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Black or White-06 後悔



 グレイプニールの声が聞こえた。正直、そこからの事は殆ど覚えていない。


「ボクぬしお守るます。共鳴しまさい」

「……駄目だ」

「許さまい、ぬしいちじめる(いじめる)奴、許さまいなす」

「人を、攻撃しちゃ、斬っちゃ駄目、こいつと同じ悪者だ」

「なおうきょうと、たもした、一緒ます」

「お喋りの余裕があんのかいボクちゃん。覚悟しろ!」

「ぬし!」


 どこかでカチャリと音が鳴った。警官が銃を構えたんだろう。なぜかそんな事を考える余裕があったオレは、無意識に共鳴を許していた。


 それからどれくらい時間が掛かったのかは分からない。

 気が付いたオレは事務所の中にいて、カウンターの椅子に座っていた。


 酒の瓶が並ぶ棚、濃い飴色の木製カウンター、そして静まり返った店内。

 カウンター表面のひび割れと凹みは、確かに事件が起こった証拠だ。

 時間はそんなに経っていないように思えたが、すっかり空気が変わっていた。


 共鳴を行っている間、オレは意識を保てない。ただオレが無事でいるという事は、きちんと決着して男を殺さずに終わったという事。


「ぬし?」

「イースくん! 気が付いた? 終わったよ」

「あ、はい……えっと、どうなりましたか」


 腹の痛みがない。なんだか、数秒目を閉じていただけのような感覚だ。


「結論を言うと、男は連行された。大丈夫、グレイプニールはよく耐えたよ」

「ボク……いい子、よごでぎしまてんでした」

「気にしないの。あなたが怒るのは当然。まあ、ちょっとやり過ぎだったけどね」


 グレイプニールはオレと共鳴した直後、躊躇いなくグレイプニール本体で男の足をぶん殴った。

 なんの加減もなく殴られたせいで、さすがの大男もバランスを崩した。

 その隙に起き上がって剣の腹を使い、背中を強打。前のめった男の頭を容赦なく張り倒した。


 その後は何回か反撃されたものの、グレイプニールが男を壁際に追い込み、その場に跪かせた。


『ぬしが言うしまたから殺せまい。ぬし言う、ボクいい子、約束お守る』


 グレイプニールがそう告げ、レイラさんがオレの体を治癒術で治してくれた。ただ、男は気絶には至らなかったらしい。最後の力を振り絞った男はオレの足を掴み、思い切り引っ張った。


 その時、グレイプニールはオレの体に危機が迫ったと感じ、咄嗟に本体を振り上げた。しかしその際、グレイプニールは男の小手に対し、無意識に刃を直角に振り下ろそうとしていた。


『駄目!』


 周囲の悲鳴と共にレイラさんの叫びが混ざる。グレイプニールはハッとしたが、もう腕を止める事は出来なかった。

 男の腕は間違いなく切断。周囲は男の自業自得だ仕方ないという空気だったという。


 その瞬間、重い破裂音が響いた。それと同時にグレイプニール本体が何かに弾かれ数メルテ吹っ飛んで道に落ちた。


 グレイプニールとオレの共鳴は、グレイプニールに触れていなければ保てない。

 共鳴が解けたオレはその場に倒れ、そのまま意識を失ったそうだ。


 爆破か何かと思われたその音は、オルターが放った銃弾だった。

 オルターは一瞬の出来事の間に的確な判断をし、更には思い切り振り下ろされた剣を銃弾で弾き飛ばしたんだ。

グレイプニールは銃弾が当たっても無傷なのか、それも凄い。


『ふう、間に合った』

『お、オルター? び、びっくりしちゃった……』

『すみません、グレイプニールを止めるのに考える余裕がなくて』

『あ、弾くのが目的だったってこと? そっか、手を放せば共鳴も解けちゃうんだよね』

『イースとグレイプニールの約束ですからね。止めないと目が覚めたイースも、斬ってしまったグレイプニールも後悔しますから。連携にも影響が出たと思います』


 オルターはオレとグレイプニールの約束を破らせないため、グレイプニール本体を強制的に手放させたんだ。


「そっか、それで止めることが出来たんだ。オルター、有難う。……オルター?」


 オルターの姿がない。


「レイラさん、オルターは」

「……うん、警察署で事情聴取を受けてる」

「え? 銃を使ったから?」

「……ううん。男が気を失ったイースくんの首を締めようとしたから、オルターくんが男の肩を撃ったんだよ」

「オルターが?」


 オレを助けるため、オルターは人を……撃ったんだ。

 武器の使用許可は出たし、お咎めとはならない。それでもじゃあ撃ちますとはならない。殴打と発砲では印象も違う。


「あの場であの男より力が強い人はいなかった。止めるのはそれしかなかったの」

「オレのせいで、オルターは人を撃つことに……」

「事実だけを見ればそうね。でも周囲はよくやった、よく止めたと言ってくれた」

「それでも、人を撃たなきゃならないなんて」

「魔王教徒との戦いでもそれを覚悟したと言ってたよ。仲間のためなら躊躇いはないって。わざと急所を外すだけの腕はあるって言ってた」


 オレ1人では力が及ばなかったばかりに、オルターには嫌な役割をさせてしまった。

 人を撃った以上、処罰はなくても事情は説明しなければならない。

 そのため、オルターは任意という事で警察署に向かった。


「……ぬし、ごめまさい、ごめまさい」

「いや、グレイプニールのお陰でみんな無事だった。結果論でしかないけど、男の腕を斬る事はなかった」

「オルター、いまい、ボク約束お守れまかたます……共鳴、よごでぎまい、ごめまさい……」


 共鳴でオレを助けてくれたというのに、グレイプニールに嫌な思いをさせてしまった。オレが油断しなかったらあのまま拘束できたかもしれないのに。

 オルターも撃たずに済んだかもしれないのに。


「謝らなきゃいけないのはあたし。本当にごめんなさい。あたしが腹を立てて男を煽り過ぎた。さっさと出禁にして追い返せばよかったんだわ」


 ああ、そうか。レイラさんにも要らない後悔をさせてしまったんだ。

 なんだか、誰も得をしない結果になってしまった。悪いのは男だとしても、全員が後味の悪い結果だ。


「オレが、ちょっと下世話な欲を出したのも悪かったです。ここで男をしっかり捕まえられたら、他の飲食店からも一目置かれると思ってしまったんです」

「それはあたしも考えてたから関係ない。初日からとんでもない事件になっちゃった」

「……オレ、警察署に行ってきます。オルターを迎えに行ってやらないと」

「ああ、多分もうお母さん達が行ってると思う。それより、イースくんの事、なんだけど」


 レイラさんはオレの顔を見て、すぐに目を逸らした。

 もしかして、顔をばっくりと斬られてしまったのか? 自分の顔を触って確認してみたけど、どうやら無傷なようだ。目が見えないわけでもなく、鼻も利く。


「オレが、どうかしましたか」

「……洗面所で、確かめて。その、本当に……ごめん。あなたのご両親にも何とお詫びしていいか」


 レイラさんの顔色が悪い。どうしたんだろう、もしかしてすごい痣が出来ているとか?

 顔が腫れている感覚はなく、痛みもない。手足も無事、服は汚れているけど破れてはいない。

 オレはレイラさんの反応を不思議に思いながらも洗面所へ向かった。鏡を見ろ、という事だと理解したからだ。


 オレは猫背になって鏡を覗き込んだ。顔には特に傷や痣はない。

 何があったのかと首を傾げた時、耳がピクリと動き、オレは固まってしまった。


「あっ……」


 左耳の内側に切り込みが入っている。男の大剣の先が知らないうちに掠っていたらしい。


「オレの、耳……」


 猫人族の耳は触覚こそあれど、痛みを感じない。猫と一緒だ。それでもさすがに見える部分の傷には気が萎える。

 もう、この耳は一生元に戻らない。皮膚のようには再生しないんだ。


 尻尾と耳は、猫人族の証であって、種族の誇りでもある。「立派な耳」「しなやかな尻尾」それらは「君可愛いね」「君イケメンだね」より上の誉め言葉だ。

 オレも猫人族で平均的な形状と大きさだとはいえ、人族とは違う耳と尻尾には誇りを持っていた。


「オレの耳……うっそだろ」

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