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Black or White-14 白百合の花束を君に



 * * * * * * * * *




「気が付いた?」

「あ、えっと……はい、その」

「終わったよ、グレイプニールに感謝しなくちゃ」

「ボク、あち腐る斬るしまた、よごでぎしまた」


 目を覚ますと、痛み止めの薬草を噛み、激痛をやり過ごそうと耐えているシュベインさんの顔が見えた。泥は綺麗に拭い取ってもらったようだ。

 グレイプニールに驚かないという事は、2人が説明してくれたんだろう。


 レイラさんの足元にはマジックポーションの瓶が3つ。オルターはシュベインさんの足に包帯をきつく巻いているところだった。


「イースの筋力、グレイプニールの切れ味と斬るべき場所を見抜く才能。おかげでシュベインの足は残せるだけ残った」


 岩と土の地面には、グレイプニールが切り落とした肉片が転がっていた。長さにして15セルテはあるだろうか。そこまで壊死が進んでいたという事。

 シュベインさんの足は、あと膝下15セルテちょっとが残っている。


「イース、さん。有難う……痛っ! ……有難う、ございました」


 シュベインさんは痛みに耐えながら、オレに礼を言ってくれる。でも、ある意味これからが本当に厳しい。


「お礼を言ってくれるのは嬉しいんですけど、無事に帰れるか、そこが問題です」

「連れ帰れる強さがあるかと言われると、かなりギリギリね」

「かと言って誰かが助けを呼びに行こうにも、1人では町まで戻れない。残った2人だけで守り抜く事も厳しい」


 共鳴をすれば、ミノタウロスを倒す事自体は容易だと思う。ただしグレイプニールがオレの気力や体力を惜しみなく使うため、共鳴が解けた後のオレはその場で動けなくなるほどの疲労感に襲われる。


 それを毎回レイラさんが癒してくれるとすれば、レイラさんの魔力は枯渇してしまう。


「出来るだけ戦わずに進みたい。オルター、消音装置を付けた場合、精度はどれくらい落ちるか?」

「そうだな、射程は半分と思ってもらえると」


 リボルバーでもライフルでも、破裂音を完全に消す事は出来ない。くしゃみよりは小さいけど、咳払いよりは大きな音が「バシュッ」と響く。

 それでも広範囲のモンスターに気付かれるよりまだいいか。


「オレがシュベインさんを背負う。モンスターを見つけたら対処はオルターに頼む」

「お、俺……なんか、初めて役に立てる気がしてきた」

「それ自虐のつもり? それとも無自覚? あたし達結構助けられてきたんだけど?」

「あ、あ~悪い、またいつものクセで。分かった、俺に任せてくれ」


 オレはシュベインさんの装備を脱がせて洞窟内に残し、オレの服を着せた。これから背負って帰るのだから、装備の重さ分だけでも軽くなって欲しい。


「ボク、もしゅた、斬れまい?」

「見張りの時か、オレ達のすぐ近くまで寄ってきた時だけ」

「おぉう、仕方まい」


 グレイプニールがモンスターの位置を告げ、オルターがそれをライフルで狙撃。走り寄ってきた場合はショットガンで応戦。

 手榴弾まで使い、とにかく持てる全てを出し切ってオレ達を守ってくれた。


 3人とも満身創痍。シュベインさんも3日目には痛み止めが底を尽き、歯を食いしばてうめき声を漏らしていた。


 そうして洞窟を出て4日目の朝、オレ達はなんとか懐かしのギリングに帰り着く事が出来た。

 西門で負傷者の存在を告げると、シュベインさんは駆け付けた救急隊によってすぐに病院へと運ばれていった。





 * * * * * * * * *





「ああ、帰ってきた! レイラ、あんた達を捜索しに行かないとって話が出て……」

「長い事任せてごめん。でも今日まで任せていい? もう、疲れて限界」

「戻りました。これ、お土産のミノタウロスの角」

「やーん嬉しい! 魔術書の効果を増幅させられるわ!」


 事務所に戻ると、ベネスさんが迎え入れてくれた。コーヒーとお茶菓子の匂いが鼻をくすぐるけど、今は食欲よりも睡眠欲。


 ベネスさんはミノタウロスの角に歓喜しながらも、机の上にそっと置いて手を合わせた。このミノタウロスに殺された者達がいるからだ。


「みなさんの無念、そのままにはしません。使わせていただきます」


 ベネスさんはそう小さく呟いた後、オレ達に会わせたい人がいると言って応接間の扉を開けた。


「昨日の朝と夕方にも来てたんだけど。どうしてもレイラ達に会いたいって」

「えっと、誰……」


 誰でもいい、とりあえず早く帰って寝たい。オレもオルターもそんな気持ちを丸出しにしたまま、ぼーっと扉の動きを目で追っていた。


 木製の黒い扉が床を少し擦って、蝶番が軋む。姿を現したのは警官。


「え、あたし達悪い事してな……あっ、あんた!」

「何でお前が」


 警官の後に続いて現れたのは、忘れもしない男だった。バーの初日を台無しにし、レイラさんを侮辱し、オレの耳を欠けさせた最低野郎。

 さすがに眠いと愚痴をこぼす事も出来ず、オレ達はキッと男を睨む。


 オレを殺すつもりで斬り掛かって来た奴の顔なんか、見たくもない。


「何? 謝ったら許すなんて絶対にないと伝えたつもりだけど」

「イースの耳、もう元に戻らないんだぞ。お前があんな気の狂った真似しなけりゃ……」

「おまえ、もしゅた。ボクのぬし斬るしまた。許さまい、襲うはもしゅた」


 明らかに不機嫌なオレ達の態度は、男も想定していただろう。

 男は神妙な面持ちで俯き、力なく1歩踏み出した。手錠は2つ、手には縄も巻き付けられている。殴り掛かりはしないだろうと思ったら、男は予想外の行動に出た。


 いや、勢い良く頭を下げるところまでは想定していた。だけど、それに続く言葉にオレ達は目を見開いて驚いた。


「有難う御座いました!」

「……はっ?」

「捕まって幸せだと強がりに来たのか?」

「違う! ……違います」


 男が顔を上げた。その目は真っ赤で、明らかに泣き腫らしている。故郷の親にでも怒られたのか。そう思っていたら、男は感謝の理由を話し始めた。


「あ、あなた達の行動が俺の仲間……いや、元仲間を見つけてくれた。この事務所から派遣されたパーティーが、俺の……」

「ちょっと待った、どういう事だ? 仲間?」

「お、俺を追い出した元パーティーメンバーだ。あいつら、東の岩場の陰で……死んでた」

「何だって?」


 男は泣き顔を隠しもせず、途切れ途切れに真相を語ってくれた。


 剣術士という攻撃の主力を失った残りのメンバーは、追加募集を掛けた後でクエストを受けていた。

 そのクエストは、東の岩場で行商のキャラバンを襲うミノタウロスの討伐。


 それから9カ月が経ったが、未だ戻らないのだという。リストに載っていたオレンジ等級のバスターはこいつの仲間だった。


「どんな最期だったのかは分からない。俺は留置所の中で訃報を聞いた。そして人を大勢集めてくれたのはここだと聞いた。だから、一言……お礼を言いたかった」


 追い出されたと言っていたけど、この男は仲間を嫌いにならなかったのか。


「俺が荒れた後も、あいつらは……俺の代わりに頭を下げてくれていたと聞いた。パーティーだった頃、血の気が多くて1人突っ走ってしまう俺を心配していたとも」

「それで、あんたが命を落とさないように、旅を強引に諦めさせたって事か」

「ああ、俺が憎むのを覚悟で。その結果、あいつらは……命を落とした」


 こいつが荒れたのは、仲間に追放されたせい。でも、その仲間の真意は男のためを思うものだった。


 こいつはオレや迷惑を掛けられた全員から見て極悪人だ。牢屋から出てくるのは何年後か分からない。

 でも、こんな話を聞かされるとやり切れない。


「償いはするが、俺の事は許さなくていい。ただ、感謝を伝えたかった。俺の記憶の中のあいつらは、昨日からよく笑うようになった」


 そう言うと、男は再度頭を下げ、白百合の花束を持った警官と共に事務所を後にした。


「シュベインさんも、きっと生き残った事に苦しむと思う」

「そうね。そしてさっきのあいつは、これからその苦しみが始まるんだわ」

「あの男には苦しめと思ってたけどさ、こんな苦しみ方は望んでなかった」


 オレ達以外のパーティーは既に捜索を終了、オレ達の帰還でリスト全員の発見となった。


 生存が確認できたのは1名、シュベインさんのみ。達成感を味わう事なんて到底できない。


 ベネスさんから今回の合同クエストの成果を聞いた後、オレ達は暫く何も言えずに俯いていた。

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