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Disaster-06 最期に、生きてゆく者達へ



 所長を仇だと思って掴みかかっていた女は、目の前の哀れな男に涙ぐんでいた。


 所長は魔王教徒に脅され、家族は人質。お前と同じ苦しみを背負う奴を増やすと言われ、ギリングを乗っ取る片棒を担がされた。

 それでもバスターという強い者達を動かすことで、町の中で生きる者達を守っていた。


 一般市民はバスターがいなければ成す術などない。まずはバスターを町から遠ざけるべきだと逆にそそのかし、この町の乗っ取りを遅らせていたんだ。


 グレイプニールが否定しないのだから、きっと嘘ではない。


「ねえ、ねえ! アンデッド化は治せないの? 回復魔法って効くんでしょ!?」

「治癒術は身体の回復力や能力を一時的に高めるものさ。病気や細菌をやっつけたり、誰かが掛けた術を解くものじゃない」

「術式を消したらどうかしら!」

「魔具は本当に使えないのか? 試してみたのか?」


 いつの間にか、所長のアンデッド化を治そうとする声が上がり始めていた。

 家族を脅され、アンデッド化の恐怖に怯えながら、我が身や家族を犠牲にしてまで立ち向かえる者が何人もいない事を理解しているからだ。


 所長は、オレ達がもっと早くに動き出すのを待っていたのかもしれない。

 早くエデリコ・ハイゼンの正体を暴き、奴に魔具を填めてくれと。


「わ、わたしはあなたが憎い、でも……斬れない! こんな、こんなので誰も救われるわけない!」

「お、俺も息子の仇をアンデッド化で終わらせて、ざまあみろとは思えねえ」

「……弱い人を守ると勇んで出て行ったうちの子は、結局……誰も守れなかったのね。所長さんの事も、自分の身さえも」


 亡くなったバスターの親族が項垂れる。

 憎む相手は魔王教徒だ。クエストをこなしに行った者を襲ったのは、魔王教徒なんだ。所長はそれを止められなかった。それをこうして命で償おうとしている。


 もう、誰も所長を責めなかった。


「所長さん、お家に帰りましょう」

「……ここで、いい。私がアンデッド化する姿を目に焼き付け、魔王教徒に従っては駄目なのだと心に刻んでくれ」


 そう告げると、所長は膝をついたまま動かなくなった。咳き込んだ所長の口から赤黒い血液が滝のように流れる。

 舞い散る雪がその上に落ちた時、聴衆に背中を押された女性と女の子が所長の前に立った。


「あなた……私達のために、ごめんなさい……」

「お父さん! お父さんも、まだ間に合うよ!」


 2人は所長の妻と娘だった。エデリコの血を術式に塗った事でアンデッド化をすぐに止める事が出来たのだろう。


 助かる事だってできたのに、所長はそれをしなかった。大罪を覚悟で魔王教徒と刺し違えて家族を守り、奴に苦しめられる人を増やさないようにしてくれた。

 そしてその罪を自らのアンデッド化で償おうとしている。


「……2人とも、所長さんにお別れを」

「あなた……私はあなたが夫で幸せだった! あいつらさえいなければ……皆さん! 本当に、本当に申し訳ございませんでした! 私達家族のせいで、私と娘が魔王教徒に目を付けられなければ……!」

「お父さんを助けて下さい! お願いします!」


 2人の絶叫が静寂に響く。術者の血を傷に塗る以外、方法はない。術が発動すれば、術者が死んでも効果は止まらない。


 すすり泣く声、魔王教徒にあからさまな敵意を表す怒声。色々な声が沸き上がり始めた頃、所長がポツリと呟いた。


「いよいよ、か。……最期、だな。家族を、頼む」


 その呟きの直後、所長は雪へと倒れ込んだ。


「あなた!」

「お父さん!」

「触っちゃダメ!」


 レイラさんが2人を制止した。所長が……いや、所長だったものがアンデッドとなって立ち上がれば、2人に食らいつき肉を貪り始める。近寄らせるわけにはいかないんだ。


「……アンデッド化した所長を倒したい遺族の方、いらっしゃるかしら! 所長の最期の意志よ、止めないわ!」


 レイラさんの声掛けに、手を挙げる者は誰もいない。


「ぬし」

「……もう、所長さんの考えは読めなくなったかい」

「しょちょ、おなすびますか?」

「……そうだね、長く眠ることになるよ」


 グレイプニールはまだ人の生や死の瞬間を知らない。攻撃以外で死ぬなんて考えた事もないんだ。


「……もうこんな哀れな姿を晒す必要はない。後はあなたが刺した女と、あなたの問題よ」


 そう言うと、レイラさんは目元をコートの袖で拭って手を合わせる。数人で確認したが、もう脈はなかった。

 レイラさんは警官を呼び、所長の亡骸の手足に手錠をかけてもらった後、ほかの警官に荷車を用意させた。


「レイラさん、どこへ?」

「火葬場。所長を人として見送る。奥さん、娘さん」

「……お願いします。夫をモンスターと同じにはしたくないんです」


 オレとオルターで所長の手足を持ち、荷車の上に乗せた。本来なら棺桶に収めるべきだ。でもそんな待っていたかのように目の前に用意されるものじゃない。

 誰かが寒いよねと言って毛布を持ってきて、亡骸の上に掛けてくれた。


「俺……シュベインを呼んでくる。あいつもこの結末や話を聞いておくべきだ」

「ああ」


 所長が魔王教徒の件に絡んでいたのは、既にシュベインさんも知っている事だ。

 でも、自分が仲間と足を失った原因の戦いが、魔王教徒の仕向けたモンスターによるものだったと知ったら……。


 シュベインさんが所長の亡骸を叩き斬っても、オレは何も言えないと思う。


「……あなた達は、夫の事を恨んでいないのですか。憎んでいないのですか」

「最初は、怒りました。オレ達の命なんかどうでもいいのかって。でも……」

「自分だったらどうしたか。実際に出来たか。悪い酷い許せないと喚く資格があるのか、分からなくなりました」


 今はまた1人、魔王教徒の被害者を助けられなかったと落ち込んでもいる。


 荷車を引き、火葬場まで30分。雪道に残る荷車の車輪の跡が悲しい。少なくない人数が後に続き、自分も脅されていたと告白する人も数人現れた。


 灰色の空からは、堪えきれない思いの代わりに雪がチラチラと落ちてくる。


「ぬし、しょちょ、嘘ました」

「……え?」


 そんな中、ふとグレイプニールが衝撃の発言をした。

 嘘? どういう事だ?

 この期に及んで、所長が嘘を付いていたと?


「ちょっと、グレイプニール! 何で嘘を黙ってたのよ!」

「おぉう。しょちょ、もねがい、しまた。さいごのもねがい」

「最後の?」

「ぴゅい」


 どういう事だ。奥さんと娘さんも泣き腫らした目でグレイプニールを見つめている。


「しょちょ、お喋り、なおうきょうと、聞くしでいるます。いみちゅ、お喋るでぎまい」

「魔王教徒があの中にいたのか!」

「ぴゅい」


 いや、予想はしていた。2人いるのは聞いていた。つまり、まだ町の外に出ていないって事だな。でも、嘘って何だ?


「最後のもねがい、あぞぐ、頼むます、ちまうます」

「家族を頼むって、確かに言ったね」

「なおうきょうと、たもしてくまさい、てでしゅと、あむまい、てでしゅとなおうきょうと、狙うする、もねがいしまた」

「えーっと……ごめんイース、つまり何て言ってるの?」


 グレイプニールの語彙力と発音では、なかなかうまく伝わらない。でもオレは何と言いたいか分かった。


「魔王教徒を倒せ、次に魔王教徒が狙っているのはテレストだ。テレストを守らないと大変なことになるって」

「テレストを!?」


 レイラさんが思わず大声を上げた瞬間、急に荷車が不安定になった。振り向けば毛布の下で何かが蠢いている。


「あ、あなた!?」


 所長が生き返った。奥さんはきっとそう思ったんだろう。だけど聞こえてくるのは呻き声、歯をガチガチ鳴らして噛もうとする音。


 とうとう、アンデッドになってしまったんだ。


「奥さん、見ていて下さい」


 レイラさんがヒールを唱え、所長の遺体が淡く光った。途端に耳をつんざく悲鳴が通りを抜けていく。


「これって……」

「……ヒールで苦しむ理由は1つです。でもあたし達は所長を人として見送るとお約束しました。どうか姿は見ないであげて」


 アンデッドかどうか確認しなければ、これは暫定的に人の遺体だ。


 火葬場に着くと、医師と役場の人が「死亡」を確認してくれた。

 既に火葬場に着いていたシュベインさんは……武器を持っていなかった。


 所長の遺体は葬式を執り行う事もなく、そのまま火の中へ入れられた。

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