Disaster-13 二度生きられぬ者達の叫び
「お婆さん。まだ、息子さんを生き返らせる事が可能だと思っていますか」
「……アンデッドとは、会話出来ないのでしょうか。私の事は、分からないのでしょうか。生きていなくても、アンデッドとしてでも」
「アンデッドに人を思う心なんてないわ。だからモンスター扱いなの。アンデッドとして現れたら、誰かに殺されるまで止まれない」
お婆さんは魔王教に入信する際、貯金を全て教団に渡していた。魔力を持っていて死霊術の素質があると分かると、お婆さんは死霊術を教えてくれと頼み込んだという。
その際には稼ぎを更に2年分渡していた。大金を寄付し、更に死霊術が使えるなら、魔王教徒としての地位も高くなる。
指示される立場ではなくなった事で、お婆さんはついに息子さんの蘇生に取り掛かった。
「まずいな。アンデッドとして蘇らせるなら、図らずもこのテレストの気候は都合がいい。テレストは昔から土葬で、遺体が腐敗せずミイラ化する事も珍しくないんだ」
「30年程前だろうか。急にミイラの肉には薬効があるという噂が広まって、墓暴きが深刻になった。その対策として刑罰が重くなり、墓地の入り口には番人が立つようになった」
「だから、せっかく死霊術を覚えたのに、まだ実行出来ていなかったんですね」
警官とオレ達との会話を聞き、お婆さんは小さく頷いた。魔王教徒が悪い集団である事は理解していたが、息子を生き返らせるためには利用するしかなかったのだと零す。
会いたい気持ちを否定はできない。愛する息子を早くに失い、どれ程失意と後悔の人生を送って来たのか、オレが推し量れるはずもない。
だけど、アンデッドとして蘇らせてはいけない。アンデッドは人を獲物とみなし、食欲だけで行動する。消化できない胃袋がはち切れてもなおそれは続く。
体が骨だけになっても、動けなくなっても。誰かにトドメを刺されるまで人を襲うアンデッドであり続ける。
「……アンデッドの写真を見ますか。あなたが息子さんを、どんな姿にしようとしていたか」
「あたし受付で貰ってくる。うちの父達が戦った当時の写真が各管理所に残ってるはず」
レイラさんが受付へと走っていく。しばらくして2枚の写真を持って戻ってきた後、それをお婆さんに見せた。
「それがアンデッドにされた人の最期よ。息子さんをそれにしたいの? あなたが会いたい息子さんは、それなの?」
「あ、あぁ……あぁぁ……!」
お婆さんが泣きながら崩れ、額を床に擦り付けて嗚咽を漏らした。
アンデッドは生前の姿に戻るどころか、ミイラの姿すら維持できない。眼球は落ち、腐りながら足を引きずり、腐臭を漂わせて獲物を求めるだけ。
衝撃的なその姿を見て、お婆さんはようやく蘇生など無理だと気付いた。
「蘇生できるのなら、とっくに魔王教徒自身がそうしているわ。金稼ぎにもなり、素晴らしい宗教だと称賛されるもの」
「そうせずに死体を攻撃の駒にする時点で、モンスター以上の存在にはなれねえって事だ。息子さんを……人のままでいさせてやった方が、俺はいいと思うぜ」
「そうだね。死霊術じゃ、心まで蘇らせることは出来ない」
お婆さんは25年、息子と会う事だけを目標に生きてきた。
もしかしたらアンデッドとなった息子さんは、誰かを襲ったかもしれない。そうなれば息子さんは惜しまれるどころか、憎まれる存在になっていた。
その前に止められて良かったと思ってもらうしかない。
「ボク、もしゅた斬る、よごでぎます。あんでっど、もしゅた。ボク、斬るます。でも……人斬るでぎまい。ぬし、人のあんでっど、斬るしたくまい」
「ああ、オレは戦わない事を選びたい。自分の意思でアンデッドになった訳じゃないならなおさら」
「そうね、人のアンデッドは……相手したくないわ」
このお婆さんと同じ状況で、魔王教徒に縋った人は他にもいるんだろう。そのうちの何人が実際に愛する人をアンデッド化させてしまったんだろうか。
「ぬし? 痛いますか?」
「……いや、違うよ」
気付けばオレの目からは涙が零れていた。グレイプニールはその原因を怪我だと思ったんだろう。
グレイプニールは涙を流す事が出来ない。悲しい、つらいという感情はあっても、武器には死生観もない。オレ達の涙や無念や沈黙を理解するには、もう数年掛かるのだろう。
「お婆さん。あんた死霊術士になったんだよな。つうことは魔王教徒の中では比較的高い地位にいるはず。仲間の居場所、知ってるんだろ?」
「……私の他にも、死んだ者に会いたいと願った人がいます。その人達は悪くないんです。その人達は……」
「魔王教徒に資金提供した点は、罰せられるかもしれません。でも魔王教徒として人々に敵意を持っていない事は理解します」
「あ、そっか。魔王教団の活動資金を渡しちまったって事になるのか。まあ、その辺はもう俺達が可罰を判断する立場じゃないけど」
お婆さんは、相手が魔王教徒と分かっていながらも、自ら進んで金を渡した。それについては罰を受けると思う。他の人もきっとそうだ。
でも、まだ直接害をなす悪人になる前に止める事は出来る。そう告げると、お婆さんは4人の名前を教えてくれた。
その後、オレ達は警官と共に4人の家を尋ね、同じように諭した。
すっかり辺りは暗くなり、町の時計塔は21時を知らせようとしている。
魔王教に入信した4人は勿論分かってくれたけど……1人は既に死霊術を使って自身の母親をアンデッドとして生き返らせてしまっていた。
28歳で、鍛冶師をしているという男性だった。
「……どうしても墓地から連れ出す方法が見つからなくて、そのままにしている。墓から掘り起こそうとすれば墓守に捕まるし」
「って事は、あなたのお母さんは、地中の棺の中で……」
「……おそらく、そうだと思う。静かな時に、微かに声が聞こえる」
念のためと言って魔具で男を覗く。そうすると男から弱い魔力が細い糸のようにどこかへ流れているのが見えた。
「確かに成功しているようね。墓地に行って、墓守に事情を伝えましょう。あなた、アンデッドになったお母さんに会いたい?」
「……いえ、思い出の中の母を、そのままにしておきます」
この時間から墓に行き、戻ればきっと22時は過ぎているだろう。それからこの男の身柄を引き渡して……飯処はおろか、酒場も閉まる時間になる。
そんな時間から宿に受け入れてはもらえない。今日は町の中で野宿か。
墓地で事情を話し、墓守の1人と共に該当する墓の前に立った。オレが打ち上げた弱弱しいライトボールが、墓石をぼんやりと照らす。
墓石の前には棺1つ分のスペースがあり、地面に耳を付けると、確かに呻き声が聞こえた。
「レイラさん」
「ええ。ヒールを何度か掛けるから、声がしなくなるのを確認して」
レイラさんがヒールを唱えた。地中の相手を視認できない以上、効果を全体化して範囲内の全てを癒すやり方しかない。
周辺が淡く緑色に光り、疲れていないオレ達にもヒールが浸透していく。
レイラさんの消費が激しくなるけど、アンデッドを目視せずに始末するためだから仕方がない。
そう、思った時だった。
「……ちょっと、今の、何?」
「わ、分からない。でもこの足元だけじゃなくて、なんか周囲から悲鳴が聞こえた気が」
「ぼ、僕もそう聞こえた」
「嫌な予感がする。もう1度掛けてみる」
レイラさんが再度、今度はもっと広範囲に効果が及ぶようにヒールを唱えた。その瞬間、猫人族の俺の耳には、複数人の絶叫が飛び込んできた。
「あ、あんた! まさか死霊術を他の墓に試したのか!?」
「誓ってそんな事はしていない! 僕の母親だけだ!」
「でも、今の声は他の墓からも聞こえていたわ! あたしもハッキリ聞いた!」
「イース、レイラさん。その人が言ってる事、間違ってない」
「は?」
「今のヒールで、その人からこの墓に流れる魔力は消えた」
オルターへ振り向くと、オルターは双眼鏡型の魔具を覗き込んでいる。
「だけど……墓から、この墓地の全部の墓から、そいつ以外へ向かう魔力の痕跡が見える」




