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Disaster-12 魔王教の布教と、悲しい入信者



 オレ達はテレストの管理所や役所に事情を話し、組織に魔王教徒のスパイが潜り込んでいる前提で動くことを提案した。

 管理所はすぐにスパイ探しを始め、役所は話し合いの1時間後、魔王教徒発見に報奨金100万ゴールドを出すと通達を出す始末。


 テレストは謝礼の対象者を国外まで広げてしまった。魔王教徒の身柄をテレストに引き渡せば、バスターもその国もテレストから100万ゴールドが渡される。


 こんな調子じゃ、魔王教徒は危険な陸路で他国を目指すしかない。とはいえ、国内の主要な街道や山越えのルートは、近々検問所が出来ること間違いなしだ。


 観光、港湾、塩、油田、鉱山……金は有り余っているのに、環境が厳しく人が住めない。ならば「思い通りに扱える労働力」は外から持ってくればいい。それがテレストのやり方。


「魔王教徒狩り、凄いわね。何より国がやる気を出してくれたのが大きいわ」

「日差しが強くて体を覆い隠す衣装が多い国だけど、正体を隠したままじゃ出国は出来ない」

「ま、もし誰かをアンデッド化させてしまえば、その町や村に魔王教徒がいると教えるようなもの。迂闊な行動は出来ないさ」


 秘密裏に動かず、魔王教徒狩りを前面に押し出す。テレストの分かり易い方針に、オレ達の肩の荷は幾分下りた。

 しかもテレストのおかげで、他国まで魔王教徒狩りに躍起になってくれる。


 それもこれも、父さん達の知名度のお陰。オレ達がただのバスターだったら、魔王教徒の話を真面目に受け止めて貰えたかも怪しい。

 七光りがあれだけ嫌だったのに、「英雄の息子」「英雄の娘」という枕詞がこんなに有難いと思ったことはなかった。


「ぬし、ボク暇します。ボク拭きますか?」

「そうだな、そのために宿を探すことにしよう」

「うわうわ、置きますか?」

「のんびりしていられる時は、天鳥の羽毛マットを敷いてあげる」

「おぉう、ボクしまわせ。ぐにむほーちゅの革ぬも、買いますか?」

「……お前、ほんと贅沢覚えたよな」


 これからは暫くモンスターを斬らず作戦会議ばかりの日々。我慢させるためにも多少は甘やかす必要がある。

 レイラさんもオルターも、そのための出費には目を瞑ってくれた。


「ねえねえ、聞いた? あの人、怪しいち思いよったとよ」

「誰ね、3階に引っ越してきた婆さんね」

「そうたい。誰か真っ先に通報しっとったみたいで、警官に連れていかれたと。そしたら本当に魔王教徒やったっちばい」

「ひぇぇ、恐ろしかねえ! 人に入れ墨ば彫って、アンデッドにするんちやろ? そげな奴、刑務所から一生出て来れんばい」


 ……守衛さんの喋り方でなんとなく分かってたけど、テレストはジルダ共和国とはちょっと言葉が違う気がする。


 いや、そうじゃなくて。


「もう1人捕まったのね!」

「魔具を填める事で、そいつに術式を彫られた人は助かりますね」

「レイラさん、借りた魔具、使ってみませんか。俺達で何か痕跡探しやってみましょうよ」

「あ、いいわね! なんかそれこそ事件屋って感じ!」


 テレストが乗っ取られているのではないか、という不安は払拭された。国も管理所も魔王教徒捜索に全力を傾けている。魔王教徒に支配されていたなら、こんなに積極的になれるだろうか。


「陸路での出国者が少ないって話は、やっぱり季節性の問題だったのかもしれない。オレ達はもっと色んな所で魔王教徒の特徴と行動を……」


『バスター管理所より、お知らせ、いたします。イース・イグニスタ、オルター・フランク、レイラ・ユノー。3名は至急管理所までお越し下さい』


 砂が堆積したコンクリートの道を歩いていると、町中にオレ達を呼び出す放送が響いた。オレ達の姿こそ周囲に知られていないものの、皆は放送で告げられた名前に騒然としている。


 あの英雄の子供達が来てるのかと、魔王教徒狩りそっちのけで管理所へ走る若者、バスター最速昇格がどんな奴か見たいと言って騒ぐ子供。


 狩られる対象がこの瞬間からオレ達に変わったんじゃないか。

 こんな場合の「英雄の息子」呼ばわりはちっとも嬉しくない。


「……目立たないように行こう」

「イース、あんた耳と尻尾隠しなさいよ、目立つんだから」

「この町の服装みたいに、ジェラバ(※ロング丈の白いフード付きコート)着て頭に布巻いたらいけるんじゃねえか」

「尻尾や耳が覆われるの気持ち悪いんだよ、無理」


 周囲はまだオレ達の名前と顔が一致していない。管理所に着いてもすぐバレるかは状況次第だ。出来るだけ普段の恰好でいたい。


「ボク、鞘、隠れむます」

「あー……オレが持ってる時点で君だとバレるから」

「ぬし、ボクしばいなすか?」

「しまわない、心配しなくて大丈夫」


 呼び出しを無視するわけにもいかない。オレ達は宿探しを諦め、管理所に戻る事にした。もうじき夕暮れだ。

 日干しレンガの街並みは、夕焼けのオレンジがよく似合う。首都の町中だというのに、堂々と十数頭の羊を連れ歩くおじさんや、水瓶を持って歩くおばさん達は、きっと家に帰るところなんだろう。


 魔王教徒やオレ達の話をしながら歩く住民とすれ違いつつ、管理所の前の通りに出た時だった。


「おーっ! 兄ちゃん姉ちゃん、こっちばい! ほらな、あれが英雄の息子達ばい!」


 通りに大きな声が響き、その瞬間全ての音が止まった。


「ちょ、ちょっと誰が……」

「あ、守衛のおっちゃん達」

「ほーれ、早よ来い! 話があるけんよ、俺達が呼んだと!」


 ああ、何の悪気もない笑顔だ。

 きっとオレ達が注目されないように振舞おうとしていたなんて、夢にも思ってなさそう。


「ねえ、あの3人組?」

「どの子がどの英雄の子供なの? イグニスタって、聖剣バルドルの人よね? ユノーは?」

「あの女の子がレイラちゃんやろ! あっちが銃を持っとるけん、最速昇格くんたい」

「じゃああのお耳の背の高い子が……へえー、へえーっ!」


 遠巻きにしてるくせにあからさまなの、やめて欲しい。

 ジェラバ買って変装しとけばよかった。


「なんか、照れるよなこういうの」

「何でオルターは嬉しそうなんだよ」

「当たり前でしょ、あたし達と違ってオルターは純粋に褒められてんだから。あたし達は親のオマケ」


 もう逃げも隠れも出来ない。オレ達はオルターを先頭にして歩かせ、守衛のおじさん達に頭を下げた後で一目散に管理所へ逃げ込んだ。





 * * * * * * * * *





「このお婆さんが、魔王教徒?」

「本人もそう言っとるもんでね」


 管理所に着いてすぐ、オレ達は管理所の留置場に連れて行かれた。もしかしてオレ達が何かルールを破ったのかと心配したけど、そうではなかった。

 その一室には小柄なお婆さんが座っていて、白いローブ姿で項垂れていた。


「グレイプニールさん、このお婆さんの考えば読み取ってくれんですか。魔王教徒の事が少しでも分かればと」

「ああ、そのために呼ばれたんですね」


 グレイプニールをお婆さんの背に当てると、警官が幾つか質問をしていく。氏名、年齢、住所、それに魔王教徒がこの町で何をしようとしているかなど。

 グレイプニールが1度も嘘だと指摘しないまま、質問が次に移った。


「テレスト国民がなぜ魔王教に縋った。貴様は……」

「息子に、会いたかったんです」

「お前の息子が魔王教に入信しとるのか。ならば居場所を教えろ、解放は出来んが合わせることは……」


 警官が腕組みをし、居場所を吐けと要求する。警官としても手柄になると思えば力が入るものだろう。


 そんな警官の思惑を知ってか知らずか、老婆は震える手でローブの胸元から何かを取り出した。


「何だそれは」

「……息子の、写真です」

「どれどれ……何だ、随分と古い写真だが」

「25年前に、死んでしまったもんで、写真はそれしか」

「えっ?」


 どういう事だ? 息子に会いたいって言ったよな。死んだのなら会えるはずが……


「もしかして」


 オレが呟くと同時に、レイラさんが魔力の痕跡を発見する双眼鏡型の魔具を覗き込む。


「お婆さん、あなた……死霊術を教えてもらったんですね」


 お婆さんは黙って頷く。警官は何が何だか分かっていない様子だ。


「……アンデッドになった姿でも、一目会いたかった。お婆さん、そういう事ですね」


 お婆さんがまた頷く。ああ、やっぱり。このお婆さんは魔王教に入信し、死霊術を教えてもらえたら息子を生き返らせられると思ってしまったんだ。

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