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Black or White-10 弔いの焔



 モンスターとの戦闘を幾度かこなし、辺りはすっかり暗くなった。近づいたはずのニータ高原を囲む山脈も、今は黒い夜空と区別が付かない。


 数十セルテも成長できないステップの草花は、夏から既に枯れている。燃やせるものがなく、見方によっては砂漠のようにも見える平原に、今のところ光源は何1つない。


「絶対無駄って言ってごめん、本当に必要だったのね」

「1つや2つあった所でどうにもならないって思ってた。悪い、イース」

「ううん、オレも母さんに教わった事だから」

「ボク、ボクがしるます!」


 バックパックの底に入れ、重たいのを我慢して背負ってきたのは薪だ。広葉樹の幹を50セルテの長さで切断し、縦に4分割して乾燥させたもの。

ま、買ったんだけどね。

 それを1束持ってきたんだけど、気温1桁の夜に火があるのとないのでは大きく違う。温かい食べ物を胃に入れる事で、体温も上がる。


 草のない場所を選んで座り、小石を集めて並べた後に薪を2本置く。グレイプニールにファイアの魔力を込めたなら、その刃が僅かな炎を纏う。


 一瞬で消し炭にしてしまわないよう、その僅かな火で慎重に薪を燃やすんだ。


「火があるだけですっごく心強いよね。こんななーんにもない所で3人きり、周囲は真っ暗。何か特別な事をしてるみたい」

「他のバスターは何度も経験してる事です。オレ達もようやく小慣れたバスターの仲間入り」

「ぬし! 何斬りますか? いも斬りますか? にく斬りますか?」

「どっちも切って焼くよ。オルター、オレの鞄からフライパン出して」


 薪の上にそのままフライパンを置き、肉の塊をグレイプニールで切り分ける。ジャガイモが焼ける頃には肉を食い終わってるかな。


「塩こしょうだけで味付けしても、こんなに美味しいんだもん。バスターは粗食とかって言われるけど、すっごく贅沢をしてる気分!」

「とはいえ、1週間くらいの旅だとモンスターの肉も食べますからね。洗ってヒールで()()()して焼けばいいし」

「贅沢っちゃあ贅沢だよな、新鮮って意味では」


 寒くて凍えそうでも、温かい食事の時だけは笑顔が零れる。残りの2本は明日用だ。

 その薪がやがて炭と灰になった頃、まずはレイラさんとオレが寝る事になった。

 時刻はレイラさんの腕時計で21時。6時半頃の日の出まで交代で見張りをする。


 1時になったらオレが起きてオルターと交代。5時過ぎにレイラさんが起きて、オレは少しだけ仮眠。

 グレイプニールは日中寝てもらって、夜はみんなの心細い見張りの時間に寄り添う。


 レイラさんの体力を考えると、長時間の見張りはお願いできない。だから早朝だけお願いすることにした。見張りを3分割にしちゃうと、深夜の担当がきついんだよね。


 3時間弱寝て、3時間起きて、3時間弱寝る。それじゃ絶対疲れなんて取れない。


「ぬし、おぎてくまさい。1時ます」

「ん……さっむ。交代か」

「ああ、1度おっきな狼型のモンスターが2体現れただけ。発砲音で起きなかったか?」

「全然、ぐっすり」

「サイレンサー使ってもせいぜい音の種類が変わるくらいで、プシュッて音も案外響くからヒヤヒヤしたぜ。ほんと銃術士って厄介だなって自分で思ったよ」


 オルターは小さく笑いながらブランケットに包まり、地面に横たわった。枯草をむしり集めて敷いたら、それでも多少はゴツゴツ感がなくなる。

 数分でオルターの寝息が聞こえ始めた。


「うぅーっ、寒い。南に渡りたい」

「ぬし、おじゃべる、ますか?」

「2人が寝てるのを邪魔しないようにね」


 無音の空間を、時折風が通り過ぎていく。狼のような遠吠えが聞こえたが、こちらに近づく様子はない。

 火が消えていれば周囲は真っ暗。星明かりはせいぜい遠くの稜線と空を区別できる程度。

 そんな中じゃ、モンスターだってこっちを見つけられない。強いて言えば匂いくらいかな。寝息なんて、至近距離じゃないとさすがに分からない。


 そんな見張りの開始から2時間が経つ頃、一瞬だけ何かの息遣いが聞こえて来た。


「風上に、何かいる」

「もしゅた?」

「ああ、多分な」


 この周囲は歩けば小石や土を踏む音が立つ。そんな足音よりも先に息遣いが聞こえるという事は、足音に注意し、向こうが気配を消そうとしている、という事。


「……相手次第ではみんなを起こさないと」

「ぬし、ボクに魔法剣、使いまさい。ファイアソード、明るいます」

「向こうがこっちに気付いているなら、息を潜めても意味がない。声も聴かれただろうし、そうしよう」


 オレは眠る2人の風上に立ち、グレイプニールを構えて目を凝らす。ファイアソードを唱えた時、数十メルテ先に何かが見えた。


「……まずい、ミノタウロスだ」

「みもたむろちゅ! ぴゃーっ、斬ゆましょう!」


 相手はミノタウロス。突然現れた炎に驚きつつもしっかり顔をこちらに向け、その赤い目を光らせている。


 ミノタウロスは、オレンジ等級のパーティーで戦うレベルのモンスターだ。牛の頭に、オークやオーガのような人に似た体を持つ。


「夜中に1人きりって状況なら、イサラ村まで走った時と同じだ。やれる、やれる……頼むぞ、グレイプニール」


 あの時のオーガとは比べ物にならない強さだ、簡単には勝てないだろう。それでもオレは自分がどこまで通用するのかを確かめたくもあった。


「ファイアソードのまま斬る。傷口を焼いて自然治癒を不可能にする」

「来たます! ボク構えまさい!」


 ミノタウロスが四つん這いになり、オレに突進を始めた。オレの後ろにはぐっすり眠る2人がいる。ここで止めなければいけない。

 オレは自分もミノタウロスへと走り出し、ミノタウロスとぶつかる寸前で右に避けつつ足払いを決めた。


「よしっ!」

「よしまない! あち全部斬りまさい!」

「わ、分かった」


 ミノタウロスは転倒し、2人の数メルテ手前で止まった。ひとまず2人を守れたかな。


「ギュエェェッ!」


 ただ、足を焼かれ、更に折られた事でミノタウロスが雄叫びを上げてしまった。当然、2人も飛び起きる。


「はっ!」

「……モンスター!」


 2人は寝ぼけた頭ですぐに戦闘態勢に入り、それからようやく相手がミノタウロスであった事を把握した。


「うっそ、こんな所で!?」

「ショットガンを準備する、1分稼いでくれ!」

「やってみる!」


 レイラさんがオレに補助魔法を掛けてくれ、オレの足は羽のように軽くなった。筋力を上昇させる魔法だと思う。

 その効果は数十秒。ただ何度も発動すると、ミノタウロスがレイラさんに標的を切り替える可能性がある。


 ミノタウロスは突進だけでなく、蹴りなどの足技、殴打、角による突き上げ、噛みつき、あらゆる手段で襲ってくる。オレは避けるのがやっとで攻撃が出来ない。


 これは角をなんとかしないと、ミノタウロスが頭を振る動作をするだけでこちらへの攻撃になってしまう。


「避けて足を斬るのは無理だ! 突進と違って殴打は軌道が読めない、素早過ぎる! 角を折りたい!」

「地面なぐる、あたま、ちた向く! ぶるくまっしゅ!」

「……やってみる!」


 こちらに頭頂部を見せている隙に斬り落とせ、か。簡単に言ってくれるけど、そんな……


 え、うそ、だろ?


 ミノタウロスが手に何かを持っている。いや、それだけじゃない。


 人型のモンスターは人の落とし物を使い、人の真似をして身に着ける習性がある。

 腰に布を巻いていたり、強引にズボンに足を通していたり。だから何かを持っていても、身に着けていても不思議ではない。


 でも目の前にいるミノタウロスは、明らかにバスターの防具を身に着けている。サイズの合わない膝当て、割れて意味を成さない小手。

 それはつまり。


「……こいつ、バスターを」

「い、イース……そいつが持ってるの、ず、ずが……」

「頭蓋骨……こいつ、誰かを殺したな」


 恐怖と同時にこみ上げる怒り。オレは全魔力を込めるつもりでファイアソードを構える。


「……絶対、倒す。あの頭蓋骨を、あの人を解放させる!」

「イース! 準備が出来た!」

「オレが角を落として目を焼く! 足を狙ってくれ!」

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