Disaster-02 黒く染まる雪のように
「ギリングの? 協会そのものではなくて?」
「ええ。オレ達が敢えてギリングのと限定する事で、魔王教本体がギリングだけを諦めてくれないかなと思って。同時に協会そのものへの不信感は隠しておけば」
「協会本体を疑ってはいないと思って油断してくれるかも? ってわけだな、なる程」
「魔王教徒は他の地域に切り替えるでしょうね。魔王教徒や奴隷の移動経路や流入が変わって、異変に気付けるかもしれない」
新たな被害は報告されていないけど、今まで何をしてきたかは色々判明している。ギリング、リベラ、イサラ、アスタ、東ジルダの地域は魔王教とその実態を目の当たりにした。
オレ達が魔王教徒の仕業を発見しているせいで、魔王教徒側の警戒は高まったはずだ。
これ以上ギリング周辺では活動できないと判断させる事で、まずオレ達にとって安全な町を確保できる。
「動物もモンスターも、この雪の中では満足に活動できない。寒い雪原をなんとか掻き分けてやって来ても、人々は町から出て来ず襲えない。そんな今のうちに態勢を整えないと」
春から秋はバスターの数も増える。同時に稼ぐため、名声を高めるため、バスターはクエストの受注に必死になる。
魔王教徒がまた犠牲者を増やすため、危険なクエストを仕込ませるかもしれない。
クエスト自体に不審な点がなければ、管理所でも省くことが出来ない。現地で無理をするななんて余計な忠告だと思われる。
無理だと分かった時には手遅れかもしれない。
「疑わしい人はもう目星が付いてるし、その人達がどんな反応をするかも興味があるわ。いいわね、問いただしましょう」
「それじゃ、私がハーヴェイ所長にも声掛けるね。シュベレイ、あなた当時の事を話せる?」
「俺の使命っすからね、もちろんです」
魔王教徒に操られている人を解放する。それを確認し合っていた時、グレイプニールがぽつりとつぶやいた。
「ぬし、あんでっど、死にももます」
「え? ああそうだな。死体がモンスターとして蘇るんだからね。戦った事あるじゃないか」
「死にもも、生きまい。生きもも、寒い、死むます。ぬし、生きもも。寒い、死むます。あんでっど、死にもも。寒い、死むますか?」
「……ちょっと待ってくれ、それって」
グレイプニールの言葉に、5人が一斉に凍り付いた。
そうだった、アンデッドは死んでいて、既に寒いなんて感じないんだ。
アンデッドは寒さに強い、冬は魔王教徒が戦力を手に出来る季節って事か?
「グレイプニール、すげえ鋭い視点持ってんなお前」
「するどい、刃あるます。よごでぎます。目、ないますよ?」
「あー、あー……イース、こういう時なんて言うんだ?」
「え、え? わ、分かんない。凄い、偉いって褒めてる」
「大丈夫よ、多分。アンデッドには体温がない。スタ平原の気温なら体が凍り付くから身動きなんて取れない……多分」
「そうか。オレの考え過ぎならいいんですけど」
まずいと思って焦ってしまった。アンデッドは気温が低過ぎる場所では使えないんだ。
「ほーら戦闘狂班の3人! あまり疑心暗鬼になっても仕方がないでしょ!」
「フフッ……ちょっと戦闘狂って言わないでよ。ベネスが転んだ時にあたしが治癒術掛けてあげたの忘れた?」
「もう、いつもの冗談だってば」
「嫁入り前のか弱い女の子に人前で戦闘狂はやめて」
「近々で嫁入りする気がある人だけ言って? ……か弱い?」
「え、女の、子?」
「あーっ! イースまで酷い! あたし本当にフライパン士になろうかしら!」
「あ、すみません……」
真剣な話が長続きしないのは、もう幾度となく、何日かも分からないくらい毎日毎日議論しているからだ。もう話題も尽きてしまった。
南西のオンドー大陸にあるバース共和国メメリ市のように、冬でも温かい地域へ行きたくなるバスター達の気持ちがよく分かる。年中活動が出来るし。
極寒の地に留まるのは、引退者か里帰りのバスターくらいだもんな。
「ぬし、ぬし!」
「ん?」
「ふまいぱん、武器ますか? 盾ますか?」
「え、あー……どっちだろう。盾に使うのもありかも」
「武器、ぬし持つでぎまい。ボクあびちい。盾、ぬし持つでぎます」
「ちょっと、あたしを本当にフライパン士にしたいわけ?」
「あ、すみません……」
話はどんどん脱線していく。
「まあ、明日次第だろ。他所からギリングに潜入出来ない期間に、ギリングのみんなの認識を……」
オルターがそう言って銃の手入れを始めようとした時、事務所の電話が鳴り響いた。
「はい、事件屋シンクロニシティ」
レイラさんが電話に出て、何かをメモしていく。
「イース、電話の音って苦手だよな」
「え?」
「尻尾、いっつもちょっとぶわってなる」
「えっ、うっそ」
オルターがオレの尻尾を見て笑う。自分では大丈夫なつもりだったのに。猫人族ってこんな時困るんだよなあ。感情を表情に出さなくても、尻尾や耳に出てしまうんだ。
そんなのんびりとした会話の途中、シュベレイさんは嬉しそうに義足の設計図を見せてくれるし、ベネスさんは紅茶の準備に取り掛かる。
緊張感がないのは仕方がない。だって昼間は暇なんだから。昼間もバーを開けようかなんて話をしているくらい。
夜も事件屋として機能させているけど、渡せる仕事は雪かき依頼や屋根の修理など。
専門の業者さんの方が安くて上手くて確実なんだけど、そっちの手が回らない時は声が掛かるんだ。
それも昨日今日は1件もなし。バーは情報や仕事を求める人じゃなく、ただ飲みに出たいだけの人が集まる場になっていた。
「シュベイン。お前が見てるそのカタログの義足、40万ゴールドからって書いてあんだけど」
「高いよな。でも機械的でさ、足首も曲がるんだぜ? ばねのようにしなってくれて、土から離れると……」
「あー全部オプションなのか。最悪後付けで機能を……うわっ、パーツ毎に色変えられるのか!」
「自分の足を失ったのは絶望だけど、これ付けるのは正直憧れる。稼がねえとな」
「ワインレッドのチタンフレーム! うへー、カッコイイなこれ!」
オルターとシュベインさんは機械が好きらしい。このままではいつか機械駆動二輪が欲しいと言い出しかねない。特にオルターはイサラ村の事件の時に乗ってるわけだし。
草原や荒れ地じゃなくて街道を走るだけと割り切れば、歩くよりはるかに速い。
……なんか、オレも欲しくなってきたな。
「ばね機能を強くしたら、跳躍もイースに負けないかも」
「ない足を嘆いてもどうにもならないし、いっそ左足改造と思って楽しまないとな。猫人族と同じジャンプ力は楽しみだ」
「足がないからこそ会得できる能力、か。羨ましいのか何だか分かんねえな」
「ちょっとみんな黙って!」
レイラさんが受話器を手で押さえ、オレ達を黙らせる。今度こそオレの尻尾がびくっと跳ねたのが分かった。
何かあったのだろうか。レイラさんは珍しく焦っているように見える。
ベネスさんが静かにティーカップを置いてくれ、その琥珀色の波紋が消えた時、レイラさんが電話を切った。
「あー……あたしももらう。そんで、紅茶を飲んだら管理所に出発よ」
「どうしたの? レイラ、顔色が悪いわ」
「管理所の所長から直々の電話だった」
レイラさんがオレとオルターをじっと見つめる。ああ、何かあったんだ。
「今朝、エデリコ・ハイゼンが自殺未遂で病院に運ばれた」
「えっ!?」
「手にはナイフを握っていて、腹部を刺したまま意識不明。玄関先で倒れているのを手紙配達員が発見」
「玄関先? 何でそんなところで自殺を? まるで誰かに知らせたいかのよう」
「状況を見て、誰かにやられた可能性を伏せているだけと思う。今回の魔王教徒の動きで重要な人物よ、しかも所長が電話してきた」
「つまり、魔王教徒が絡んでる……」
「死なれちゃ困る。すぐに向かうわ!」




