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Mirage-08 罪深き者の協力



 魔王教徒だった者を仲間にする。そんな事を言われても、普通なら裏切る事を想定すると思う。でも、こっちにはグレイプニールがあるから大丈夫。

 未来永劫絶対に裏切らないかは分からないけど、話を持ち掛けた時点で裏切るつもりがあるかないかは分かるからね。


 テレストに対する国家反逆罪の対象とはいえ、まだ準備罪であり、判決次第では執行猶予が付く。魔王教徒になった理由次第では、その人達が元の生活に戻る手伝いもやぶさかではない。


 魔王教に縋らなくなった人を受け入れる場所がないと、結局誰も助けてくれないと思い、オレ達を敵視する新たな勢力を形成するかもしれないからね。

 魔王教徒から本当に足抜けしたいと考え、魔王教解体を手伝ってくれるなら見捨てちゃいけないんだ。


 それが出来ない人は、残念だけど一生刑に服すしかない。


 実際には魔王教徒からの選出は簡単だった。

 留置場に足を踏み入れる前から、魔王教徒同士の喧嘩の声が聞こえていたからだ。


 オルターが怪訝そうに鉄の扉を見つめる。閉め切っているはずなのに一言一句ハッキリと聞き取れる。おそらく、かなりの大きな怒声だ。


 刑務官の交代の時間が来ていたのか、応対してくれたのは最初に訪れた時とは別の若い刑務官だった。まだ30歳にはなってなさそうで、そこまで威厳があるようにも見えない。


「おい、なんか言い争ってねえか? 別に今は拷問みたいなことしてないって言ってたよな。あの、刑務官さん、奴らは何をしているんでしょうか」

「仲間を裏切った、魔王教徒全員でお前を潰す、魔王教なんか滅びろ……様々な罵声を浴びせ合ってとるんですわ」

「仲間割れしてるって事? 本音では魔王教徒を辞めたいって人がいたのね」


 これが演技である可能性は排除出来ない。でも、本当に仲間割れなら……確かめる価値はある。


「この言い合いは演技で、黙らせようと入ってきた刑務官を襲うつもりかも」

「魔具を壁に打ち付けて破壊してたら、死霊術で通路までは出られますね」

「魔具っち高いけんね。チタン製をどげんするとか」

「あ、壊せない奴だ……」

「そのチタン製の魔具ば、柔らかい布で覆っとるんよ、まあ無理ばい。脱獄手段は王国の長い歴史の過程で全て潰しとる」


 うん、この刑務官は国の訛りが取れてないみたいだな。いやそれはいいとして、これが入ったら出られないというテレスト送りの実態なんだ。

 この100年、懲役中の者を含め脱獄成功は0人なんだって。


「床と壁のコンクリートの厚みは50センチ、勿論鉄筋入りたい。25ミリメルテの鉄板も挟み込んどる」

「壁抜けも実質無理ね。まあ、穴掘ってるところも丸見えだし」

「朝の点呼で、布団ばその場で持ち上げさせます。下に掘ろうちする輩もおるけんね」


 テレストの子供達は、学校の校外学習で刑務所見学もするんだとか。そこの実態を目の当たりにし、どんな悪ガキもおとなしくなる。


「じゃあ、中に入らせていただきますね」

「ええ」


 刑務官が鍵を開け、続いてオレ達3人と大臣が中に入る。刑務官は勢いよく扉を押し開けるんだけど、これは扉の裏に潜まれ不意打ちされるのを防ぐための決まりだそうだ。


 刑務官は罵声が飛び交う中、全く気にすることなく通路を歩いていく。両脇の牢屋からは「あいつらの喧嘩をなんとかしろ」と苦情が入った。

 刑務官がため息をつき、その苦情に応える。


「仕方なかね、黙らせちゃるけん」


 そういうと、刑務官は目にも留まらぬ速さで腰のリボルバーを抜き、通路の行き止まりの壁へと発砲した。オルター程ではないが、かなりの腕前と見た。


「うわっ!」

「キャッ!?」

「おぉう、音、うるたいます」


 ああ、絶対に尻尾が3倍くらいに膨らんだ。室内で発砲されたせいで耳がキーンとする。そのキーンに負けたのか、罵声は全く聞こえなくなった。


「やかましい、黙っとかんか。おい、何言いよったんか、のう」

「あ、いや……何も」

「何も? 何も言わんであげんやかましくなるとか? のう? 何言いよったんかちゃ」


 ……テレスト訛り、なんか怖いな。刑務官は怒ったような顔をしていない。なのに話しかけられた魔王教徒は後ずさり。


 というか、グングニルが似たような訛りだったのは仕方ないとして、この訛りをあまり長い事聞かせていると、グレイプニールの言葉に悪影響が……。


「ぬし、ぬし!」


 ああ、嫌な予感。


「のう、何ますか? かちゃ、何ますか? やげんあかまち、何ますか?」

「……グレイプニール、テレスト語で喋るなら置いていくからな」





 * * * * * * * * *





「つまり、あんたが魔王教徒抜けるち言ったけん、周りが騒いだとかい」

「え、あなたリーダーですよね」


 騒動の発端になったのは、オレ達に真実を話してくれた男だった。よく見ると刑務官より若く、オレ達よりちょっと年上程度かもしれない。


 リーダー側についた魔王教徒は3人。いずれの人物もオレ達の問いに答えてくれた者だった。


「……その剣で調べてくれてもいい。俺はもう魔王教を抜ける」

「俺もだ。何もかも失って、どうせなら全員不幸になれと思って……世界の浄化作戦に乗った。でもよ」

「息子さんを生き返らせたいが為に魔王教に入ってきて、アンデッドでもいいから会いたいなんて言う婆さん見るとさすがにな」

「なんつうか、俺達が巻き込もうとしてる奴らの方が、俺達より不幸なくせして健気でまっすぐで」


 魔王教徒の活動に違和感を覚え、教義に賛同できなくなっていた所に、こうして捕まる事態が訪れたって事か。


「……世界をぶち壊して、準備万端な俺達が世界を牛耳る。でも、それって今までの俺と同じような奴を生み出すだけなんだよな」


 グレイプニールは4人の気持ちを嘘だと言わない。本当に魔王教から抜けるつもりなんだ。

 一方、魔王教側の者達は威勢がいい。


「魔王様の復活さえ叶えば、俺達だけで楽園を築けると言うのに! ここまで計画を進めて何を今更!」

「そうだ! これは裏切りだ、お前は楽園に行けず死ぬ事になる!」


 信じる者は救われると言うけど、こいつらが信じている魔王とやらは、救う気がないみたいだ。


「いや、別にお前らを改心させるつもりで言うんじゃないんだけどさ」

「何だ尻尾野郎」

「……おあ? ボクのぬし、まるくち許さまい」

「グレイプニール、いいよ、大丈夫。なあ、この状況でお前幸せか? この後幸せが訪れると思うか? 浄化とやらが始まった時、この留置所から魔王がご丁寧にあんたを連れ出すってのか」

「フッ、脱獄不可能なテレストの刑務所で、死ぬまでこき使われる懲役人生を幸せと呼ぶならそうなんじゃねえの」


 オレやオルターの言葉に言い返せないのか、それとも刑務官がリボルバーをいじっているのが怖いのか、どちらかは分からない。

 ただ、魔王教徒は自分達が本当に浄化された世界に残れるのか、未来は明るいのか、自信がなくなってきたようにも見えた。


「大臣」

「……分かりました。24番、29番、35番、38番」


 大臣が4人に抑揚のない冷たい声を掛けた。その声を聞いた別の刑務官が、上の階から指定の鍵を持ってきて鉄格子の扉を開ける。


 38番はテレストで活動する魔王教徒の中で、リーダーと呼ばれる存在だったはずだ。この男はさっきの拷問で目が覚めたんだろう。


 手足の拘束具は外されていない。刑務官は4人の首から伸びる鎖を束ね、その先端のフックを太い鉄の輪っかに掛けた。こう言っちゃ悪いが、まるで数頭の犬を散歩させてるかのよう。


「この人達を管理所に連れて行くの? 一応身なりくらいは整えてあげた方がいいんじゃないかしら」


 レイラさんがそう言うのも無理はない。灰色無地の囚人服なのはともかく、体や髪は皮脂でベトベト。この状態で参加させるのはちょっと……。


 と思っていたら、刑務官が朗らかに笑った。


「いやいや、今から連れて行くのは裁判所ですけん」

「……は?」


 オレ達と4人の魔王教徒の目が点になった。多分、改心していない魔王教徒達もだ。

 刑務官はオレ達の驚きが分からないのか、首を傾げている。


「この4人は協力者にするとやろ? それやったら懲役刑ば早よ下さんと」

「……えっ?」


 ちょ、懲役刑? 改心した奴らの方を?

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