Disaster-14 バスター総出の浄化作戦
オレ達は絶句し、立ち尽くしていた。事態が飲み込めないわけじゃない。何者かが死霊術を使い、墓地の遺体を全てアンデッド化させているという事は理解できている。
ジルダ共和国内どころか国内東北地方で四苦八苦している間に、魔王教徒は着々と力を付け、残酷な手段を使い続けていた。
自分達の活動は所詮自己満足に過ぎなかった、それに気付いてしまったんだ。
七光りと言われたくない、事件屋として活躍したい、バスターとして有能だと認められたい。そんな事を考えながら、決して満足感に浸っているつもりはなかった。
でも1つ1つ片付けていく事しか出来ないからって、魔王教徒も1つずつ仕掛けてくるとは限らなかったのに、オレ達は役に立ったと喜び、やり遂げた気でいたんだ。
「管理所はもう閉まってる。イース、オルター、宿を回って治癒術士をかき集めて!」
「分かりました!」
墓守と鍛冶師の男にレイラさんをお願いし、オレ達は町の宿へと急いだ。ギリングより随分南に来たとはいえ、冬の砂漠は寒い。
吐く息も白い中を走り回り、大騒ぎして宿で事情を話し回るうちに、等級の高低を問わずバスター50人以上が墓地に集まる事態となった。
「よーし治癒術士全員で片付けるぞ! こんな状態、町の人に知られたら……」
「誰がこんな事を……」
「むしろ知ってもらった方がいいんじゃないかしら! 魔王教徒がどれ程残酷な集団かが分かるはず!」
墓を掘り起こす事はできない。治癒術士達は手分けをし、墓地内で範囲ヒールを唱え始めた。
棺を使っている墓は、実際にはごく一部だという。
木々が育ちにくいテレストの国土において、木製の棺は輸入に頼らざるをえない高級品だ。土の中にそのまま埋まっている墓は、放置すれば地中からアンデッドが這い出てしまう。
最後の1体まで全て葬らないといけないんだけど、アンデッド化が解けたかどうかを確認するのは、オレの耳が頼りだ。
「こっちどうだ! 魔術書も良いのを使ってるし、4回唱えた!」
「……声も物音も聞こえません。次は東の端、お願いします!」
「こっち、カタカタ鳴ってる音が何か分かる?」
「はい、今行きます!」
墓地は広大で、もっと言えば1か所ではない。1つ1つ確認するには途方もない時間がかかる。
1年に1度、子孫による更新がない墓は掘り起こし、その死体は火葬し粉末状にした骨は砂漠に撒かれる。墓によっては家族で眠っているものもある。
だから死者の数だけ墓が増えるってわけでもないんだけど、それでも1か所にざっと数千基。
全てが終わる頃には日が高く上り、役所や管理所まで巻き込んだ大事件となっていた。
「アダマンタイトの力で術を溜めて増幅、か。かなり効果あったな」
「ボク、もうひーむ、かけらでる、いやます……」
「そうか? みんな凄いって褒めてくれたじゃないか」
「ボク、倒すためますよ? 癒ちゅちまう、斬る褒めらでるます……」
「分かった分かった、ご褒美に明日はモンスターと戦おう」
治癒術士がグレイプニールにヒールを掛け、十分溜まったところで解放。そうすると効果も範囲も段違いだった。
ただ、癒すより倒したいグレイプニールにとっては不本意だったみたい。
「これで、なんとか……終わったかしら」
「レイラさん、お疲れ様です。猫人族、犬人族の人が町に何人かいてくれて助かりました」
「1体だけ実際に土から這い上がってきちまったし、タイミングとしてはギリギリだったな。んで、アンデッド化させた張本人は」
「警官が連れてった」
魔具を装着して痕跡を辿れば、犯人はすぐに分かった。
見た目はごく普通のおばさん。少しクセの強い黒髪、褐色の肌。小太りでにこやかで、正体を知らなければ善人に見えた。
実際、おばさんの正体が魔王教徒であり、墓の死体をアンデッド化して回った張本人と言っても、近所の人が信じてくれなかったくらいだ。
ただ、墓地での怪しい行動については複数人が気にしていたらしい。死霊術の痕跡と周囲の証言により、他に13人の魔王教徒と30人の奴隷も見つかった。
そりゃ、数千の墓のアンデッドを1人で維持なんて出来ない。他にいると考えるのは当然だった。
警官も役人も魔具で魔力の痕跡は確認した。グレイプニールもおばさんの考えを読み取っている。他にもまだ7人いるというが、夜中ならともかく、この時間なら流石に自分が操るアンデッドの消滅に気が付いているはず。
今頃逃走を図っているだろうが、グレイプニールが名前を読み取っているため、町の検問は抜けられない。
「問題はテレストロード以外の場所ですね」
「……他所の町や村は、確かにここ程には厳重に墓を警備しとらん」
「すぐにアンデッドの集結地点ば捜索させますけん!」
おばさんの言い訳や否定など誰も聞いていない。そうこうしているうちに、町から脱出しようとしていた魔王教徒が2人捕まった。
テレストロードの魔王教徒は残り5人。
「ぬし、一緒探す、しますか?」
「ああ、まだ5人いるんだからな。グレイプニール、顔をよく思い出してくれよ」
「あの、イース・イグニスタさん。お連れさんも、少し休んで下さい。後は我々が」
「そうっスよ! 俺達みたいに朝から参加したバスターもいるんスから、任せて欲しいっス」
「顔を知っているのは奴隷にされた人達も一緒さ。すべてを3人で背負い込まなくていいんだよ」
手伝ってくれた……いや、一緒に奔走してくれたバスター達がオレ達を休ませようとしてくれる。確かに、来る途中に戦い、町の中で入信者を探し回り、夜中からまたアンデッドの対処。そろそろ限界だ。
「じゃあ……後をお願いします」
「任せとけ! いくら有名だろうが、お前ら駆け出しに全部押し付けたりはしねえよ。手柄はやる、心配せずに寝ろ」
「手柄はやるですって? なーに先輩ヅラしてんだか!」
「う、うるせーよ。未来の英雄に言ってみたかったんだよ」
ああ、そっか。バーに来てくれる引退バスター達と根本は一緒なんだ。
誰かのためになりたい、認められたい、頼られたい、頼られる存在でありたい。
その気持ちだけで動いてもいいんだ。
「若いのに、やるじゃんあんた達。戦闘姿は見てないけど、こんな大事件に気付くなんて。ブルー等級昇格は納得ね」
「そんな、あたし達はまだまだで。確かに役に立てたとは思いますけど、評価に追いつこうと必死なんです」
「フフッ、英雄ゼスタ・ユノーの娘さん。あなたやり手事件屋のくせに、そういう所分かってないのね」
「えっ?」
パープル等級まで上り詰めているという女性剣術士が笑みを浮かべた。
レイラさんは彼女の言葉を待っている。
「あなた達の自己評価なんて、どうでもいいの。評価も名声も、他人が与えるものよ。他人があなた達を評価に値すると言ってるの。それを否定する気?」
「い、いえ、そういうつもりは」
「だったら謙遜はやめなくちゃね。認めてくれる人に失礼よ」
「そう、ですね。そんな考え方には至らなくて……うん。有難うございます」
レイラさんが素直に認めると、剣術士が満足そうに頷いた。
「素直なところも好きよ、お嬢さん。じゃあ、ゆっくり休んでらっしゃい」
「おいおい、お前アンデッド浄化したわけでもねえくせに。剣術で何したってんだ、いいから偉そうにしてねえで魔王教徒探すぞ」
「何よもう! 私だって少しはカッコつけたいの! じゃあね!」
オレは今、こうして先輩バスターのお陰で助かっている。
みんな、名声を得るために動いているんじゃないんだ。後から名声がついてきているんだ。
つまり、名声や評価より、確実に前にいるってこと。
「……自分達より強いバスターに認められちゃうと、言い返せないわね」
「そうですね。ちょっと、ホッとしました」
「まあ、その辺は後で考えて……ふあぁ~、宿行って寝ようぜ」
「……あっ、グレイプニール寝てやがる!」
「うっそ、何ずるい、信じられない!」
胸糞悪い事件の後だけど、大量に浴びたヒールのせいか、それともさっき掛けられた言葉のせいか。オレ達はどこか清々しさを纏いながら宿探しを始めた。




