Black or White-13 オルターの友達を助けたい
明るく照らされた事など1度もないであろう空間が、ライトボールによって浮かび上がった。洞窟の壁は黄色く輝き、まるで別世界にいるかのよう。
こちらを向いたままの男は、今にも意識が飛びそうな目をして微動だにしない。
眩しいだろうに、目を細めようともしない。
「大丈夫か! 聞こえてるよな!? 小石投げて合図くれたんだろ、力振り絞って居場所知らせてくれたんだろ? しっかりしろ!」
オレは空間の中を這い、大声で呼びかけながらも男の肩を優しく揺さぶった。
男はホッとしたのか、土や砂がこびりついた顔に一筋の涙をこぼす。顔つきから察するに、まだ若い。
1つ確かなのは、まだ生きてるって事だ。
この人は1人きりでこんなおぞましいモンスターの巣に潜み、助けを待っていたんだ。
水が染み出ていたから、なんとか生き延びる事が出来たんだろう。でも、小石が飛んで来なかったら、オレは中を覗こうとは思わなかった。
その後、次に誰かが来るのはいつだったのか。
「ここから出します、俺が引っ張りだすから大丈夫」
「ねえ、どうなってるの? 誰かいるって、誰? どういう状況?」
レイラさんが隙間の向こうで心配そうに呼びかけてくる。でも状況を伝えている暇も、男に何故こんな所にいたのかを聞く余裕もない。
オレ達は夜中にミノタウロスを見たばかり。そのミノタウロスはここで死んだ人達の装備を身に着けていたが、そのミノタウロス以外の個体がここを利用していないとは言い切れない。
この人を連れてミノタウロスと戦える程、オレ達は強くない。そして、その戦闘の間、この人の命に残りがあるかも分からない。
どこの誰かは分からない。極悪人かもしれない。でも、生きて連れ帰りたい。極悪人なら生きて罪を償わせればいいし、そうでないなら帰りを待つ人に会わせてあげたい。
「イース! そいつ動けそうか! 引っぱり出せるか!」
「生きてるけど、この人意識が朦朧と……」
オレはその先の言葉を紡ぐ事が出来なかった。
男の左足が、脛辺りから千切れていたからだ。
見間違いではない。しかもその傷口は、既に組織の壊死が始まっているように見える。黒く変色し、不衛生な環境も相まってただれている。凍えるような寒さなのに、小さな虫も集まっていた。
「痛くても我慢しろ! いいか!」
オレはそう告げて男の腕を俺に回させ、残った片足で立たせようとした。その瞬間、男は悲鳴を上げた。
「あぁぁぁァァーーーッ! あぁ、アァァ……ッ!」
「我慢してくれ! とにかく外まで我慢だ! 悲鳴をどれだけ上げてもいい、死ぬな!」
オレはしゃがんだ状態で隙間のゴツゴツした足場を注意深く進む。男の体を足と胸の間で横抱きにし、なるべく壁に当たらないように守る。
「アァァァ痛アァァーーーッ!」
「もうすぐだ! 負けるな、生きて帰るぞ!」
「痛いィィ! イタァァァーー」
泣き喚く男をなんとか引きずり出し、オレはすぐに鞄からブランケットを取り出した。男の装備は泥がこびりついて固まり、元の色さえ分からない。
ブランケットを敷いて男を寝かせると、オレはすぐに痛み止めの薬草を飲ませ、千切れた足の周りのズボンをグレイプニールで切り裂いていく。
後ろでレイラさんが息を飲むのが分かった。酷い状態を見たんだ、吐き出してもおかしくない。
それでもレイラさんは踏みとどまり、無言でヒールとケアを唱えた。まずは体力を回復させ、生きられる確率を上げないと。
ケアを唱え続けたなら、酷い状態の患部も進行は止まるはずだ。
「オルター! 患部を洗う! 麻痺薬って使えるよな!」
「あ、ああ……分量はオレが。悪い、水筒1つダメにするぞ」
「ケアが効いてきたわ! コバエ何とかできる!?」
オルターが手投げ用の痺れ薬の小瓶の蓋を開け、その小さな蓋に少量の薬液を垂らす。それを蓋ごと水筒に入れ、思い切り振って混ぜ始めた。
「最初は痛いがすぐに効く。虫もくたばるはずだ。いいか、助けてやる。絶対に俺達が連れて帰ってやる。ここに来たのが俺達で良かったって、泣いて感謝する準備しとけよ」
オルターがそう言って患部に水をかけ始めた時、男の右腕がゆっくり動き、オルターの左手を弱々しく掴んだ。
オルターが一瞬ビクリと肩を震わせ、驚いた眼で男を見つめる。
その直後、男が初めて悲鳴以外の声を発した。
「お……る、た」
「あ、……あ、えっ、あ……」
オルターの動きが止まった。男の足にかけられている薬だけが流れ続ける。痛むはずなのに、男は痛みをぐっと堪えているようだ。
「あ、う、うそだ、あ……お、お前、シュベインか」
「えっ!?」
「え、この人が!?」
今度はオレ達が驚く番だった。この人がオルターの友達?
「お……る」
「喋っ……んじゃ、ねえ、黙ってろ!」
「助け……来て、く……た」
薬が全て患部へと注がれた後、オルターは水筒を放り投げてシュベインさんに抱きついた。そのままさっきのシュベインさんにも負けない程大きな声で咽び泣く。
「お前……こんな、なり、やがって! せっ……せっかく、いいパーティーに入って、それで、これかよ!」
泥が固まっていたシュベインさんの全身は、オルターの体温と涙でドロドロになっていく。感動の再会と呼ぶべきか、悲劇の再会と呼ぶべきか。
邪魔をしたくない気持ちはあったが、今は一刻を争う。
いつモンスターが入ってくるか分からない状況だけでなく、もっと差し迫った危機が目の前にあるんだ。
「オルター。シュベインさんを連れ帰るために、やらなきゃいけない事がある。こっちに」
オレはオルターへ手招きし、レイラさんと共に今の状況を伝える。
「……オルターの友達だ、助けてやりたい。だから酷い決断だとは言わないでくれ」
「置いてはいかないぞ! それなら俺が助けを待つ!」
「違う。声を絞ってくれ」
「……あの足、何とかしないと明後日まで命がもたないわ。血止めは出来たけど、患部が腐ってる」
ケアやヒールで治療をしても、腐った肉は元に戻らない。早く腐った部分を取り除かないと、毒素が全身に回ってしまう。レイラさんも町に着くまでケアを掛け続けることは出来ない。
「腐った部分を切り落とす。綺麗に患部を洗って消毒して、ケアで血を止めて包帯を巻く」
「だ、だめだ! なんとかして切らずに」
「オルター、分かってるだろ。そこで無念に散っていった奴らと一緒にはさせない」
壊死の毒はいずれ全身に回る。毒素が体に蓄積すれば臓器にも損傷が出る。そこまで進めば治癒術ではどうにもならない。
「オルター。誰がその処置をするか、分かるよね。この中で切断出来るをもの持ってるのは誰? それを扱えるのは誰?」
「……分かった」
オルターが泣きそうな顔でシュベインさんへと振り向く。シュベインさんはゆっくり瞬きをして頷いた。
「イース、……シュベインが生きて帰れるならお願いしたい。でも、本当に大丈夫なんだな? 変な所を斬らないよな?」
「あ、ああ。手加減したら苦しませるだけだ、全力で……」
そうは言ったものの、本当に出来るだろうか。最小限の傷で済ませ、余計な部分まで切り落とす事なく処置できるだろうか。
オレだって動揺してる。手元が狂う可能性はある。もし膝下じゃなく膝上まで、いや反対の足まで切ってしまったら。
そんなオレに救いの手……ならぬ柄を差し伸べたのは、グレイプニールだった。
「ぬし。ボク、よごでぎます。ぬし、だいじょぶます。共鳴しまさい」
「共鳴……そうか、加減も切る場所もグレイプニールなら的確に適切に判断できるし、正確に振り下ろせる」
共鳴できるだけの気力は使っている。オルターもレイラさんも頷いてくれた。
「頼んだぞ。信じてるからな」
「ぴゅい」
「オルター、シュベインさんを押さえていてくれ。レイラさん、目を閉じて、瞬間を絶対に見ないで。合図ですぐにケアを」
「ボク、持つます。ボクぬしのじちんます」
オレは仰向けになったシュベインさんの左横に立ち、グレイプニールと共鳴に入る。その瞬間、オレの記憶が途切れた。




