Disaster-08 持つもの、持てるもの、忘れもの
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「じゃあ、テレストに行くわよ!」
翌日、オレ達はいつものように事件屋に集まっていた。オレは宿を引き払い、持てない荷物は事務所の倉庫に。オルターも持っていく銃は厳選するようだ。
……口ではそう言ってる。
「砂漠のモンスター相手だから……」
「オルター」
「まず動けなくするような……とすると、破壊力というより」
「オルター!」
「えっ? 何だ? 今忙しいんだけど」
「持ってる銃、全部持っていくつもりか」
あーでもない、こうでもない、オルターはブツブツ言いながら置いていくはずの銃をどんどんカバンに詰めていく。
ライフルを2丁、リボルバーは3丁、ショットガンも2丁、炸裂弾を放つ無反動砲を1つ。そしてその弾薬、手入れ用具。既に背負うだけで精一杯のはずなんだけど。
「砂漠だと砂噛むから、1つじゃ不安なんだよ。暴発も怖いしオレはこれがないと戦えないんだ」
「それにしても持って行き過ぎよ。それ背負って砂漠を歩くこと、考えてる? 1種類1つまでにして」
「……じゃあ、クレスタ・ブラックアイから頂いたデザートイーグルと……すげえんだぜこれ。自動拳銃なのにガス圧作動方式だから、50口径でも」
「いいから走れる程度の重さに絞ってくれ」
オレとレイラさんは、銃術士が避けられる原因が、このこだわりや荷物量なんじゃないかと思い始めてる。
オルターは身長こそ高くないものの、暇があれば50キロの砂袋を背負って歩く訓練をしていて体力がある。足腰は強いし、力持ちだ。オレよりあるかも。
そんなオルターにもしもの事があった場合、オレ達はその荷物をどうする事も出来ない。出来るだけ身軽でいて欲しいんだ。
「おぉう、ぬし? ボクのうわうわないますよ?」
「お前、雪まみれ砂まみれにするつもりか?」
「ぷぇぇ……ボクのしまわせ、うわうわ持つますか? もねがい!」
「ボロボロになっても買い直せないぞ? いいのか」
グレイプニールは、どうやらオレが天鳥の羽毛マットを置いていく事に気付いたらしい。
あんな手入れが大変なもの、旅に持っていけるはずないじゃないか。それに重くはないけど嵩張るんだよね。
「ボク、おなすび、うわうわ……置くしまわせ。ない、あびちい……」
「グレイプニール、あなたマット持って行ったらイースと一緒に寝られないからね」
「ぷあー?」
「一緒のブランケットで寝たいなら、マットは諦めて」
「ぬし、ボク一緒、おなすびますよ?」
「マットがいいならイースと一緒のベッドで寝るのはナシ」
「おぉう……でぎまい、ぬしボク一緒しまい、でぎまい……」
レイラさんに言われ、グレイプニールが羽毛マットを諦めた。そうなんだよ、羽毛の上で寝ると言い張るくせに、結局就寝直前にはオレのベッドに置けと言って泣くんだ。
マットの上にあるのはオレが起きてる時間だけ。しかも撫でろ、拭け、磨けと要求して結局数分も黙って置かれていない。
「で、レイラさんはその化粧品の山をどうするつもりですか。行商ですか」
「あのね、女には必要なの」
「その赤いスカートもですか」
「じゃあテレストで何着ろっていうの? ずっと装備?」
「現地で買いましょうよそれくらい……」
レイラさんも人の事を……もとい、剣の事を言えないよな。レイラさんの荷物の半分は旅の最中に使わないもの。化粧品がみっちり詰まったポーチ3つ、おしゃれな服一式、洗髪グッズ、コップ、食器、洗面器……。
「砂漠だと即席露天風呂は作れませんよ」
「……はっ、そうだった! どうしよう」
「乳液付けた傍から砂嵐で顔に砂貼り付きますよ」
「……」
「食器要りません、5日間携帯食料かじります」
レイラさんが渋々ポーチを1つに減らし、皿もカバンから出した。他にもベネスさんがレイラさんの荷物から、これはいらない、これもいらないと言って服を奪い取っていく。
……もしかしてあのカバン、化粧品と着替えしか入ってなかったのか?
パンパンでこれ以上入らないってのは何だったのか。
「イースはカバンに何入れてんだよ」
「え? 水と下着と、タオルと、まあ半袖シャツとか」
「……え、ちょっと待った。荷物少な過ぎねえか」
「あたしも思った。この前もやたら水ばっかり持ってたよね」
「水こそ持って行かずに魔法使えばいいじゃないか」
だって、靴下、パンツ、半袖インナー、水と食料、グレイプニールの手入れ品、それ以外に何か必要だっけ?
「……なのにどうしてエプロンは持って行くわけ? 使わないよね」
「おい枕はいらねえだろ」
「これむしろ羽毛マット余裕で持って行けるよね」
「ぷぁーっ!? ぬし、ぬし! マット、持てくまさい!」
「あーっ! イースおやつ持って行こうとしてるぞ!」
「うっそ!? あたし我慢してるのに!」
「え、何で2人とも持って行かないの?」
何でそんなに荷物が少ないんだと言いつつ、2人はオレの荷物にも文句を言ってくる。カバンが空いてるからいいじゃないか。
むしろそれ持って行かなかったら……手ぶらでもいいよな。
「シュベインさんは、旅の時の荷物どうしてました?」
「俺? だいたい飯とパンツくらいしか持って行かねえけど」
「ですよね、パンツさえ穿き替えたらあとはまあ別に」
「何そのパンツに対する絶対的な安心感」
「いやいや、2人とも待て。そんなわけないだろ」
「じゃあオルターは何持って行ってんの。ライフルとかリボルバーを除いたら何が残んの」
「えっ……」
オルターはカバンから銃を取り出し、その底から半袖シャツやタオルを取り出す。
「あ、やっべ」
「どうした」
「……パンツ持ってきてないわ俺」
「えーっ!? パンツはまず1番に入れるだろ!」
「パンツ忘れるなんてありえねえ……つかその銃の雑誌いるか?」
「何だこの箱。空の薬莢入れはこっちだし」
「工具だよ、手入れに使うんだ」
「銃の手入れにノコギリは要らねえよ。ピン抜くハンマーデカすぎ、ちょっと待て、工具全部3つずつ揃えてどうすんだ」
オルターの持ち物は予備が多過ぎる。それを除くとオレと大差ない荷物になるじゃないか。
「レイラ」
「ダメ! あたしこれは置いていけないの!」
「1枚か2枚あればいいでしょ? 何でこんな1冊抱えてんの」
「必要なの! デビッドがないとあたし生きていけない!」
「デビッド?」
「レイラさんの彼氏か?」
隣ではベネスさんとレイラさんが何やら言い争っている。その手には……魔術書?
「え、レイラさん魔術書の予備とか要ります?」
「工具の予備2セット持って行くお前が言うな」
「魔術書にデビッドって名前付けたのか」
「私も魔術書かなって思ったんだけどさ。これ、魔術書じゃないの。中を見て」
そう言いつつベネスさんが広げた本は……
「おぉう、めこ」
「猫の写真? え、何これ全部猫の写真? アルバム?」
「実家のデビットよ! 見てないと落ち着かないの!」
「……で、肝心の魔術書は」
「……あっ」
ちょっと待った。これ、出発無理じゃないか?
「もう1度、準備しなおしましょう」
「俺もその方がいいと思うぜ。イースはともかく、2人は余計なものが多過ぎる上に、肝心なものを忘れてる。まずパンツ買ってこい」
「何でお前らそんなパンツパンツ言ってんだよ、パンツ教か」
「あたし魔術書はそこの引き出しに入ってるし! 忘れてないもん!」
「カバンに入れて下さいよ」
結局準備は更に1時間続き、2人の荷物は半分になった。今までの何回かやった遠征、荷物が重いだの疲れただの……あれは何だったんだ?
「うわうわ、しまわせ……ぬしまりがと!」
「おう。じゃあ、出発だ!」
「イース、コート着てない」
「オルター、ゴーグル忘れてるぞ」
「レイラ、手袋。ねえ、あんた達本当に大丈夫?」
うっかりを心配され、ベネスさんとシュベインさんが再度オレ達の荷物をチェック。
結局、予め決めていた時間から2時間遅れで旅立つこととなった。




