Mirage-02 唐突に栄誉称号。
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衣装を借り、店を出たのは昼食会の1時間前だった。宿に戻る程の余裕はなく、このまま行く事になりそうだ。レイラさんのバッグと貴重品はオレが預かり、王宮までの500メルテを馬車で送ってもらう事になったんだけど……。
「あれ?」
馬車が止まった。王宮の門はまだくぐっていないはず。窓から外を覗くと、他にも数台の馬車が前に停車していた。
「ここから先は、徒歩でお願いします」
「……えっ! ちょっと、このドレスのまま!?」
「はい。汚れたからといって費用は請求しません、ご心配なく。王室には王族以外が馬車で乗り付ける事は許可されていません。それが例え他国の王であっても」
「武器はいいのですか」
「はい。全員の氏名国籍年齢、登録住所からバスター等級、家族まで把握しております」
「おぉう、ボク武器ます、良いました」
テレストの地がまだ紛争を抱え、陣取り合戦をしていた頃の名残だそうだ。奇襲を阻止する目的で、150年以上前からそう定められているんだって。
他の出席者もドレスの裾を持ち上げ、歩きにくそうに前を歩いている。
踵は高いものの、動き易いブーツを選んだレイラさんは正解だったな。
「それでハイヒールが少ないわけね。選ぶ時、結構しっかりとした靴が多かったの」
「ブーツも似合ってますよ、そのドレスだと走れちゃいそう」
「まあ他のドレスだと足元まで隠れるし、実際何でもいいっちゃいい気がするな」
「もー、分かってない! 気持ちの問題よ、見えない所までお洒落するの!」
「ブーツ選んでおきながら何言ってんすか、しかもそのドレスじゃ丸見えだし」
砂がうっすらと敷かれたレンガ張りの道を進み、王宮の大きな門で身分証とバスター証を見せる。すぐに案内の人が現れ、オレ達は庭園へと通された。
1歩足を踏み入れると、そこは楽園だった。
小鳥がさえずり、池には淡水魚も泳いでいる。石壁の外は乾いた世界だというのに、この場所だけが緑に包まれ、砂漠の真ん中である事を忘れそうだ。
「わーお、ここだけ、オアシスみたいだ」
「草も木も、池まである! 花壇も、噴水まであるし」
「城壁に近衛兵が……23人か。空から襲ってくるモンスターへの対策だろうけど、ちょっと多いな」
「バスターは武器を持ってるし、牽制の意味もあるかもね」
ドレスに武器じゃさすがに……って事で、任意で武器を預けることも出来る。まあ、オレには泣き虫な剣がいるから到底無理なんだけど。
「ぬし、水、いきもも、何ますか?」
「ん? あれは魚だよ。魚は歩いたり飛んだりせずに、水の中を動くために泳ぐんだ」
「おぉう……ぬし、やど、ばんもはん、焼ちざかま食べるます。焼ちざかま、およぐますか?」
「焼き魚は魚を食べるために焼いたものだよ。焼き魚になる前の姿があれ」
「おぉう……さかま。あっ、あち! あでもさかま! わははっ、さかま! ぬしのばんもはん!」
「いや、ここで魚捕まえたら処刑だよ……」
そうか、まだグレイプニールは生きている魚を知らなかったんだっけ。
この調子だときっとたまごも、野菜が実をつけている姿も、食卓に上ってるものと一致していないのかも。
「あで! ぬし!」
「ああ、尻尾が青い鳥なんて珍しいね」
「焼ちとりと、一緒ますか?」
「まあ、焼く前だとそうだけど……生きてるのに焼き鳥って呼ぶのはちょっと」
「おぉう、いきとり。焼くしまいとり、あまにきゅ」
「生肉言うな」
んー、そもそも生き物とは何かを教えるべきか? 食べ物への考え方から教えるとなると、オレも分からないぞ……。
「あら、お若い3人。また会ったわね」
ふと背後から聞き覚えのある声がした。
「あっ、昨日の!」
「ふふっ、格好は違うのに、ちゃんと顔を覚えてくれていたのね。レイラ・ユノー、あなた素敵なドレスを選んだじゃない! でも若いし細身なんだから肩を出せば良かったのに」
「あたし、その……」
声を掛けてくれたのは、昨日休めと言ってくれた剣術士の女の人だ。レイラさんが恥ずかしそうに耳打ちで着たくなかった理由を告げる。
「……そんな事ないのに! それに幾らでも盛る方法はあるじゃない。理想が高過ぎるのよ、堂々としてなさい」
「あ、有難うございます。その、ドレス姿、素敵です」
「あら、有難う。私はリザ。リザ・オリノコ、宜しくね」
「はい! いいなあ、リザさん背が高くてスタイルも良くて……ドレスもピッタリ」
リザさんはオレ達に自己紹介をしてくれた後、レイラさんの褒めちぎりに苦笑いを浮かべた。その理由は深紅のショールをチラリと捲ってくれた事で分かった。
「わお……すげえ」
「羨ましいな」
決して胸を見た訳じゃない。リザさんの上腕だ。悔しいけどオレより太い。
そりゃそうだよな、剣術士として第一線で活躍しているんだから。逞しくて当たり前。
「そう言ってくれるとちょっと気持ちが軽くなるけど、やっぱりね。ドレス姿には不釣り合いかな」
「そのドレス自体がとても大胆だから、ショールで清楚さを上手く出せてると思います。すべて含めて素敵なセンスだと思います」
「そう? 清楚か……私の仲間に聞かせてやりたい」
「フフッ、みんな分かってて言わないだけですよ。ね?」
レイラさんがふいにこっちに振り向いた。なんか、笑顔が怖いぞ。
「ま……まあ、いつも一緒だと今更褒めないってのはあるかも」
「それに俺達みたいなお洒落に気を付けてない男だと、どうしても褒めるための語彙力がなあ」
「浮かぶ言葉って、綺麗とか、凄いとか、似合ってるとか……」
「ふふっ、なるほど。じゃあ、よしとしましょう。殿方2人もきまってて素敵よ。さ、行きましょ! 私の仲間も紹介するから」
リザさんと歩けば、いろんな人が寄ってくる。リザさんは顔が広いみたいだ。
「みんな! 期待の若手を連れて来たわ」
「初めまして……いや、昨日もお会いしましたね」
「おぉ、英雄さんの! 宜しくな!」
「よ、宜しくお願いします!」
ベテランパーティーに囲まれ、ひとしきり挨拶を交わしたところで気が付いた。
よく見れば昨日いたはずの数組の姿がない。
「あれ、来てない人もいるんだな。なんつうか、オレ達より年上ばかり」
「イースも気が付いたか。この場ではオレ達が一番下みたいだぜ」
確証はない。でも周囲は明らかにベテランばかりだ。何で?
「レイラさん」
「ごめん、あたしも招待の連絡を受けただけなの。他の人は……あの、すみません!」
レイラさんが係の人に、来ていないパーティーの事を尋ねる。
「ああ、他のパーティーの方は、昨晩招待したんですよ」
「そう、ですか」
突っ込んだ話が出来ないまま、レイラさんは納得が行かない様子で戻ってきた。等級で線引きしたのならオレ達も昨日の組だと思う。
人数で線引き? オレ達が寝てたから、今日に回された?
「……うわ、びっくり」
「国王陛下、出御!」
考え込んでいるうちに定刻となり、大臣のおじさんが角笛を吹いた。
オレの尻尾がぶわっと広がった直後、大臣は角笛を止め、国王の登場を告げた。
「うわぁ……すっご」
「見ろよあの王冠、きっと純金だぜ。真ん中の大きなルビー……うへぇ」
国王は白いガウンに白いローブ、トネリコの大きな杖を右手に持ち、真っ赤な玉座にゆっくり座る。年は……何歳だろう、耳が隠れるくらいの黒々とした髪からして、そんなにおじいさんには見えない。
整えられた髭は胸元くらいまで伸ばされ、眼光は鋭い。これでもかというほど威厳を見せつける風貌だ。
国王が大臣に耳打ちをする。大臣は咳払いの後、国王の言葉を代わりに伝え始めた。
「……王様が喋るんじゃないのか」
「テレスト国王はただの庶民とは喋っちゃいけない決まりなの」
「うへえ……」
身分が高い、って事なんだろうけど。
馬車で乗り付けちゃ駄目といいつつ、衣装はタダで貸してくれて、立食パーティーまで開いてくれるのに、喋らない。寛大……って何だっけ。
なんて悩みはすぐに吹っ飛んだ。大臣がとんでもない事を口にしたからだ。
「この場に招待された諸君にテレスト王国騎士の称号を与える!」
「……は?」




