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Black or White-04 利用できるものは全部使う。



 オルターは出そうとしたおしぼりを洗濯カゴへ。

 レイラさんは怒鳴って追い返すつもりはないけど、お客としても扱わない。そういう方針に切り替えているようだ。


「おい酒は出て来ねえのか」

「ええ、注文されておりませんので」

「あ?」

「注文されていないのに何をお出しすれば? 勝手に出てきたから金は払わない! などと言われても困ります」


 オレもオルターも余裕そうに振舞い、ハーヴェイさんや他のお客様と談笑をする。ギリングのバスターならレイラさんの事は知っているだろう。

 嫌がらせしてゼスタさんの耳に入ればどうなるか。男がこの行動を取る事には、何か嫌がらせ以外の魂胆がある気がする。


 というか、オレ達よりもお客さん達の方が怒ってる気が。


「おいイキリ野郎。レイラちゃんもイースも親の手を借りてはいないが、それに甘えてやりたい放題ったあ、俺達が黙っていられねえぜ」

「私も元とはいえ管理所長。このようなバスターがいた事はしっかり報告させていただきますよ」

「フンッ、そうやってコネに頼って味方につけて、ついでに昇格か。いい身分だなあ、ん?」


 ああ、そうか、これか。お前らの実力じゃない、そうやって嘲笑しに来たんだ。

 もしくは、そんなオレ達に威張って服従させ、思い通りに動かそうとしているか。


 そういえば管理所の近くの酒場も、バスター客のマナーの話が出ていたっけ。それが原因かは分からないけど、あの店は夜の営業をやめてしまった。


 マナーの悪い客が1つの店しか使わないとは限らない。飲み歩くかもしれない。中心地から離れているとはいえ、こっちにハシゴする可能性はあった。

 早めにマナーが悪い客の対策を考えないと。


「あの、確かに親は有名ですし、頼ろうと思えば頼れます。コネも使えます。でも、あたしもイースもあなたごときには使わないのでご安心を」

「あ? てめえ何っつった」

「あなたなんて相手にするまでもないって、そういう意味です。ご理解いただけないのでしたら子供に言い聞かせるような感じで言いましょうか」


 あー、レイラさん煽ってる。これ、怒るの絶対分かってて言ってるよな。オルターはレイラさんの挑発を聞きながら、何かメモを書いている。


「そうやって後ろに有名人がいるからって、余裕そうにしてんのが気に食わねえんだよ!」

「余裕なのは親のせいじゃなく、あたし達にそれなりの実力があって、味方も多いからです」

「てめえ!」


 男は立ち上がって椅子を蹴り飛ばした。椅子が壁に当たり、弾みで頂いた花の鉢に当たる。この辺でオレも黙ってはいられなくなった。

 レイラさんは親の力を借りていない。ここまで自分で努力したんだ。


「ちょっと! いい加減にして! せっかくお客様がくれた……」


 男がレイラさんを睨む。お客さん達に楽しい場所を提供するはずが、どうしてこんな事に……。なんとかしないと。


「おい。あんた年下に威張って楽しいのか」

「なんだとガキ! なんだ? その剣で俺を斬るつもりか」


 男はグレイプニールを握るオレの拳の上から、自身の手の大きさを誇示するように掴んでくる。

 あーあ、ここまでするつもりなかったんだけどなあ。


「あんたを相手する時間があったら、楽しんでくれてるお客様に使いたい。帰れ」

「気に入らねえ客を追い出して、オナカマだけで楽しむ店だと言いふらしてやる」

「うわ、脅迫だ。もしかして脅して酒出させて、威張って踏み倒すつもりだったとか? じゃあグレイプニール、どうぞ」

「ぴゅい」


 グレイプニールが怒っているのは分かった。店への態度というより、オレへの態度にって感じだけど。グレイプニールは柄に触れた男の考えを読み取れる。何を隠しているか、目的は何か。


 それは何とも情けないものだった。


「おぉう。みんな、ぬし達ちあおや(チヤホヤ)うやまやち(羨ましい)。おで仲間いまい、きやわえた(嫌われた)。みんな、ぬし達おめでる、おでくあで(比べ)らでる、おまえ出来まい、酒飲むおかね貯ららまい」

「……ああ、オレ達は若いのにみんなに称えられて、仲間に嫌われ見限られたオレは比べられて馬鹿にされる。悔しい、ムカつく! 酒寄こせ! って事か」

「うわ、だっさ! しょうもねえなあ」


 男は自分の考えを当てられ、顔を赤くして睨んでくる。グレイプニールの能力には気付かないのか、まだオレの手を放さない。

 本当は痛いけど、痛そうな顔なんて絶対しないぞ。


「よまみ、握るます、言うこと聞くさでるます、そしたら強い、つもい言うわれます」

「オレ達を従えてるって事にしたかったのか」

「バーカ、見た目で脅して怖がるのは一般人だけだろが」


 お客様の1組は元パープルバスター。元管理所長さんもいる。現役を退いたとはいえ、ハッタリは全く通じない。オレ達も動じないとなれば、取る行動は1つだ。

 男はオレの手を放した。


「覚えてろよ!」


 そうだよな、帰るよな。だけど、これで良しとは考えていない。

 ……と思ったら、先に口を開いたのはオルターだった。


「2万と4000ゴールドになります」

「……あっ?」

「お会計は24000ゴールドになります」

「あ? 酒も出されてねえのに何言ってんだ? ここはチャージに24000ゴールドも要求すんのか!」


 オルターが当然のように会計額を伝える。レイラさんも金額の内訳を把握していないようだ。


「失礼しました、会計内容をお伝えしますねお客様」

「は?」

「お席代500ゴールド、小手で打ち付けたテーブル表面の補修費5000ゴールド、蹴り壊した椅子の弁償12000ゴールド、花瓶の弁償代6500ゴールドとなります」


 オルターから告げられた内容に、男の顔が青ざめていくのが分かった。そうか、さっきメモを書いていたのは被害額をしっかり計算していたんだな。

 男は踏み倒すつもりなのだろう。そもそも酒代すら払うつもりはなさそうだったし。男はオルターを押しのけて強引に玄関扉を開けようとする。


 でもオルターの背後で「後で通報しよう」と言ってくれるお客さんの声を遮り、レイラさんが通る声で一言だけ告げた。


「18-0971042-0143」


 その数字の意味は、バスターならすぐに分かるものだ。


「ジルダ共和国、ギリング支部71期4月登録男、剣術士ギルド43番」

「まあ、事件屋さんならそれくらい一発で覚えるだろうねえ」


 レイラさんとハーヴェイさんが当たり前のように会話する。バスターは武器を所持をしている際、このバスター証を隠してはいけない。

 文字は小さいけど、レイラさんはしっかりと覚えたようだ。


「管理所と警察で照会すれば身元は分かるわ。少額だからって泣き寝入りはしない」

「クソッ!」

「甘く見ないで、あたしあなたみたいな横暴でみっともないバスターは許せないの」


 男はオルターを払いのけ、大慌てで出ていこうとする。オレはそんな男の腕を掴んだ。振り払われないように力を入れ、深呼吸。

 ここでおとなしく謝っていれば、ここまではしなかったのに。


「わあーお客さん困りまーす! お店で暴れて椅子やテーブルを壊すなんて―!」

「なっ……お前、おい!」


 オレは近隣住民に聞こえるよう、これでもかと大声を上げる。わざと。

 男がしでかした事への報いは、きちんと受けてもらうんだ。


「そのまま店を出てくなんて、酷いですー! お代を払って下さいよー! 弁償もしてくれないなんてー! ああギリング71期生のオレンジ等級剣術士さーん! 謝って下さいよー!」

「黙れ、黙れ!」


 オレの大声で周辺の店や家の人達が出て来た。もう逃げ場はない。何だ何だとざわつきだす中、ヒソヒソ声が聞こえた。


「あのバスター、大通りの酒場で出禁になったって人じゃない?」

「あ、ほんと聞いた鎧の見た目と同じね」

「確か、管理所のすぐ横の酒場が夜の営業をやめたのも、あいつのせいじゃなかった?」

「今度は若い子が開店した店を狙ったの? どんだけ小物なの」


 ああ、そうなんだ。この人、ギリングの飲み屋では悪い意味で有名な人だったんだ。

 オレ達なら知らないと思ったんだな。

 つまり、オレ達への僻みと同時に、もう入れてくれる飲み屋がなかった、と。


「そうだな……あんたの悪行、今後の飲食店の横の繋がりを得るために利用させてもらおうか」

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