Requiem-01 オアシス
【Requiem】安息の地を求めて
危険を承知で夜通し馬を歩かせると、日の出と共に周囲の色が一気に変わった。
空が赤と青を混ぜて闇を追い払った後、今度は青と白に染まっていき、赤を追い出す。
砂色とのコントラストはいつ見ても綺麗だな。
「夜明けだ。ちょうど半日、予定通りだ」
「あの壁、あれがオアシスだよな」
「ああ、そうだ! モンスターと魔王教徒が出てきたら頼んだけんな、兄ちゃん達!」
「無事かしら……」
「死霊術士が中で暴れていたとしたら、外のアンデッドは運び込めない。その逆なら防衛できているかもしれません」
砂丘を下り始め、ようやくオアシスが見えてきた。煙が上がっているようにも見えるけど、よく分からない。
ただ、オアシスの集落「リッサ」の外壁がはっきり見えてきた時、風に乗って焦げ臭さが俺の鼻を襲った。
「何か燃えてる、臭いぞ」
「あんでっど、燃えしまた、ですか?」
「どうだろう、モンスターの姿までは見えない。燃えているのは建物かもしれないし」
「俺達より前にリザさんのパーティーが向かってくれてる。持ちこたえてくれていたなら、危機的状況は脱したはずだ」
外壁まであと数百メルテ。砂丘から見下ろしても、中の様子が分かりづらい。
家々は密集し、砂から湖を守るためのナツメヤシも視界を遮っているからだ。
でも近づくにつれ、事態は思ったよりも悪いのだと知る事になった。集落に入るための門の横の壁が崩れていたんだ。
「嘘でしょ……」
「……村の外壁も日干しレンガで造られている。並みのモンスターなら脅威にならないが、大群を仕向けられたり、魔法を畳みかけられたら」
「急ごう!」
門から中に入ろうとしたものの、扉は固く閉ざされている。中から戦闘音は聞こえてこない。どうなっているのか分からないため、これでは強引にでも入るしかない。
「崩れた所から中に入ろう」
「それしかないわね」
「オレが中に入って、扉を内側から開ける。そこから入ってきてくれ」
瓦礫を踏んで崩れた外壁を越えた後、扉まで走って扉の鍵を開けた。馬と全員が入ってきた後、またすぐに鍵を掛ける。やはり集落の中からは物音がしない。
地面は砂地で、踏み固められただけ。1分も掛からず小さな湖に沿いに出たけど、やはり人の姿はない。みんな何処に行ったのか。
「焦げ臭い、どこかから煙が出ているはずなんだけど」
「この集落はそげん広くなか。湖沿いに馬で1周しても10分掛からん」
「ねえ! そこの家、屋上に上がる階段が」
「上から見下ろしてみよう」
高い建物はほぼなく、2階の高さからでも集落を全部見渡せる。2階建てもせいぜい固まって5,6軒あるくらい。湖の周囲には木や草が生えていて、その周りを日干しレンガの家々が囲んでいる。
1周歩いてもせいぜい400メルテくらいかな、外壁の周囲も2キルテないかも。家の数は50戸くらいか。
大抵のオアシスは周囲より低い土地にあり、帯水層が顔を覗かせた場所に出来る。襲ったとしても砂丘から見下ろされたらすぐバレるのに。
「……東の建物から煙が出てる」
集落の東から煙が上がっているのが分かった。オレは階段を駆け下り、皆に煙を知らせた。
「けむに、うわうわ」
「東に向かいましょう、このすぐ先だよ、誰かいるかも」
「……誰かいないか!」
オルターの声が通りに響く。でも誰も出てこない。返事もない。
「誰もいない?」
「そこの家、ノックしたけど返事なしよ」
「そっちの家もだ、みんな何処に行った? 魔王教徒は、リザさん達は」
不気味なほど静かだ。外壁こそ壊れていたものの、魔王教徒が襲ったようには見えない。
「おぉう、めこ! ぬし、めこます! あ、いむ!」
屋根の上に猫が2匹、路地の先に犬が1匹。人の姿はない。
「家が密集していて、集落の中からだと周囲の事が何も分からないわ」
「この先から煙が上っていたんだ」
「すげえ臭い、何が燃えてるんだこれ」
肉や焼けるような臭いと、強烈な腐敗臭。煙が立ち込め、何かが起きているのは間違いない。
「も、もし集落の人が死んでたら、俺何て言ったらいいか……裁判所が許しても、殺された人の家族はきっと俺を許さない」
「何を焼いてるの? まさか」
馬が臭いを嫌がって止まってしまい、ティートが馬から降りて呆然と立ち尽くす。レイラさんが服の袖で鼻を覆いつつ嫌な予想を始めた時、その正体が目に飛び込んできた。
「これ、ちょっと」
「モンスターの死骸……と、アンデッド」
公園らしき場所にうず高く積み上げられているのは、倒されたと思われるモンスター達の死骸だった。
「どういう事だこれ」
「レイラちゃん! あなた達もこっちに来たのね」
「おお、イース君、オルター君! 顔を何かで覆った方がいいぞ、具合が悪くなるから」
「リザさん!? 魔王教徒は? これは何ですか」
目の前にいたのはリザさんのパーティーと、住民とみられる大人達。
何故こんなに大量の死骸があって、煙が立ち上っているのか。一体、これはどういう事だ?
魔王教徒と一戦交えるつもりで来たのに、既に終わったって事?
いや、でもリザさん達だってせいぜいオレ達の2、3時間前に着いたくらいのはず。
「あの、すみません、これは一体どういう事ですか」
「ああ、これね。私達も聞いた限りの話なんだけど、奴ら爆薬で外壁を壊しやがったの。そこからモンスターとアンデッドを送り込んできて」
「慌てて町の戦える人達が倒していったってわけさ」
「え? じゃあ、終わったって事ですか」
集落だけで守り切った? 送り込んできた魔王教徒は?
困惑する俺達に、リザさんは苦笑いしながら説明してくれた。
* * * * * * * * *
「なるほど、魔王教徒は死霊術を使えるけど、バスターを相手に出来る程の戦いは出来なかったんですね」
「ええ。死霊術を使っていると、同時にファイアやブリザードを使えないみたい。モンスターとアンデッドはすごい数だったけど、操る奴がいなくなれば」
「ハア……俺達焦って駆け付けたってのに」
捕えた魔王教徒は8人。住民の袋叩きに遭い、自力では動けない状態で地下牢に入れられているという。
住民の姿が見えなかったのは、みんなこの異臭を避けて家に閉じこもっているから。外壁も壊れているから出歩くのも危ないし。
返事がなかったのは、この周辺は臭いが酷いので、西の地区に避難しているからだった。
「怪我人は出てるけど、うちの治癒術士がある程度は診てあげてる。診療所もあったから助かったわ」
「で、俺達は死骸の処理って事さ。これが終わったら外壁の応急処置が始まる」
「そっか、集落の中で倒しちゃったから、ここで処理しなきゃいけないんだ」
「そう。外に運び出そうにも、人口200人弱の集落じゃちょっとね。外でモンスターに襲われるかもしれないし」
村が襲われていたのは事実だった。だけど、最悪の事態は防げたみたい。
「あたし達も手伝います。アンデッドはヒールを掛けたらいいですよね」
「ええ、元バスターも含めて治癒術士が2人しかいないから、手伝ってくれると助かるわ」
「俺は外壁の見張りをします。イース、ティートと2人で魔王教徒を調べに行ってくれ」
「分かった。じゃあみんなまた後で」
各自が持ち場に向かい、オレはティートと地下牢に向かった。地下牢はこのすぐ近くにあって、集落に2人いる駐在さんが見張ってくれていた。
「何かあったら呼んでくれ。ったく、こいつら恨み節がせからしか」
「魔具は?」
「5個しかないけん、3人は填めとらん。まあ足も折れとるし逃げられんかろ」
魔具を填めてない奴がいるのは不安だけど、影移動も結局外を動けないなら意味がない。モンスターを召喚しても、戦えないから自分達がやられる。
そんな絶望の中オレとティートが現れ、魔王教徒達の目が見開かれた。
「……お前、ティート!」
「裏切ったのか!」
「裏切ったのはお前らだ! 計画は全部分かってる、俺達を捨て駒にする気だったよな」
「……クソッ、その剣のせいか」
「ぐれいむにーゆます。そも剣、ちまう」
ティートと魔王教徒が言い争う中、オレはグレイプニールで取り調べを始めた。するとそこでティートが何かに気付いた。
「……アゼスがいない」
「ん?」
「魔王教徒、こっちに回したはずの奴が1人足りない」
ティートがこれで全員ではない事に気付き、魔王教徒達が急に押し黙る。
「ぬし」
「ああ、調べよう。すぐに分かる」




