Disaster-05 飽和する傷
所長の言葉に、オレ達は何も言えなかった。
魔王教徒は洞窟の入り口近くや、時には岩の上で待ち伏せをし、クエスト消化にやってきたバスター達を襲っていたのだという。
死霊術でモンスターを召喚し、倒したモンスターは再度アンデッド化させる。そうしてパーティーが油断している隙に襲わせる。
自分達は安全な場所にいて、ある程度戦闘を見届けたら立ち去る。
パーティーの壊滅まで見届けてしまうと、今度はそのモンスター達がターゲットを魔王教徒に変更しかねない。モンスターを召喚するだけで操れはせず、アンデッド化して初めて指示を出せるから。
中には生きて戻れるパーティーもあったというのは、それが原因だった。
「……死んで終わり、そんなのあるかよ。いくらバスターは自己責任といっても、襲わせたなら話は別だろ」
「だが、今はもう全財産と命で償うしかない。もちろん遺族や知人の方々に対して、それだけではとても足りない。憎き相手を、つまり僕を文字通り叩き斬ってもらう」
所長は受付で職員に指示を出し、そのまま外へと出た。しばらくして町内放送から広場で緊急の報告を行う旨の呼びかけが聞こえてくる。
「残りの魔王教徒2名が知ったら」
「知っても町からは出られないでしょうね。1人でこの雪の中を行動するなんて自殺行為よ」
「南のアスタ村方面なら幾分動きやすいけど……」
アスタ村とギリングの間には、徒歩で2時間弱の街道がある。途中30分程森の中歩くが、そこは雪が積もらず、歩きやすい。森から村までは村民が雪かきを行う。
かつて父さんがアークドラゴンにトドメを刺したのがちょうどその辺り。
その負の力が今でも残っているのか、アスタ村周辺は極端にモンスターの数が少ないんだ。
「この前後で町から出ようとする奴は明らかに怪しい。門で身分証を見せて直筆で名簿に名前を書く以上、足も付きやすい」
「そもそもギリングから逃げ出すなら、実質リベラ方面しかない。汽車で首都かエンリケ公国のカインズまで行くか」
「アスタ以南は村が1つ2つあるだけで、テレストまでは距離があり過ぎる。この時期に東の山脈を超えるのも無理。南西の海に出ても……」
「砂丘の先に港はない。船で迎えに行けなくはないが、急に思い立っても何週間船を待つやら」
そもそも2人の事は把握されている。誰かに成りすまして変装し、身分証を奪っていない限り町からは出られないよな。
歩くことほんの数分。管理所から少し北に行ったメイン通りの東に、大きな広場がある。そこが放送で流れた会場だ。
子供達が元気に遊び回ってくれるおかげか、広場内の雪はあまりない。雪合戦をしたり、雪人形を作ったりで、地面の雪が使われてしまったんだ。子供の遊ぶ力は侮れない。
100メルテ四方ある広場は、夏なら広葉樹が敷地を囲うように葉を茂らせる。そんな憩いの場は、これからどうなってしまうんだろう。
10分も経たないうちに1人、3人、10人と集まり始め、気が付いた時には広場がおおよそ埋まる程となっていた。
大半が暇だから来たのだと思う。楽しそうにお喋りをし、寒さを嘆き、特に何もない毎日の続きだと信じて疑わない。
「所長。もう体力もなくて大きな声は出せないでしょう」
「これが僕の最後であり、最期だ。持てるだけの力を振り絞り、声を届けて見せるさ」
あんなに許せない、憎いと思っていたのに、オレ達はいつの間にか所長を心配するようになっていた。
この人は悪に逆らえず加担してしまった。だけどそのけじめを自らつけようとしている。その覚悟を邪魔する気にはなれなかった。
妨害する資格も、鉄槌を下す資格もない気がしていた。
「ぬし、しょちょ、ボク持ちますか?」
「え? グレイプニールを?」
「しょちょ、お話すます。しょちょ知る、ボクぜんむ分かるします」
「所長さんが知っている事を全て把握して、無駄にしないって事か」
「ぴゅい」
グレイプニールの提案に、所長もゆっくり頷いた。
「話したつもりで漏れている事を全て君に引き継ぐ。僕が犯した罪も、生きてきた証も、全てを」
普段なら石のベンチ。今日はそのベンチが死刑台のよう。
所長はレイラさんの手を借り、その上に立った。
「みなさん、寒い中集まって下さり、ありがとう」
所長の声はよく響いている。威厳すら感じるほどだ。持つのは大変だと思い、所長にはグレプニールを鞘ごと背負ってもらった。
「数か月前、この町を発ったバスターがイサラの民を救った! 魔王教徒の拠点を暴き、奴隷を開放し、束の間の平和を取り戻した!」
所長の声に何人かが反応した。魔王教徒の悪事を思い出した者、その身に残る術式に俯く者、様々だ。バスターの姿もある。きっと所長の家族も聞いているんだろう。
「そして2か月前、バスター達は行方不明とされていた者達を連れ帰ってくれた!」
「……殆ど全員が死んでいたんですってね」
「アンゼさんの奥さん、息子さんが骨になって戻って、すっかり心が弱っちゃったものね」
「唯一生きて発見された子も、片足を失ったんでしょう?」
「レイラちゃんの所で働いているんですってね。好青年なのに、あんな惨い事に」
ギリングに住んでいれば、イサラ村の事件も魔王教徒の事も、大捜索の結果もほぼ全員が知っている。
シュベインさんの事も、噂は瞬く間に広がった。仲間を全員失い、片足を失ってなお生きて帰った悲劇の生還者。
当時何があったのか、その経験を語ったシュベインさんは、引退と同時にホワイト等級に昇格したんだ。
「その2つの事件には繋がりがあった! 僕……私はそれを皆さんに話さなければならない! 私の……拭う事の出来ない罪の話を」
「え、所長さん何をしたの?」
「クエストを発行した責任を取るって事じゃないかしら」
「何でもいいけどよ、寒いからさっさとしてくれ!」
みんな、有難いお話程度の認識みたい。所長は時折吹き付ける痛いほど冷たい風に歯を食いしばり、大声を張り上げる。
「1つ! 私はわざとイサラ方面にバスターが向かわないよう、クエストの張り出しを調整した!」
「えっ、えっ?」
「2つ、行方不明者の情報を伏せていたのも私だ! 危険だと分かっていて向かわせたのも、大捜索と称して集まったバスターも犠牲にしようとした!」
「……え、何? どういう事?」
「俺達を騙してたのか? 所長サンが仕組んだの!?」
「3つ! 今朝起きた刺傷事件は、私が起こした! 彼女が魔王教徒であり、私を脅していた張本人だったからだ!」
聞いていた者達が衝撃で硬直し、よく聞いていなかった者達が何事かと周囲に確認し始める。所長はそのざわめきが小さくなった後で言葉を続けた。
「私は脅しに屈し、魔王教徒の計画を止められなかった! 私が我が身可愛さに……多くの犠牲を生む結果を招いた! 謝って許されることではないが、謝罪したい。本当に、申し訳ございませんでした!」
魔王教徒が所長を操り、イサラ村付近の拠点化や、バスター殺しを円滑に進めさせた。その事実を全員が理解した頃、数人が人を掻き分けて所長の前に進み出てきた。
「うちの子を……返してよ! あなたが止めてたらうちの子、死ななかったんでしょう!?」
「あんたが、あんたが俺達を奴隷にしたようなもんだ! 見ろこの一生消えない体の傷を! おぞましい術式を!」
当然だろう。聴衆が掴みかかるくらいの事は想定できていた。
これから所長が何を言うのかも。
「私の全財産1億ゴールド、そして魔王教徒から経費と称して出させた手つかずの3千万ゴールドを、被害に遭った方と遺族の方々に。足りない分は、私の命を」
「あ、あんたから金を貰ったって死んだモンは帰ってこねえ!」
「あなたが死刑になっても、わたし達の恨みは晴らせないわ!」
「仰る通りです。だから、皆さんの手で私を殺めて下さい」
殺してくれと言う所長に、詰め寄っていた者達もさすがに怯んだ。その様子を見て、所長はコートを脱ぎ、自身の腹部を見せつける。
「私は魔王教徒に術式を発動させられ、もうじきアンデッドになる。アンデッドを殺しても人殺しにはならない。だからみなさんが罪に問われることはありません。足りない分は、どうかそれで許して頂きたい!」
そう伝えた所長は、今までの対策が間違いだった事も含め、魔王教徒の事を体力が許す限り話し続けた。
所長の体が限界を迎えて膝を付くその瞬間まで、誰一人として会場を後にする者はいなかったんだ。




