Mirage-11 元魔王教徒を仲間に
恐れていた事が実際に起きてしまった。テレストロードにいるバスターは、明日各地へ向かう予定だった。今から駆けつけても間に合わない。
「現地にいるバスターは!」
「多くないと思います、冬場のオアシスは観光客も殆ど来ませんし」
「拠点化しやすい時期を選んだな」
「とりあえずバスター経験者と、村の守りが応戦しとるようでして」
バスター経験者って、もう引退しているって事か。小さな集落でもバスター経験者は数人いるものだし、少々のモンスター相手なら、老人でも戦える。
治癒術士がいたらアンデッドから門扉を守るくらいは可能だ。
そして、多分相手の魔王教徒は多くない。きっと4人が本当は仲間じゃないと気付かないくらいの少数精鋭だ。
アンデッドだけが相手ならともかく、集落でのんびりと余生を過ごすバスターが、精鋭の魔王教徒を相手にするのは厳しいだろう。
集落の中にモンスターを召喚されたら、住民も無傷では済まない。
「……イース」
「よし、行こう。4人のうち、誰か1人付いて来て下さい!」
「誰か馬車の手配をしてくれ! 俺達の他に、馬車の護衛も必要だ! 街道を進めなくなったらその先は足で向かう!」
間に合わなくても行かなくちゃ。
オレ達が駆けだそうとした時、法廷にガベルの音が響いた。裁判長が机に置いてる木槌のあれだ。
「静粛に! まだ判決を下していませんよ」
「あっ」
そうだった。今は裁判の最中なんだ。
オレ達はおろか、傍聴人も当事者の魔王教徒達でさえ思い出したかのように口を閉じる。
「双方、他に質問はないですね。言い忘れた事はありませんね」
検察側と魔王教徒がどちらも頷く。いつの間にか弁護人になっているオレ達も頷いた。
どんな判決が下されるのか。
無音の時間は数十秒だったかもしれない。とにかくとても長く感じた。
裁判長がふうっと息を吐き、やや高い席からしっかりと4人を見つめた。
「それでは被告人を懲役刑に処する。懲役の内容については魔王教団解体の任務とする」
ああ、良かった。大臣へと顔を向けると、大臣もホッとしていた。いくら国の方針とは言え、裁判所は中立だから予想外の結果もあり得たんだ。
「あ、有難うございます!」
「被告人が自ら述べたように、新たな犠牲を出さないという意志を強く持って更生に励むように」
「は、はい!」
4人は頭を深々と下げた。上げた顔は引き締まり、目は力強い。
「よし、行こう!」
「俺が一緒に行きます。リーダーと呼ばれつつも踊らされていた責任を取りたい」
「分かりました。旅の支度を揃えます、馬車の準備が出来るまでに」
4人の手枷と足枷が外された。魔力を封じる魔具はそのままだけど、逃げ出す事はないだろう。
口封じに殺される危険性を考えたら、バスターや管理所と連携を取れる今の状況を手放さない方がいいと思う。
魔王教徒だった奴だ、墓暴きで先祖を冒涜したした奴らだと非難され続けたとしてもね。
「改めて、ティート・アンカーです。宜しくお願いします」
「宜しく、ティートさん」
「ティートでいいよ、色々有難う。俺を魔王教団という地獄から救い出してくれた恩は一生忘れない」
牢屋から出させてくれたではなく、魔王教団から足抜けさせてくれた事に感謝してくれたのは嬉しい。
グレイプニールが読み取った通り、本当に改心しているんだ。
「イース、リザさん達がもう出発してくれたみたい! 残りもみんな行こうとしてくれてるみたいだけど、止めたわ」
「テレストロードが手薄になれば、こっちを狙うかもしれないもんな」
「事情を説明する時間はない、とにかく行ってくれるのは助かる。残りの3人にテレスト近郊の死骸置き場を案内させて、テレストに残るバスターで全部始末してもらいましょう」
オルターは刑務官や兵士に何やら銃の知識を伝授を始めた。アンデッドと戦った経験が殆ど無いというから、狙うべき所を教えているんだと思う。
「アンデッドは体が脆いから、機敏に動けば自らも傷つく。だから全速力で走ったりはしない、落ち着いて引き金を引いてくれ」
「し、心臓は止まっているわけだし、アンデッドのどこを狙えば……」
「あ、足を撃って動けなくして、後は肉塊にしたら安心やないか?」
「いや、動きを止めるのには有効だけど、足が細かったりで狙いにくい。動きを止めるのは槍術士や剣盾士がいい。オレ達は頭、脳を狙う」
頭を狙うのは知ってるけど……脳を狙うのか。オレも知らなかった。
「のう、なおうきょうと、あやつにます。のうまい、あやつでまい」
「なんで……グレイプニールが知ってんの?」
「ぷぁー?」
「アンデッドであっても、体を動かす、食欲を満たすという最低限の欲があるの。だから脳破壊が効果的。体だけでは動かないけど、斬り落とされた頭は目も動くし口も動くもんね」
「へ、へえ……」
え、学校で習った訳でもないのに、何で2人は知ってるんだ?
グレイプニールは斬った感覚で理解したのか、それとも魔王教徒の知識を読み取ったのか……いずれにしても、何となく戦っていたのはオレだけらしい。
「イース、もしかして適当に戦ってたか?」
「いや、グレイプニール任せだったというか……そりゃ首切れば死ぬとはいえ、正直……あんまり考えてなかった」
「首を切り落としても、アンデッドは頭だけでも生きてるぞ。動き回らないけど口で噛もうとしたり。以前ビアンカさんが教えてくれただろ」
自然発生のアンデッドはそんなに多くない。とはいえ、モンスターと対峙した経験がなくても戦えないといけない。
先代の知識をきちんと吸収している2人と、親からものんびり育てられたオレ。
なんか、オレもっと勉強しないとまずい?
オルターは不遇な銃術士だからこそ、どの職が何に長けているか、感謝すべき点は何かをしっかりと理解している。
レイラさんは後方支援職の治癒術士として、パーティー全体の動きを把握して戦況を操る。
前線で剣を振り回して戦い、あとは野となれ山となれ。そんな典型的な剣術士な自分は、もっと強くなるか、もっと賢くなるかしないと。
いや、両方か。
オルターの討伐講座が終わった後は、魔王教徒のリーダー改めティートさんの旅支度のため、雑貨屋へ移動した。
町の中は砂が踏み固められ、レンガ敷きやコンクリートの道もある。だけど砂漠を歩くにはそれなりの靴も必要だ。
「服装はそれでいい、飲み物はイースの水魔法で。食い物も数日分でいい」
「カバンはこれくらい、あなた、バスター資格は?」
「し、資格は取ってない、底辺生活で学校なんて……」
「じゃあ戦ってもらうわけにはいかないわね、魔具も外せないし。分かった、守る余裕はないから死なないように立ち回って」
「荷物持ちくらいはやります。体力はある方だと思いますから」
そろそろ一通り揃うという頃、店の前に馬車が停まった。
馬車が2台はすれ違えそうにない路地に、馬車……
じゃない、馬だけだ。
「えっ、馬車は?」
「この時期、国境警備門への街道ならともかく、人が少ない街道は車輪が砂に埋もれる可能性があります」
「……馬、あたし乗った事ないんだけど」
「俺もない、え、どうしよう」
「よく飼いならしているから、人を乗せた後は飼育係に忠実に動きます」
「わ、分かりました」
オレは馬に乗ったことがある。村から移動するには必須だからね。
「ふひひっ、もしゅた、斬るますか?」
「ああ、戦わなきゃな」
「ぴゃーっ!」
「喜べる状態じゃないんだから、あんまり楽しみって言うなよ」
いったん宿に荷物を取りに戻った後、オレ達は馬5頭で隊列を組んだ。先頭は飼育係、その後ろにレイラさん、オルター、ティート、最後尾にオレ。
そうして馬車で1日、馬単体の足で半日のオアシスへと旅立った。




