Disaster-03 何もかもが遅過ぎた部屋で
事務所をベネスさんとシュベインさんに任せ、オレ達はすぐに管理所へ向かった。
申し訳程度に雪かきされた道は、石畳なのかコンクリート敷きなのか判別できない。数日経って固まった滑りやすく、靴の裏が氷を砕くようにガリガリと鳴る。
夏よりも2倍時間をかけてたどり着いた管理所は、バスターが1組受付にいるだけだった。
「おはようございます。所長さんからお電話をいただきました」
「レイラちゃん! 所長呼んできますから、応接室にどうぞ」
「有難うございます。みんな元気そうね、でも相変わらず館内は寒い」
「所長は一昨日から顔色が悪いけどね。これで私らが風邪引くくらい寒いって言ってたのを分かってくれたかも」
レイラさんは元同僚と会話をしつつ、オレ達を応接間へと向かわせた。落ち着いたこげ茶の床や壁も、まったく動かされた形跡のない本棚の本。唯一変わっているのは花瓶の花。
そんな変わらない管理所の中でも特に変わらない空間で待つこと数分。ようやく所長が現れた。
「ああ、ユノーさん。すみませんね、急に呼び出すような真似をして」
「いえ、ドノラ所長こそご連絡有難うございます。明日お越しいただけるという話でしたけど、つまりそういう事ですよね」
「……ああ、きちんと話すよ」
所長はこの数か月で少し痩せたように見える。こけた頬よりもその顔色やスラックスの裾がブカブカなのが気になった。
応接セットに腰かけた時、布越しに骨の形が浮いた膝を見て、健康状態が良くない事も察した。
「ぬし?」
「あ、うん……色々と考える事や謎があって」
「しょちょ考える、ちらべる、しますか?」
「うん、それは後で。とりあえず話を聞かないと」
そりゃ、グレイプニールで調べたら一発だと思う。どんな原理かは本剣も分かっていないとして、今まで多くの悪党の秘密を暴いてきた。
でも、本人の口から言うチャンスを奪うのは違うと思うんだ。
「イース? 何かあるなら先に言ってもいいよ。こっちが何に疑問を抱いているか、何を知りたいかを伝えて、それに答えてもらうのもアリと思う」
「ユノーさんの言う通り、僕もそれで構いませんよ。イグニスタさん、ぜひ」
疲れて見えるけど、所長さんの目はきっと何かを覚悟している。
全てを話すつもりがある、オレはそう感じた。
「なぜ、オレ達がエデリコ・ハイゼンの事を知っていると」
「いきなりそこか。君はなかなか鋭いね」
所長さんが力なく笑った。職員さんが持ってきたコーヒーカップの中身を見つめ、前かがみで懐かしそうな目をする。
「君達はハイゼンの事を調べていたね。ああ、気配を察したのではなく、調べてくれると願って色々振舞ったから」
「……もしかして! オレ達を動かすためにわざと怪しい行動を取った? そうか、ベネスさんをスパイとして送り込んだのは二重スパイが目的」
「やっぱり、あの子はすぐにスパイだと明かしてしまったんだね」
ああ、グレイプニールが読み取ったのは一部だけだったのか。そうだよな、質問に答えてもらっただけで、それ以外の事は調べてないもんな。
あれ? 待てよ?
所長は最初からオレ達に魔王教徒と繋がっている事を隠す気がなかった?
「あの、すんません。俺達が所長さんと魔王教徒の繋がりを知ってるのは分かってたんですか」
「ああ、知っていた。それを望んでいたからね」
オルターの顔色が曇った。レイラさんもそれに気付いたようだ。
「おぉう。おるた、怒る、しますか?」
「オルター?」
「……所長。俺達が数か月前に何やったか、分かってるよな」
「数か月、前?」
「その前、イサラ村で何が起きてたかも、知ってるよな」
オルターは所長を睨み、今にも立ち上がって殴りそうな自分を押し殺しているように見える。オレはそっとオルターの腕を掴み、もしもの事態に備えた。
「俺達に……何させたか言ってみろよ! あのエデリコって女が出したクエストでどんだけ死んだか、言ってみろ!」
「……すまなかった。でも当初はクエストに魔王教徒の意向が絡んでいたなんて知らなかったんだ」
「オルター、所長の言葉に嘘はないわ。それはグレイプニールが証明してくれた」
「そんな事聞いてねえ!」
オルターがとうとう大声でオレ達の声を遮った。普段のオルターなら、絶対にレイラさんにそんな態度は取らない。
オルターの怒りがどこにあるのか、オレはこの時まだちゃんと理解できていなかった。
「管理所としてなんとかしようと、行方不明者を探すクエストを……」
「お前、その行方不明者が受けてたクエストの情報、捨てたよな」
「……」
「それで俺達に協力させて、見つかった良かったってか。ふざけんな! シュベインは目の前で仲間を殺されて、片足も失って、寒い中1人で助けを待ってたんだぞ!」
オルターは目を真っ赤にして所長を怒鳴りつける。
そうか。所長は知っていたんだ。
オレ達が捜索しに行った人の大半が、魔王教徒の犠牲者だという事を。
所長は唇を噛んで俯く。所長も魔王教徒に脅されていた側であり、魔王教徒を排除したいと考えている人物だ。
だけど脅された結果、何が起きたのか。
「今更、嘘はなしでお願いします。こちらに調べる手段がある事は分かっているはずです」
オレは冷静じゃないオルターを制止し、代わりに所長に確認をした。オレも1つ確認しなきゃいけない事があるんだ。
「オレ達、捜索隊を組みましたよね。もうじき冬が訪れるような、バスターがどんどん他の町へ旅立っていくタイミングで。かつ雪が降らない僅かな期間を狙ったように」
「ま、待って。それじゃまるで、あたし達も」
「オレ達の事も始末しようとしましたね」
「そんな……噓でしょ? このこと、まさかベネスはこの事」
「……ベネスは知らない。すべて僕の弱さが招いた結果だ」
ああ、やっぱりそうなんだ。冬が訪れる前に実力のあるバスターを始末しようとしたものだったんだ。
多分あの捜索クエストの発案者達は、レイラさんがあれだけ人を集めるなんて、想定外だったんだ。
「あの時はホッとした。皆生きて帰れるかもしれないと」
「ホッとした? はっ、冗談でしょ?」
「あんたの家族のために、あんたが魔王教徒に従ったために……それでよくも被害者面できるな!」
「申し訳……なかった! 愚かで最低である自覚は常にあった、しかし家族を殺されたくなかったんだ! 妻と子供を魔王教徒の奴隷にさせる訳には」
「だから魔王教徒の要求に対し、他人の命で支払ったんですね。他の人にも家族がいた事をご存じでしょう」
家族の命と他人の命、どちらが大切かなんて問いただしても仕方ない。責めても亡くなったみんなは戻ってこない。所長の判断一つで誰も死ななかったかもしれないのに。
そしてオレ達をも死へ向かわせようとした。
オレはこの所長を許さない。
「引き返すには遅いが、これ以上は出来ないと思った。もうエデリコには従えない、それを明日宣言するつもりだった」
「その宣言、半年前に出来なかったのかよ。結局あんたの良心次第だったんだろ」
「……その通りだ、返す言葉もない」
「この話、シュベインに聞かせなくてよかったわ」
オルターの視線は冷たい。きっと所長も気づいている。なのに所長はどこか解放されたかのような安堵を見せている。
まさか、オレ達に話してスッキリしたか? これで許されたつもりか?
「仕方なかったで済ませるつもりじゃないですよね。明日と言ってましたが、今から広場に行きましょう。あなたの言葉で全部伝えて」
「……分かった。エデリコを手に掛けた時、覚悟を決めた」
「えっ」
今、エデリコを襲ったのは自分だと……自白した?
「所長、あなた……」
「止めるには、それしかないと思った。2週間命令に従うフリをしていたが、バレた。これしか……なかったんだ」
そう言って、所長はふいに腕まくりをした。
「そ、それ……」
「アンデッド化の!」
所長の腕にあったのは、魔王教徒が奴隷に刻むアンデッド化の魔法陣だった。
だけど、なんだか様子が違う。
文字の周囲がただれているんだ。それに術式の周囲の肌がドス黒い。
「僕は……すでにアンデッド化が始まっているんだ」
「はっ……なんだって?」




