Disaster-10 気配と異変
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「あんたら、若いのに強いっちゃなあ!」
「そりゃおめえ、英雄の子やぞ? 更に実績まであるんやけん、父ちゃん母ちゃんに負けんごと成長しとるっち事やんなあ?」
のんびり進む馬車に揺られ、オレ達は町に戻る守衛のおじさん達と穏やかな時間を過ごしていた。
冬の砂漠とはいえ、日差しは強い。足元も悪く、時々車輪が砂を噛む。
元々守衛として射撃の腕があるためか、普段から護衛のバスターは雇っていないのだという。
そんな守衛のおじさん達も、オルターの腕前には興奮が止まらない。
「俺、銃使いはあんま良うないち聞いとったんやが。何がなあ? 全弾当てとったが、あれは狙った場所に当てとるんか?」
「あ、はい……昆虫系は高威力の炸裂弾でもない限り、ひっくり返して腹から狙わないといけないんで」
「へえ、それで足や背中の端を狙って転がすんやな。1発でやろうとせん方がいいんか、成程……」
「何がお前、狙って当てきるんか。真似出来る腕持ってから言えちゃ」
オルターは確かに凄い。オレが確実に叩き斬れるよう、また砂の中に潜り込まれないよう、サソリやクモやムカデ型のモンスターをどんどん撃っては転がし、足を吹き飛ばしていった。
戦いやすいのなんのって、一体誰が銃術士は使えないと言い出したのか。
弓の方が応用が利くし、発砲音も無いし、おまけに経済的だと言われるけど、銃の処理速度には適わないと思う。もちろん、オルターの努力の結果なんだけどね。
「俺なあ、実は銃術士になりたかったんよ。でも実際に名を馳せたのはクレスタ・ブラックアイくらいなもんだろ? 人気ねえし、諦めたんだわ」
「今の治癒術士はあれか、パーティーの指揮までするんか。俺らのパーティーの治癒術士もモンスターの位置の把握くらいはやっとったけど。あ、俺は守衛になる前、槍術士やっとったけん」
「後方支援の一環ですからね。全体を見渡して、戦況を報告し、安全を確保するんです。今はこれが主流ですよ」
おじさん達は「時は流れるんだなあ」と感心し、オレ達の話によく耳を傾けてくれた。
中でも一番好評だったのがグレイプニールの「急所講座」だ。
「しゅばいま、あち斬る。あちのうだ、音、知るます。あちあるまい、音聞けまい」
「砂漠のクモは砂に隠れますからね。足で振動や音を察知して襲い掛かるから、足から切り落とせと」
「成程なあ。サソリ種はどうしたらいい? あいつら殻が硬くてよお」
「あだま、おからだ、あいだます。やまらかい。怒む、あだまとお手上げます。あだまのちた、撃ちまさい」
グレイプニールはオレが斬った時の事をしっかり把握し、どこを狙うべきかを的確に応える。
例えば、地表を這う蜘蛛は目が良いと言われる。だから目を潰せと言われてるんだけど……グレイプニール曰く、狙うべきは胴体と足。ストーンスパイダーは視認よりも先に足が動いてるんだって。
まあ、グレイプニールが斬って気持ち良いかどうかの主観も入ってそうだけど、観察眼……観察刃? はさすがだ。
「これで国境門の警備も楽になる。武器としてのアドバイス、助かった」
「ボク、いい子?」
「そりゃあ勿論さ! 伝説の喋る武器達は見た事ねえけど、グレイプニールさん、あんたは負けてねえ」
「ふひひっ、まりがと! ぬし、撫でるますか?」
「これまたえらく可愛い剣やなあ、はっはっは!」
談笑の最中、馬車が止まった。皆が反射的に武器を手に取る。
「さて、次はどんなモンスターの大群かしらね……」
「砂の上で戦うのって、結構足にくるんですよ。そりゃヒール掛けて貰ったら疲れはある程度取れますけど……」
スタ平原より手強いとはいえ、これまで倒せない相手ではなかった。オレ達は馬車の荷台から降り、御者の前に立つ。
「どんなモンスターが見えました?」
「……わ、分からねえ。でも馬が怖がって動かねえんだ」
「馬って、長年飼いならされて無害になったとはいえ、一応はモンスターだよね? モンスターが怖がるって……」
真昼間の砂漠に、視界を遮るものはない。強いて言えば遠くの砂丘くらいだろうか。
御者のおじさんが双眼鏡を覗き込んで周囲を見渡すも、驚異の正体は見えない。馬は嘶いて暴れ始め、馬車は御者の制止を振り切り数十メルテ先でようやく停車した。
「げっ、まだレイラさん乗ったままなんだけど!」
「一体何がいるんだ……」
「ぬし! ボク砂、突きまさい!」
「えっ」
「あやく! 突きまさい!」
グレイプニールが何かを察知した。オレは相手も、どこを突けばいいのかも分からず、足元の砂を言われるがままに突き刺す。
その瞬間、足元が大きく揺れ始めた。
「う、うわっ!?」
「地震か!」
立っていられず思わず尻もちをついた所に、砂の波が襲い掛かる。慌てて砂から這い出した時、オレ達は今までに見た事のないモンスターの真正面にいた。
「おぉう、おおぎいます……」
対峙するその距離、僅か5メルテ。
直径3メルテ程の円筒形の白い体に、開けば直径に等しいほど大きな口。その口の上下には数本ずつの牙が生えている。体は砂に埋もれている部分を含め10メルテくらいありそうだ。
「これ、何だ!?」
「わ、分かんねえ、見た事ないんだけど!」
オレ達は力量相応のモンスターしか把握していない。この状況では現れたモンスターが一体何か、確認をする時間はなさそうだ。
端的に表現するなら芋虫。この口で呑み込まれ、砂の中に潜られたら……窒息は間違いない。
「サンドワームよ! でも何だか様子が違う、気を付けて!」
「様子が違わなくても気を付けますけど!? ……うおぉう!?」
「こいつが動く度に足場が崩れる! これ、長く戦ってられねえぞ……炸裂弾放つ! 注意惹きつけてくれ!」
いくら腕前を褒められようと、オレが持つのはショートソード。それにサンドワームの体に銃弾が1つ当たった程度じゃ効き目はなさそうだ。1撃、1発に出来るだけ威力を込めるしかない。
サンドワームは口を大きく広げたまま襲い掛かってくる。砂を巻き上げ、太い胴体を砂地に叩きつけ、衝撃でよろけたところを捕食するつもりだ。
「イース! こいつの尻尾、気を付けろ!」
「分かってる! レイラさん降りないで下さいよ! 馬車もう少し離して! くっそ、砂のせいで前が……」
「これ以上離れたらあたしのヒールが届かない! イース、ラピッドステップ掛けた! ちょっと足軽いと思う!」
レイラさんの大声が何とか聞こえる。オレ達の戦況は把握できているみたいだ。
「ぬし、なおうけん!」
「わ、分かった! 風の魔法でいく!」
馬車の方角から発砲音が聞こえる。馬車が他のモンスターに狙われているようだ。
馬車からの援護は望めないどころか、あっちを助けに行かないと共倒れだ。
「エアロソード!」
「くちの、うえ! 斬りまさい!」
「合わせる!」
足のバネが効かない砂の上では、さすがに跳躍が足りない。オレは一度サンドワームの体の側面にグレイプニールを突き刺し、そこから這い上がって頭を狙った。
同時にオルターの炸裂弾がサンドワームの腹を吹き飛ばして気を反らせる。
「ヒール!」
レイラさんのヒールがオレとオルターに降り注いだ。淡い光がオレの体内へ染み込んで、痛みが瞬時に消えていく。足は数回の跳躍で既にガクガクだ。このタイミング、かなり助かる。
「有難うございます! これで……」
「うわ、何だこいつ!」
オレ達の体が癒えた後、サンドワームが大きく暴れ始めた。
ただ、こちらを攻撃するでもなく、ただ嫌がって暴れているだけに見える。
「砂をまき散らして、潜る気かも!」
「こで、もむるちまう、さんもあーむ、死むます」
「どういう事だ?」
サンドワームが死ぬ? 致命傷にはなっていないと思うんだけど……。
いや、待て、斬られた部分と撃たれた部分が……腐っていく?
「もしかして! ヒール! ケアッ!」
「治癒術でサンドワームの体が崩れていく!」
「やっぱり……間違いないわ」
「これ……まさか、アンデッドか!」




