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Mirage-05 国を守る者の覚悟



 国王陛下はオレ達を信用してくれている。ただ念のためって事で、オレはこの王宮の全員にグレイプニールを握ってもらう事にした。グレイプニールには「魔王教徒か、そうでないか」だけを答えてもらう。


 もちろんグレイプニールが嘘をつかない事、オレ達が魔王教徒ではない事が前提なんだけど。


 悲しいかな、この前提がすんなり受け入れられたのは、やっぱり父さん母さん達のおかげだった。

 あの英雄の子供達だから、聖剣バルドル達も嘘をつかない武器だったから。それがオレ達の身の潔白を保証してくれた。


 1から築いた父さん達とは違い、オレ達は築いて貰ったものを使って活動をしてる。もちろん、バルドルや他の伝説武器達は、何百年と知識や経験を蓄えていた。それを父さん達に教え込んだおかげってのもあると思う。


 人は誰だって自分だけで成功できるものじゃない。誰の手も借りずに自分1人で偉業を成し遂げるなんて傲りでしかない。


 でも、やっぱり「英雄の子だから」という飾りなしで認められたいよ。


「ちまう」

「ちまう……おぁ? ぬし良い子ますよ?」

「ちまう」

「おぉう……まりがと! あ、ごめまさい。なおうきょうとちまう」


 時々グレイプニールが対象者の思考に反応してしまったものの、結果、王宮にもバスターの中にもスパイはいなかった。

 これで国王陛下からの任務を皆全力で遂行できる!





* * * * * * * * *





 オレ達は衣装屋に服を返却し、装備に着替えてから留置所に向かった。昨日お婆さんと面会した建物とは棟が違う。

 半地下の空間には間口2メルテ、奥行き3メルテ程度の牢屋が連なっている。隣とは厚い壁で仕切られているけど、通路からだと鉄の格子しかなく、丸見えだ。

 牢の中にあるのは簡易的なトイレと布団だけ。居心地は最悪だ。


 通路は手を伸ばせばなんとか届く高さまで、天井から鎖が垂れている。これは一体なんだろう。


 なんとかして無罪になりたい者達が懇願してくる中、オレ達は魔王教徒達が捕らえられている牢屋の前に案内された。


「38番、前へ」


 38番と呼ばれたのはオレ達より幾つか年上に見える男だった。無地の半袖シャツに半ズボン、靴は履かされていない。

 魔力を封じる魔具の他に手錠も二重に填められ、鎖付きの両足枷まで装着されている。首輪から伸びる鎖は鉄格子の前にある通路の手摺に。これじゃあどう頑張っても逃げるのは無理だ。


 おまけに刑務官は万が一を考え、普段は牢の鍵を持ち歩かない。鍵を上の階の事務所から持ち出す際は、自分ともう1人誰かの確認署名が必要との事。


 隠れる場所はなく、バレずに壁を壊す手段もない。鍵を盗んで脱走するのも無理だ。


 何より、壁の外に出られたところでどこにも行けない。半地下の外は水が張られているし、水路の底には無数のトゲが仕込まれている。そこを抜けても高さ3メルテの鉄格子があり、その後障害物が一切ない広場を抜けて正門をくぐる必要がある。


 気力を込めて鉄格子を捻じ曲げる……事が可能だったとしても、ここの刑務官は強そうだ。


「イース・イグニスタ殿。グレイプニールさんを床に。万が一にも奪われ使用されないよう」

「はい」


 床にタオルを敷いてグレイプニールを置く。オレ以外持ち上げられないとしても、オレが持ったままで腕を掴まれたり、刃先を掴まれ怪我をされては困るもんな。


 38番と呼ばれた男はこちらを睨みつけるだけで、動こうとしない。グレイプニールに思考を読み取る能力がある事は知っているんだろう。


 まだ刑は確定していないから、38番は暫定無罪。オレの故郷のナイダ王国やジルダ共和国ならそう判断され、ある程度丁寧に扱われる。

 だけど、テレストは事情が異なるらしい。刑務官は目の前の手摺から伸びる鎖を手に取り、容赦なく手前に引っ張った。


 男は首を引っ張られた事で変な声を漏らし、鉄格子に激突する。


「ちょ、ちょっと! いくらなんでも……」

「この国に入る際、誓約書にサインをしているはずです。犯罪に関する項目で、嫌疑を掛けられた場合の取り扱いがあったはずです」

「……げっ、ちゃんと読んでなかった」

「捜査に非協力的な態度を取り続けた場合、人権は尊重しかねると」

「うわっ、後で読んでおこう」


 昨日のお婆さんは協力的だったから、それなりに丁寧な扱いを受けていたと思う。成程、ここは反抗的な奴だけを収容してるって事か。


 刑務官はうずくまる男を冷たい目で見下ろす。その手にはまだ鎖が握られていた。


「手荒な真似はしたくない。こちらも人の子なもんでね、良心が痛むんだ。仕事だから悪く思わないでくれ」


 刑務官はそう言って再度首に繋がる鎖を引っ張った。


「仮にここで死んでも、問題なしとして処理される。それはさすがに嫌だろう? 刑務官としてもあまり気持ちが良いものじゃない。こんな状況でも救ってくれない魔王とやらは本当に崇めるに値するのかい」


 刑務官は努めて冷静な口調を保っている。38番はまだ動かない。


「俺達、別にこのままで2時間、3時間待とうと構わないぜ」

「そうだな。その間、他の人を調べてもいいし、むしろ他の人に喋って貰った方が楽かも」

「そうね、協力的だったと口添えしてあげる事は出来ないけど……仕方がないわ」

「ああ、自分もこのまま交代の時間を迎えてもいいんだ。次の勤務者に引き継ぐだけさ。便意を催しても、空腹になっても、眠気が襲っても。これが仕事だからね」


 38番は粘ればこっちが諦めると思ったんだろう。でもこの刑務官は動じていない。鎖を持っているだけで給与を戴くなんて、陛下に申し訳ないとまで言い出す始末。


「ではすみません、オレ達は他の人を調べる事にします」

「そうかい。この鎖はそこの柱に繋いでおくよ、こんな奴がいるから、ちょうどいい位置にフックを掛ける場所を設けているんだ」


 そう言うと刑務官は別の刑務官に何か指示を出し、天井から垂れ下がった鎖にフックを掛けた。もちろん、その鎖は38番の首輪に繋がっている。

 38番はつま先立ちの状態で、檻の鉄格子にへばりつくようにしていなければ首が締まってしまう。


 ……もしも間違って悪い事をしてしまっても、テレスト送りだけは勘弁だ。


 オレ達が38番を放置し、隣の牢屋の前に移動したところで、ついに38番が降参を申し出た。


「は……話す、その剣……触りますから」


 刑務官はその声に耳を貸さない。明らかに聞こえているが、無視しているようだ。


「全て……話す、話します、だから鎖を……」

「まずは反抗的な態度を取った事に対して、謝るべきだとは思わないかね」

「も、申し訳……ございっ……ゴホッ! ございません、でした」


 刑務官は38番の謝罪を聞き終わった後、掛けていたフックを定位置に戻した。その瞬間、38番は床に倒れ込んで咳き込む。

 幾らなんでもやり過ぎだろうと思う反面、ここまでの拷問にならないよう、回避する手段はしっかりと用意されていたんだよな。


「38番、時間稼ぎは終わりだ、グレイプニールさんに触れ。次はない。仮にお前が死んでも、我が国は全く構わない」


 その言葉がトドメとなり、38番がグレイプニールに触れた。


「おいっ! 駄目だ触るな!」

「ああ、計画が全てパアだ……」


 向かいやその両脇の牢屋にいた奴らが慌て、落胆のため息を漏らす。


「オルターさん」

「は、はい。何でしょう」

「発砲を許可しますので、何かありましたら17番、18番、19番を始末して下さい」

「えっ……い、いや、それはさすがに」


 刑務官がとんでもない事を言い出し、牢屋の男達は顔面蒼白だ。オルターは顔色が判りにくいけど、あの驚いた目は多分ゾッとしてる。

 刑務官はニッコリ微笑み、オルターに首を振った。


「冗談ですよ、そんな手間は取らせません。自分がやりますから」

「な、なんだ、ビックリしました……」

「まあ、始末したければご自由にされて構わないというのは本当です」


 そう言った直後、刑務官は38番の向い斜め右の牢屋の床へ、躊躇いなく発砲した。耳がキーンと鳴り、直後に空の薬莢が床へと落ちる。


 刑務官の冷たい目は、そこにいた男へ向けられている。


「黙ってろ、次はテメエの番だ。この国を汚そうとしたテメエらに掛ける情けはねえ」


 刑務官がそう告げた後、入り口から8人の刑務官が現れた。オレ達を案内してくれている刑務官が笑顔で魔王教徒に語り掛ける。


「協力して懲役刑を賜るか、死ぬか。今ここで選ぶ事も可能だ」

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