Disaster-11 疑惑を手土産に、首都へ向かう
サンドワームに感じた異変はこれだった。
魔王教徒がこの砂漠のど真ん中で操っているとは思えないけど、タイミングが良過ぎる。疑うのも無理はない。
人為的にアンデッド化させられたかどうかは分からない。でもすぐ干からびるような砂漠において、水分を蓄えた芋虫状のモンスターが自然にアンデッド化する程放置されるだろうか。
「ぬし! 癒ち斬るます!」
「癒し斬る? そうか、ヒールの魔力を使って斬るんだな!」
グレイプニールが淡い緑の光を湛えている。レイラさんが掛けてくれたヒールの力を留めてくれているんだ。
「えあの、そーど、しまさい!」
「グレイプニール、お前ヒール溜めてんだろ?」
「ふたちゅ、あませむます! ぬしえあの、ボクひーむ、一緒ます!」
「効果を、2つ重ねる!?」
そんな事が出来るのかは分からない。オレはグレイプニールの提案に乗って、ぶった斬るだけだ。
目の前には、体半分が千切れても動き続けるサンドワームの姿。痛みへの反応が鈍いのは、生きてはおらず神経が通っていないせいだろうか。
まともに動けるはずはないのに大きな口を開け、俺らにすっぽり覆い被せようとしてくる。治癒術が弱点と分かっていても、通常のモンスターより無理が出来る点は要注意だな。
「オルター!」
「麻酔銃の要領でポーションを撃ち込む! 俺と反対側に回れ!」
「レイラさん、ヒール抑えて! 目立つとそっちに向かいます! 守衛さん達の援護をお願いします!」
「分かった!」
オレはエアロを唱え、魔力をグレイプニールに込めていく。グレイプニールに留めてもらうのではなく、オレが留めなくちゃいけない。
数メルテ先から発砲音が聞こえた。その数秒後、ボウガンの発射音が続く。うっそ、ボウガンまで持ってたのか。
ポーションを撃ち込まれ、サンドワームの体の側面が爛れながら腐っていく。
「イース! 気を反らした! 今だ!」
「不完全な気がするけど、これで斬るしかない! 行くぞ!」
「くち、よこ斬りまさい!」
敢えてサンドワームの前に立ち、オレを飲み込もうとする動きを寸前で躱す。思ったより跳べなかったが、おかげで足元が大きく揺れる中でも剣先が届く位置につけた。
「エアロヒールソードオォォ!」
サンドワームは口を開いたまま、顔を地面に押し付けるような姿勢になっている。オレはその顔を地面すれすれで水平に斬り払った。
「行けたか!」
「イースまだだ! 反対側まで届いてねえ!」
サンドワームが顔面の爛れと腐敗で苦しみながら、体をくねらせる。斬り払った顔は半分以上がだらりと垂れ下がり、輪切りに失敗したピーマンのよう。
いや、色や見た目は港町カインズで見た「ちくわ」を輪切りにしたような感じか。
しっかし、この状態でも動くのか。それほど脅威に感じなくなったとはいえ、どうすればトドメを刺せるんだ?
「イース! これを口に投げ込め!」
オルターがオレに小瓶を投げ寄越した。それは効果の高いとっておきのハイポーション。
「外からはレイラさんがやる! 中から腐らせろ!」
「分かった!」
なるほど! 小瓶の蓋を開け、オレは全力で口の中にぶん投げた。同時にレイラさんのヒールがサンドワームを覆う。
「ぬし! あだま!」
「あた……あれがこいつの脳みそか! オルター! 頭狙えるか! 上顎だ!」
爛れた上顎の肉の隙間から、丸い臓器が見える。位置的に脳だろう。
しっかし、狙うにしても苦しそうにのたうち回るせいで難しそうだ。
……と思うのは素人か。オルターは躊躇いなく引き金を引いた。
「おい、外れ……」
「おぉう、当たむしまた」
発砲音と共に、オルターご自慢の50口径自動拳銃が火を吹いた。その1秒後、激しく頭を振っていたサンドワームの動きが止まる。
「うっそ、当たるのかよ、あれで」
「まあな」
サンドワームが地に崩れ、ただでさえ柔らかいその体が液体のように広がっていく。
黄金色の砂漠が黒緑に染まっていき、まるでそこだけ苔が生えたよう。
鼻をつく腐臭が立ち込めてきた頃、馬車側の発砲音も止まった。馬車も守りきれたみたいだな。
「お疲れ様! あたし、1度の戦闘でこんなにヒール唱えたの初めて!」
「しぶといという点では厄介でしたが、治癒術で攻撃出来ると考えると、かなり助かりますね」
「うん、その分全体を確認する程神経使えないけどね。それより、魔法剣凄かったね! あたしのヒールを攻撃に使うなんて。オルターも最後どうやって狙ったの?」
「頭を振る時、不規則という程の動きじゃなかったんで。照準に入りそうなタイミングで、照準に入りきらないうちに撃ったまでです」
オルターは澄まして答えたけど、成功した喜びが顔に出ている。確実に出来る事をなしたんじゃなくて、当てにいったんだな。それで当たるからすごい。
「このサンドワームはもう使えないにしても、やっぱり倒したモンスターの痕跡は消した方がよさそうだな。アンデッドにされちゃ困る」
「守衛のおっちゃん達みたいに、治癒術使えない状態で戦うのはきついからな。さっきのしぶとさを考えるに、治癒術士がいないと討伐難易度が跳ね上がる」
守衛のおじさん達が言うには、国境の北門を担当して十数年、アンデッドを見たのは初めてだという。
やっぱり、たまたま現れたとは考えづらい。
「……魔王教徒か、あんまり深く考えとらんかったんやが」
「えらい迷惑な奴らやなあ! こりゃ人の往来どころか、国の守りにも支障が出ちょる」
「王政室に報告して、道中の安全を確保してもらわんとなあ」
テレストは人が少ない。単純に居住に適した場所が少ないんだ。首都の他は、南部の海岸沿いに小さな村が2つ、東部の山麓に2つ町があるだけ。
強いて言えば砂漠には村と呼ぶには小さ過ぎる集落が3つあり、観光地になっているくらいだ。
砂漠では家畜用の草を刈ったり、木を切ったり、野生動物を狩る事がそもそもできない。街道沿いを守れば、他のモンスターはほぼ放置。だからモンスターの変化にも気付きにくい。
秘密裏に計画を進めるのなら、砂漠の奥地でモンスターを集めてアンデッド化させ、街道沿いは平常通りを保つだろう。
街道沿いまでアンデッドがやってくるという事は、街道から離れた場所は既にアンデッドだらけかもしれない。
「……ねえ、あのサンドワーム、もしかして操られてたりしないよね」
「操られてたとしたら、魔王教徒側にバスターがいると知らせたようなものですね。でも倒さないわけにはいかなかった」
「テレストロードに急ごうぜ。テレストの管理所は数が少ない。特に北門付近は半径200キロメルテまで範囲を広げても1つもないんだぜ。治癒術士を入国ゲートに向かわせないと」
「そうね。砂漠を進む事を考えると、ギリングが一番近いくらいなのよね」
オレ達はギリング周辺だけで手一杯だった。各地に魔王教徒が散らばっている可能性は考えていたのに。
ギリングだけが狙われたわけではなく、ギリングが最初に狙われたわけでもない。
たまたま最初にシュトレイ山の拠点を暴いただけ……なのか?
「ぬし、なおうきょうと、ちれおむちゅ、使むます」
「ちれ……オムツ? あ、死霊術?」
「そでます」
「ああ、死霊術を使うのは間違いない」
「ぬし、なほう、使む、見えるます。ボク、ひかむ。ひーむ、ひかむ。ちれおむちゅ、見えるますか?」
……魔法の効果は、たとえ風であっても目に見える。ヒールだって対象者が淡く光る。じゃあ、死霊術は? 死霊術だって、掛けられた相手は光る?
「グレイプニール、鋭いぞ。魔法なら必ずその痕跡がある。確か、魔法犯罪を取り締まる道具とか、あったよな」
「警察が持ってる奴だな。そうか、それがあれば! レイラさん、手配できませんか?」
「そうね、管理所に掛け合ってみましょう」
「あー……それならゲートにも幾つかあるばい。それさえあれば、魔法を使用しとるか、使用直後の奴を警戒できる!」
移動時間をぼーっと過ごすのは勿体ない。テレストロードに着くまで策を練り、オレ達と守衛のおじさん達は、それぞれ分担して対策を開始した。




