表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/177

Disaster-07 罪深く気高き者の遺言を




 * * * * * * * * *




「そうですか。刺された女は魔王教徒でしたか」

「間違いはないな? お前ら殺人未遂の被疑者を火葬まで……」

「証言は取れています。名剣グレイプニールの能力は、聖剣バルドルや魔槍グングニルと同じです。嘘はついていないとの判断を聴衆が聞いています」

「証拠は証言だけか? 他に犯人がいたのでは。彼の妻が刺した可能性は」

「ありません。失礼ですが、伝説の武器に匹敵するショートソード、その持ち主は英雄の息子。同席したのはゼスタ・ユノーの娘ですよ」


 所長は火葬され、アンデッドとしても死んだ。役所へ行き、警察署にも向かった。その後の取り調べの状況が先のやり取りだ。


 エデリコ・ハイゼンを刺した犯人が、事情聴取も受けず現場検証に立ち合いもせずに死亡、火葬まですまされたのだから、警察本部としては面目が立たない。

 オレ達がそれを承知で取り調べを受けている。


 場合によっては犯人隠匿、証拠隠滅等々の罪に該当するというが……その場に警察官もいた手前、理不尽に投獄されることはなさそうだ。


「しょちょ、嘘つきちまう、本当つくしまた。えめりこ・あいねん、刺すしまた。えめりこ、なおうきょうとます。ボク本当つきます。しょちょのおうち、なおうきょうと、なおうち、しまたよ」

「……すまないが、この剣は何と?」

「この剣、よまあり、あびちい……ぐえいむにーゆ、よむしまい、あびちい……」

「あー……この剣と呼ぶな、グレイプニールと呼んでくれと」


 寂しいの意味は教えたつもりなんだけどな。というか、グレイプニールを重要な会話に混ぜると、どうも真剣さが伝わらない。

 今のグレイプニールは好きだけど、バルドル達のように口達者になって欲しいとも思う。


「……グレイプニールさんは何と?」

「所長は誓って嘘をついていない、と。魔王教徒は所長の家に、なおう……魔法陣? 

 を書いていると」

「しょちょ、あんでっど、なる。……おぉう、ういおん、何ますか?」

「ういおん? え?」

「う、い、よ、ん? しょちょ、おうち、おぉう……ボク、なまえわからまい……」


 ういよんって何だ? おと言ったものが2度目はよに変わった。という事はそこに入る言葉は別の発音?


「なあ、もしかして遺言じゃねのか? 所長がどこかに遺言をしまってるって事じゃねえの」

「おぉう! おるた、そうます! ういよん、しょちょ、しまた!」

「所長は家に遺言を?」

「えっと、どこに? その遺言を読めば所長の証言だと証明できるの!」

「ぷぇぇ……ボク、なまえ、わからまい……」


 家に行けば遺言がある。奥さんと娘さんの承諾を得たら家を探せるけど……家族も知らないような場所に隠されていたらどうする?

 グレイプニールを連れて行き、ここだと言ってもらうか?


 そんな事を考えていると、グレイプニールが突拍子もない事を言い出した。


「ぬし、ぱんちゅ、どこますか?」

「……え?」

「ぱんつ? イースの?」

「えっやだ、パンツ穿いてないの!?」

「穿いてますけど!」

「ああもう見せなくていい! 分かったから!」


 パンツはどこだと言われても。というかこんな真面目な話の途中でパンツの在処を聞かれるとは思わないよ。

 パンツと遺言、どんな関係があるんだ?


「まさか、所長がパンツの中に遺言をしたためていたとか」

「えっ、燃やしちゃったんだけど!」

「いやいや、大丈夫よ、だってグレイプニールは所長の家にあると言ったのよ?」

「ぬし、ぱんちゅ、ある、名前、何ますか?」

「え、やだイース、パンツに名前つけてるの?」

「付けてませんけど!?」


 あーもう! 何で俺のパンツの話になってんだ?

 パンツ、ある、名前……?


「パンツがあるのはどこか、どこにしまってるのかって事?」

「ぴゅい。ぬし、ぱんちゅ、ある、どこますか?」

「それは……宿のクローゼットだけど」

「くおぜ? おぉう、ちまう……同じ、名前、ちまう……」

「引き出し? 机? 物干し……」

「れいら! それます! いきまち! いきまちます!」

「引き出し!? パンツがある引き出しにしまってるって事か!」


 それならそうと言ってくれ、無駄に恥を掻いてしまったじゃないか。

 とにかく、所長の遺言は家のクローゼットの引き出しにあると分かった。


 警察は奥さんと娘さんに連絡を取り、数名で家に向かった。数十分後、確かに遺書があり、そこに真実がすべて書かれていたと連絡があった。





 * * * * * * * * *





「所長の遺言通り、魔王教徒も2人捕まった訳だけど」

「ああ、そっちの2人は役所を脅してたって……そっちも衝撃的だったな」


 行方不明者の捜索を最初に提案したのは、なんと行方不明者となったバスターの姉だった。彼女は連絡がつかない弟を心配し、何度か管理所にも足を運んだという。

 だがバスター個人の行動は把握していないと言われ、町民の行方を町でなく管理所に訊ねなければならないのはおかしい! と騒いだんだ。

 魔王教徒は役所を完全に支配出来ていなかったらしい。


 その職員の依頼を跳ねのけたなら、さすがに疑われてしまう。

 そこで所長が魔王教徒と調整と対策のフリをして時間を稼ぎ、バスターに探させる事で落ち着かせたんだ。


 その結果が行方不明者捜索と、全員の発見だった。


「2人はあっさり認めましたね。勝ち目がないか、助けが来ないと分かっていたか……グレイプニール、どうだった?」

「逃げむする、ぎみんぐ、きびちい。あまおる(穴掘る)、したます。そと、出める」

「助けを待つんじゃなくて、地下通路を掘っていた?」


 ああ、そうか。2人がエデリコ・ハイゼンに一切を任せて動かなかったのは、地下通路を掘っていたからなんだ。

 そんなに簡単に掘れるものじゃないだろうに。


「シュベインさん。その……大丈夫ですか」

「仲間がなぜ死んだのか、真相が分かったという点では良かった。エデリコって奴も目を覚ましたというし、生きている限り後悔し、苦しむことが出来るからな」


 所長は人殺しにならなかった。エデリコは目を覚まし、今は魔王教徒である事も関与も否定しているという。

 少しは反省してくれるかと思ったけど、むしろこれで魔王教徒に情けを掛けずに済む。遺族もシュベインさんも、そう言って前向きに笑った。


 死んで2等級昇進なんて、何の意味もない。だけど魔王教徒の仕業を世に広めたのはこれ以上ない功績。

 近く功績を称える石碑が作れ、犠牲になった彼らは英雄として刻まれる。


 生きながら刻まれる唯一の人物は。


「シュベイン……」

「オルター、俺はこれからも生きなきゃいけない。あいつらに復讐する事だけを生きる糧にはしない。俺にそんな人生を送らせるために助けてくれたとは思ってない」

「……うん」

「すべて俺が選んだ結果だ。これ以上俺に対して申し訳なさそうにしないでくれ。俺はそんなお前を見続ける限り、過去を断ち切れない」


 シュベインさんは強かった。


 慣れない義足に足を引きずりながらも、可哀そうな若者であろうとはしなかった。

 町の子供に興味津々で足をジロジロ見られても、年配に同情されても、同年代に笑われても堂々としていた。


「管理所が義足代を出すって言ってくれたからな。とびきりのやつを頼んでやるさ。歩けりゃ問題ない」

「……それが強がりでも、そう言って貰えると助けた側もホッとするわ」

「おかげでこんな有名な職場に就職できた。オルター、恩に着るぜ」


 シュベインさんは、オレやレイラさんをわざと「英雄の子供さん」と呼ぶ。それが彼なりに気を使い、哀れまれる事を拒否するが故のものだという事は分かってるんだ。


「さ、レイラ達。どうするの? 魔王教徒はテレストを狙ってるらしいけど。刑罰が厳しいテレストだから、上層部を落とされると色々まずいと思う」

「……ベネス、もうスパイとしての仕事は終わったよね」

「ええ。だからこの事務所から給与をもらうわ。その分働くつもり」

「いいの?」

「私の方が管理所の勤務歴長いの知ってるよね。レイラの留守くらい、どうってことないわ。それにね、シュベインったら……」

「ちょ、ちょっとベネスさん」


 ん? 何かあったのか? オルターもなんか苦笑いだし。


「とにかく、昼は私、夜はシュベインが守るから。売り上げの面でね。シュベインったら学生時代から女の子が」

「ベネスさんもういいですって! ほらオルター、イース! ちょーっと男だけで飯でも食いに行こうぜ?」


 ああ、モテてたんだな。


 とりあえず、これでオレ達は留守を気にしなくてよくなった。明日辺り、レイラさんの口から「テレストに行くわよ!」と告げられるんだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ