【Chit-chat 04】グレイプニールとオルターの場合。
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【Chit-chat 04】グレイプニールとオルターの場合。
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ある晴れた日の朝。
グレイプニールはふわふわな天鳥の羽毛マットではなく、いつもようにイースの枕元に置かれていた。1人で眠れない剣というのもおかしなものだが、イースから1メルテでも離されるとピーピー泣くのだ。
そんなグレイプニールが目覚めた時、イースの姿はなかった。
「うぁ、ぬし? ぬし?」
「おはよう、起きたか。イースはちょっと買い物」
「ぷえぇ、お、おるた? おるた、ぬしは!」
「朝市に行った。お前をもう少し寝かせてやりたいからって」
部屋にはイースではなくオルターがいた。呑気に朝から銃を磨き、その光沢や煤の残りを気にしている。
グレイプニールはもっと寝ていたいと頼んだわけではなかった。そんな気遣いを必要ともしていない。グレイプニールは不安でいっぱいになり、動いてはいないが落ち着かなくなった。
「ぬしぃ……ぷぇぇ、ぬしぃ……」
「すぐ戻ってくるから気にすんな」
「ちーまーうっ! ボク置いて行ぐしまた! ぬしボクとくめちゅちまう……」
「お前が特別だから置いてったんだよ。楽しみに待ってろ」
グレイプニールに主人の帰りを楽しみに待つ、という発想はない。主人が視界にいないのは絶望だ。
グレイプニールがイースから1メルテ以上離れるのは、筋トレの時や洗濯の時など。それも同じ室内にある事が前提だ。イースがうっかりし、視界から消えるだけで「ぬしー! ぬしー!」と連呼する。
強いて言えばトイレにだけは連れて行ってくれない。グレイプニールはそれも不満だった。
「ぬし……ぬし、ぬしぃ……」
「諦めて楽しみに待ってろって」
「たもじくまい、ぬしいまい、あびちぃ……ぷぇぇ~……」
「ハァ~」
オルターの長いため息が部屋中に響いた。
「お前な。これから伝説になりてえんだろ? 聖剣バルドルや、魔槍グングニルや、冥剣ケルベロスみたいに、自分も伝説の武器になりたいんだろ?」
「ぴゅい……ぷぇぇぇ~」
「イースはお前なしじゃ戦えねえんだ。伝説の武器がそんなメソメソして、甘えん坊でどうすんのさ」
「ぷぇぇ……めそ、何ますか?」
オルターは暫く意味を考え、どう伝えるかを悩んだ。あまり余計な言葉を教えてしまうと、グレイプニールはとんでもない時に言葉を当てはめてしまう。
「泣き喚いてボク弱い、弱いんだぞって他人に思わせようとする事だよ」
「でせちゅ、メソだめますか?」
「弱っちいって伝説作りたいなら止めはしねえけど」
「ボクつごいでせちゅ、なるます。メソでせちゅ、いらまいなす」
「メソじゃなくて、メソメソな」
グレイプニールは「ぷぇぇ」と泣くのを止めた。悲しい寂しいと伝えたいが、弱い剣だと思われるのは嫌なのだ。ついでに言うと、他にも思われたくないものがあった。
「ボク、棒ちまう、剣ますよ」
「あ? そりゃそうだろ。突然どうした」
「あみゃねんぼう、ちまう。ボク剣ます」
「甘えん坊の坊は、坊やって意味だよ。かわいいボクちゃんって事」
「おぉう……棒?」
「お子ちゃまって言ったら分かるか」
「ぷぁ? こもも? 剣こもも? 剣おとま? ボクどちますか?」
「うぇ?」
武器に子供や大人という概念があるのかといわれると、ないだろう。
それにお世辞にも今の状態が大人や完璧とは言い難い。
「お前は子供じゃないけど、完璧じゃない。もっと知識を付けて、言葉ももっと上手く使って、堂々としていられたら完璧になれる。伝説待ったなしだ」
「おぉ……どーどー」
上手く伝わったのかは分からない。ただ、もう主人を求めて泣くそぶりは見せなくなった。
オルターは安心して銃の手入れに戻る。
ぽかぽか陽気の中、窓の外の張り出した軒先を猫が通り過ぎた。
「おおぅ、めこ。めこ、うわうわ……」
「なあ、グレイプニール。この銃すげえだろ。このライフルで撃った弾は2キロメルテ先まで届くんだぜ」
「ぷぁ? 2きもれるめ、見えまいなすよ?」
「だからスコープを使うんだ。覗いてみるか? って言ってもお前の目はどこなんだろな。性能もだけど、このフォルム! ボルトアクション風に見えるけど、レバーアクションなんだ。しかも2発同時だぜ?」
「ぷぁ?」
「このグリップに使われてるの、何だと思うか? 最初はザックームかイルミンスールと思ってたんだけどよ、バルンストックなんだぜ? あんな貴重で高価な木材を……」
オルターの銃語りが始まってしまった。銃使いはたいてい、銃で対象を倒す事よりも銃そのものが好きな者が多い。
役に立つから好きなのではなく、ちょっと扱いづらい所も含めて愛着がある。むしろちょっと使いづらいものを使って最高の結果を出す事がカッコイイとさえ思っている。
グレイプニールは銃に負けていると思っていない。遠くの敵はイースの魔力で魔法剣として倒す。近接的な攻撃では銃など視界にすら入れていない。
自分はどんな武器よりも優秀で、誰よりも主人に貢献できると自負している。
ただ……ただ1点だけ、グレイプニールはオルターの銃達を羨ましいと感じていた。
「……銃、好きますか?」
「ん? 勿論さ! こうやって丁寧に扱って、可愛がってやれば、必ず俺に応えてくれる。俺が手入れしてやらなきゃ、こいつらは最高の働きが出来ないんだ」
「ボク……」
「このフォルムも好きだし、こっちの50口径のグリップのステッチも可愛いだろ。サイドのラインは、弾が発射と共に研ぎ澄まされるのをイメージして傾斜を……」
そう、グレイプニールは凄い、偉い、カッコイイ! と褒められた事はあっても、どこが具体的に凄くて、どの部分がカッコイイのか、ちゃんと言って貰った事がないのだ。
誤解のないように言っておくと、それはイースが至らないのではない。大抵の武器の持ち主は、自分の武器を自慢に思いながらも詳細にどこが凄いかを語らない。
商売道具だからか、自慢はしても、手の内を見せるような真似は好まない傾向にある。
グレイプニールは置いて行かれた上に、銃達のように褒めて貰ってもいない。ひどく落ち込んでいると、扉の外でガサゴソと音がした。
「ただいま!」
「ぬし! ぷえぇ……ぬしぃ……置いでくまぁぁぁ」
「ごめんごめん、どうしてもグレイプニールを驚かせたくてさ。じゃーん」
イースはグレイプニールに細長い箱を見せた。ご丁寧にリボンまで掛けられ、青い包装紙には皺の1つもない。
「新しい鞘だ! 刃が痛まないようにって、中はコルクが使われてるんだぞ!」
「ボクの?」
「勿論だよ、コルクの感触、好きって言ってたじゃん。ずっと革のカバーだったし、ようやく良さそうなのが見つかったんだ」
鞘はまだ完成していない。鞘は2つに割れていて、剣が入る窪みもない。
「これをちょっとずつ削って、グレイプニールが丁度いい具合になるように加工するんだ」
「ぷぁ、ぬし、鞘するますか?」
「うん、オレが作る。完成したら見た目に合うグリップも買いに行こう」
「ぱぁぁぁぁっ! ぴゃぁぁーっ!」
イースからの思いがけないプレゼントに、グレイプニールの気持ちは跳び上がった。
「ふひひ」
グレイプニールが銃達を見ながら勝利の笑みをこぼす。さすがにケースまで手作りされてはいない銃達に向けて、自分の方が大切にされていると見せつけたかったのだ。
「よし、さっそく!」
イースが鞘作りに没頭して2時間。その間にどれだけオルターが銃自慢をしようが、もうグレイプニールは羨ましくなかった。
「よっし、完成! どうだ、気持ちいいだろ」
「ぷへぇ……しまわせ、ボク大事さでる、しまわせ……!」
「2人ともー、見てーっ!」
その時、部屋にレイラが入ってきた。腕には新しい魔術書が抱えられている。
「ほら、可愛いでしょ! ピンクの表紙にして貰ったの! 刺繍にビーズも使ってもらって、すっごくおしゃれ!」
自身を大切にして貰っている実感に関しては、銃に勝つことが出来た。
しかし次に現れたのはこだわり抜いた魔術書の表紙。対するは装飾一切なし、出来上がったばかりのコルクの鞘。
「おぉう……ぬし、ぬし!」
「ん?」
「ボク、鞘、あでするまさい!」
今度のグレイプニールは、魔術書に勝ちたいようだ。




