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Black or White-09 白にも黒にもなれずに



「レイラさん、大丈夫ですか」

「大丈夫、あたしは自分に回復魔法を掛けながらでも歩く」

「それ、大丈夫なうちに入るんですか」

「先に言っとく、みんなが戦ってる時に使う魔力なくなってたらごめん」

「いや、休憩しましょうよ」


 バスターは1日中歩き回り、何度も戦闘をこなす。女であっても並の男より体力があるものだ。

 でも職業校時代には他人に劣らない体力があったレイラさんも、この4年間はずっと事務仕事だけをしてきた。当然、体力はどんどん落ちていく。

 レイラさんが自身の体力の低さに気付いたのは、パーティーに入って1カ月経ってからだった。


「ハァ、今まで同じ年の若い女の子がさ? クエスト帰りに元気いっぱいで戻ってきてさ? 飲みに出ようってキャッキャ騒いでるトコ見ててさ?」

「今、サラッと自分を若い女の子扱い」

「何?」

「あ、何でもないっす」


 オルターが慌ててニヤケ顔を隠そうと口を結ぶ。


「色々張り合えるつもりでいたのに、このザマよ。あれだけ必死にやった運動講義も、早朝の自主トレーニングも、今のあたしには何も残ってないなんて」

「いや、毎日冒険旅をしていたら、それくらいの体力は維持できるって事ですよ」

「坂を歩いていて、本当に足が動かない気持ち分かる? 前に進みたいのに、足がもう動かないの」

「だから休憩しましょうって、オレも疲れたし」


 ギリングを出て3時間。疲れたと言って時折立ち止まるものの、レイラさんは頑なに休憩を拒む。彼女なりに負けん気を発揮しているつもりみたいだ。


 でも、実態は30分も歩き続けられないくたくたのバスター。


「りぇいら、れいら、お疲れた、お休みますか? お疲れる、もしゅた倒す、できまい。ボクもしゅた斬れまい、困るます」

「……分かった、ちょっと休憩。足を引っ張りたくないから頑張ってたのに、あたしが肝心な時に戦えなかったら迷惑どころじゃないよね」


 無理ってさ、しないと自分か誰かが死ぬって時以外はしなくていいと思うんだ。

 オレは鞄から水筒を取り出し、レイラさんとオルターに手渡した。


 レイラさんは自身の着替えと魔術書、ブランケットと少しの医療品を背負っている。オルターは着替えと重い銃が複数ある。それとレイラさんが持てないものを。

 オレは自身の荷物に加え、全員の3日分の水と食料。

 グレイプニールを荷物扱いすると落ち込むから、グレイプニールは荷物には含めない。


「そういえば、ギリングの南西って向かった事なかったよな」

「ニータ共和国にでも向かわなけりゃ、何の用事もない場所だよね」

「あっちに行けばズーよりも強いパズズだっているし、音波攻撃してくるハーピーや毒をまき散らすルフもいる。無理だって」

「おぁぁ! つ、つよいもしゅた!? ぬし、ニータ行きましょう! ああ、いっぱいつよいもしゅた倒せる、嬉しみます……。ボクしまわせ!」

「いや、本当に無理だから。5分で死ぬ」


 ズーは鳥型。ルフもパズズも鳥型だ。ハーピーは人間のような胴体を持っているものの、鳥の頭と翼を持ち、結局鳥型と変わらない。

 ニータ共和国があるニータ高原は飛べるモンスターが多いんだ。


 おまけにグレー、ホワイト等級程度のモンスターがほとんど現れない。稀に姿を見せるヌエは、獅子や虎や蛇などが合体したようなモンスターで、パープル等級相当。うん、無理だ。


「殆ど鳥型だから、戦うとなればオルターに頼る事になる。魔法剣が届く範囲まで降りて来た所を斬るしかない。ヌエは父さんとビアンカさんとゼスタさんの3人でやっと倒せるくらいだ」

「ひゅぅん……」

「それ以前にこの時期に行く場所じゃないわね。戦う前に凍死するわ」

「仮にここから高原に向かうにしても、山を見てみろよ」


 オルターが遠くに見える山々を指差す。標高数千メルテの山々はすっかり白く染まっていて、寒いのが苦手なオレをブルっと震えさせる。

 あの山々の谷間を縫って上がっていく街道は、夏であっても使う人が少ない。街道と言っても整備されている訳じゃなくて、人が歩くならそこしかないってだけらしい。


 オレ達は銃以外に遠距離攻撃手段がなく、魔法使いを守れる盾役も不在。不慣れな上、極寒の高原で戦う場所じゃない。


「もしゅた、もねがい! ぬしぃ、ボクつよいもしゅた斬る、伝説なるます……」

「グレイプニール。あなた持ち主を危険に晒したい? 無茶をすると人は死ぬの。あたし達が今から何をしに行くか、分かってるよね」

「ぬしと一緒なくなる、あびちぃます……ひゅぅん、待つします」


 何故オレ達が珍しく数日かかるクエストに向かっているのか。

 それはクエストを受注したまま行方不明となったバスターの捜索のためだ。


 行方不明になっている、その言葉の意味が分からない程世間知らずじゃない。

 要するに、クエスト中に力尽きたって事。


 当初はギリングとリベラの役所と管理所で大捜索を行うはずだった。でも報酬は中の下程度で、積極的に受注したいものでもない。

 結果、事件屋シンクロニシティを含む2つの町の事件屋数軒に丸投げされたんだ。


 そこでオレ達が頼ったのは引退したバスター達。


 繁忙期を終えたホテルで働いていたり、農家に転向したけど寒くなり雪が降れば何もできない等々、暇を持て余した引退バスター達が請け負ってくれた。


 後輩バスターの無念を晴らすため、無謀な挑戦への警鐘を鳴らすため。そう言って金銭的な報酬よりも志で動いてくれる人も多い。


「お願いした以上、オレ達が動かないわけにもいかないよな」

「ええ。実は生きていましたってのが一番理想だけど」

「食い荒らされていたり鳥モンスターに連れ去られていたら、骨はおろかバスター証や身分を示すものも残らない」

「捜索して欲しいと願う遺族も、一方では見つからなければ生きているかもって希望を持っているから、そこも複雑だな」

「だから亡骸を探して欲しいじゃなく、捜索して欲しいって表現なんだと思う」


 割に合わない依頼は現役が受けたがらない。更にこの時期のギリングやリベラがある中央~東ジルダ地方はバスターが減る。

 そんな中、オレ達の事務所の動員力は突出していた。引退者にまで声を掛ける事ができたのは大きい。結果、行方不明リストにある34人のうち、21人の捜索に当たる事となった。


 バスターの受注後、最も短いのは2週間前から、期間が最も長いパーティーは1年半。手がかりは一切なし、パーティーの生き残りもいない。


 そうして中央ジルダ周辺だけで1年におよそ30人が死んでいる。亡骸が見つかった者や、クエストを受注していないバスターも合わせたらもっと多いだろう。


「バスターとして、きっとみんな心躍る冒険を想像していたんだよね」

「なのに語り継がれる事も、それを諦める事も出来ないまま……」

「だからせめてバスター証だけでも回収して、遺族に届けようって事。あたし達だって油断はできない」


 大捜索の参加者の中には、元パープルバスターも9人いる。そこまで上り詰めていればその辺の現役バスターよりも頼りになる。もちろん、オレ達よりもね。


「グレイプニール、今日のオレ達の目的はモンスター退治のためじゃなく、行方不明となった人達を探す事。それを忘れないでくれよ」

「ぴゅい。ボク、ぬし行くめふえい嫌ます。ボクぬし行くめふえいしまい。だからもしゅた絶対倒すます」

「……うん、そういう意味では倒さなきゃね。宜しく頼むよ」


 行方不明者の大半はグレー等級やホワイト等級。

 でも、その中に1組だけオレンジ等級のパーティーがいた。等級の線引きで言えばオレ達よりも強い人達だ。オレ達が全滅しない保証はどこにもない。


「……さあ、急ぎましょ。力尽きた人達が雪に埋もれる前に。彼らも冬は暖かい家の中で穏やかに過ごすべきよ」

「だから休憩を嫌がっていたんですね。そういうの、先に言って欲しいです」

「地図で見るとあと……捜索地点まで40キルテくらいか。俺達は生き抜いて、全員見つけて、そんでみんなで一緒に帰ろうぜ」

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