Disaster-01 敵であり、犠牲者。
【Disaster】冒涜を纏う行列
冬が訪れ、バスターの活動は穏やかになった。
街道は毎年ないし隔年で開催されるヤケクソの「第15回雪かき大会」で2週間だけ開通したものの、今は真っ白な雪原のどこが街道か分からない。
まあ雪かきというか、ギリングと隣町のリベラで魔術士が対抗戦をするってだけなんだけどね。
両方の町からスタートし、中間地点までどちらが早く雪を解かして辿り着くか。炎の魔法や風の魔法など、とにかく何でも魔法を使って雪を解かせばいい。
その賞金は高級ホテルの宿泊券や、回復性能が高いエリクサーなど。引退した魔法使いが輝ける数少ないイベントでもある。
それも終わればいつもの退屈な日々。夜間のバーはそこそこだけど、昼間の事件屋はここ数日来客ゼロ。
色々やりたい事、調査したい事はあるんだけど、今は身動きが出来ない。
「はぁ……そりゃあ管理所でも1日数組って季節だけどさ。ほんっと誰も来ないわね。依頼者もゼロ、受注希望者もゼロ」
「そろそろ資金的な不安が……バーの売り上げがなかったらまずかったかも」
雪に覆われた雪原に危険などない。町の外で活動する者はいないし、行商人すらまともに来ない。晴れが続いて雪が蒸発するほんの数日が町の暮らしを繋いでいる。
その一瞬だけがクエストのチャンス。
というか、そういう時期だからバスターも殆どが南に渡って不在。
「なんか、こんな大変な季節からお世話になってすみません……」
「あっ、それはいいの。ベネス1人じゃトラブルの時心配だし」
「そもそも最近は毎日5人体制ですよね」
レイラさん、オルター、オレ。そして偽スパイのベネスさん。
そこに先月もう1人が加わった。
「金が貯まってもっといい義足を買えるようになったら、もう少しお役に立てると思うので」
「雪が解けるまで、俺達だって活躍できないさ。気にすんな」
一時は危ない状態だったシュベインさんも、なんとか退院できた。とはいえ貯金を食い潰す生活など長くは続かない。
それならばとオレ達がこの事務所への就職を提案したんだ。
オレ達がいない時も、2人いれば週5~6日で昼と夜両方開けられる。シュベインさんが数年勤めてくれるなら資格試験も受けられる。
オレ達は2人に事務所を任せ、もっと広範囲で活動が出来る。悪い話じゃない。
「あ、レイラ。明日管理所の所長が来るから」
「……え?」
「ちょっと待って下さい! いくら何でも招き入れるわけには」
「あー、それは大丈夫。色々とね、魔王教徒の間でも方針や意見が食い違ってるみたいでさ。所長と連絡を取ってた奴が2週間現れてない」
2週間現れていないのであれば、所長も何をしてよいのか分からなくなる頃。ベネスさんの報告も溜まり、もう古くて意味を成さない情報も混ざっていく。
というより、有益な情報は殆ど渡していないらしいけど。
「2週間訪れてない……って、もしかしてこの町にいないって事?」
「魔王教徒にも長期休暇があるのかも」
「いや、宗教を休むって発想はアリなのか?」
「あたし達のように信心深くない人には分からない世界だけど、人を脅し、襲い、命を奪おうとする人達が長期休暇なんて取るかしら」
確かに、そうだよな。目的のために魔王教に魂を売るような奴らが2週間サボるだろうか。
「ベネスさん、今までこういう事は?」
「私がスパイになってからのほんの数カ月で言うなら初めてね。密会は2日置き、長くても4日」
「密会場所を変えているんじゃない? ベネスがこっちに来て以降、全ては把握できてないでしょ」
「管理所に残ったみんなから報告が来てるの。全員魔王教徒に寝返ったのでもない限り、本当に密会はしていない」
密会相手の素性は分かっている。というか、今はそいつを捕まえるために罠を張っている最中だ。
「シュベイン、そんな怖い顔すんな。仲間の仇は取ってやる」
「……悪い。俺とお前が組んでいると分かっておきながら声を掛けて来た奴らだけど、それでもバスターとしての志はあったんだ」
密会相手の名前はエデリコ・ハイゼン。町の西に移り住んできた30代の女だ。
シュベインさん達にあの洞窟の調査を依頼した張本人だった。
『ニータ共和国から移民としてやって来る途中、キャラバンがモンスターに襲われた。逃げる途中にはぐれた夫を探して欲しい』
そのクエストを受注した結果、大惨事となってしまった。しかも、そのクエストを受けたのはシュベインさん達だけではなかった。
なんと、その前に4組が同じクエストを受けていたんだ。
オレの耳を斬った男の仲間が受けたクエストの依頼者も怪しかった。クエストの内容は違えど、その半数でパーティーが行方不明に。
普通に考えれば依頼者が怪しいと分かる。だけど管理所はその疑惑を放置した。
依頼者を伏せ、ただ「クエストを受けたまま行方不明になった」事だけを伝えて来たんだ。
「行方不明者達が受けたクエストの8割の情報を紛失、か」
「紛失分は全てエデリコ・ハイゼンを含む3人の依頼者によるもの」
「運よく生還出来たパーティーが出たら、別の依頼に切り替えて新たな受注パーティーを陥れていた……」
「グレイプニールがなかったらお手上げだったな」
「というより、イースの機転のおかげ。あれが無かったら疑惑は疑惑のままだった」
所長は当然グレイプニールの仕様を知っている。父さん達が聖剣バルドル達の能力を隠さず活躍していた事もあり、触れた者の秘密を暴ける事は隠せない。
所長も触れてくれと言われたら身構えた。遠慮すると言って用件だけを話して帰ってしまったんだ。
そこで、その次は別の作戦に出た。オレと共鳴したグレイプニールが所長の秘密を暴いたんだ。
グレイプニールに直接触れなければ大丈夫。その認識を逆手に取ったってわけ。
レイラさんが予め幾つか質問し、その後で中身グレイプニールのオレが登場して握手。暫く握手したままぶんぶん腕を振って、その間にもレイラさんが所長へオレの功績を伝える。
それが終わった時にようやくグレイプニールが手を離し、共鳴を解く。オレ自身に戻ったらそこでオレが挨拶。
オレの姿であっても喋ったら絶対にバレるからね。
その作戦により、所長がクエストの情報を破棄した事が分かった。
破棄されたクエストの依頼者が別のクエストも発行している事、達成されたクエストがある事も暴けた。
達成されたクエストの情報は破棄されていなかった。それをベネスさんがスパイのフリして調べたってわけ。勿論、ベネスさんがオレ達の味方なのも確認済み。
「ボク、共鳴よごでぎる。しょちょ、なおうきょうと、仲間ます。くですとすでるしまた」
「ああ。でも、本心では助けて欲しいと思ってるんだったよな」
「ぴゅい」
何より、所長の本心は反魔王教。家族を守るために従っているらしい。
監視の目がどこにあるか分からない中、常に手先として動かざるをえないってわけ。
所長を尾行した時は、周囲に魔王教徒の気配などなかった。本当は監視などされていないかもしれない。
「2週間エデリコ・ハイゼンが接触していない……でも疑惑の依頼者は3人とも町の中」
「3人が連絡を取り合っている形跡は?」
「ない。エデリコ・ハイゼンの家には電話すらないし、残りの2人から手紙が来ている様子もない」
横の繋がりはない。魔王教徒同士だとしたらそんな事あり得るだろうか。
密会相手はエデリコ・ハイゼンのみ。そのエデリコも2週間動きなし。
「もしかしたら、エデリコ・ハイゼンも所長のように脅されてる?」
「エデリコに接触していた魔王教徒が、何らかの事情で来れなくなったとか」
「他の魔王教徒が接触しようとしない辺り、ギリングの魔王教徒はその来れなくなった1人だけかも」
だとしたら、ギリングの管理所を正常化出来るかもしれない。
「所長がこっちの味方なのは分かってる。だったら……いっそバーに招待して家族にも同席してもらいませんか?」
「呼んでどうするの?」
「家族の安全を確保した状況で、魔王教徒がギリングの管理所に関与していた事を町中に暴露します」




