死骸処理は集落の人に任せて、オレ達はそのアゼスって人を探そう」


 仮に他の魔王教徒やサンドワーム級のアンデッドを何体も連れてこられたら、さすがに今の人数じゃ厳しい。戻ってくる前に止めなくちゃ。


「おおよその魂胆は分かった。これで……」

「はっ! ぬし!」


 珍しくグレイプニールの焦った声を聞いた。


「あぜつ……つもいばしゅた、集まらまいする、そでが狙います」

「強いバスターを分散させるため?」

「あぜつ、まざと電話、しゅらく、まざと壊すしまた。探さでる、ぬし時間ちかう、そでが狙います」

「時間稼ぎ……何のために」


 各地で異変が起きていると知れば、バスターは厳戒態勢を取る。そうすれば、普段バスターが訪れないド田舎や辺境までバスターが派遣される。


 そうすると、必然的に大きな町に滞在するバスターの数が少なくなる。その状態でなら町を落とせるのか。魔王教団はそれを確かめたかったらしい。


 オレ達がテレストロードの事態を気付かずに何日過ごすのか。

 集落でテレストロードの事態を知るまで何日掛かるのか。その後、どんな行動を取るのか。


「それを知るためだけに……?」

「……ああそうさ。このテレストで検証し、世界中で騒動を起こすのさ。お前らのように駒にされていると気付きもしない奴らを使ってな」

「俺達は後から助けが来る。誰が好き好んで、人生終了も同然だったお前らに手を差し伸べる? 浄化後の世界に連れて行く気なんざ、最初からねえんだよティート」

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