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Black or White‐02 それぞれの再会



 店の入り口にお祝いでいただいた花の植木鉢を置き、下さった方の名前が良く見えるように調整していた時、最初のお客さんが訪れた。


 18時の開店から僅か5分。


「ユノーくんが告知していたのはここかい」

「あ、はい! いらっしゃいませ!」

「おやっ、私が1番客かい」

「ええ。これで初日のお客さまゼロは防げました、有難うございます」

「はっはっはっ! どれどれ」


 訪れたのは60代半ば位のおじさんだった。中折れの黒いハット、お洒落のためと思われるステッキ。紺色の半袖カッターシャツは、白い縁取りの大き目なループタイが良く映える。


 ユノーくんという呼び方が気になるけど、仕事繋がりだろうか。お客様は革靴の踵を鳴らしながら、ゆっくりとカウンターに腰かけた。


「いらっしゃいませ、お手拭きです」

「いらっしゃ……あっ、ハーヴェイ所長!」

「久しいね、もう所長じゃないさ。ハーヴェイさんとでも呼んでおくれ」


 ハーヴェイさんとレイラさんは知り合いなのか、早速会話が盛り上がっている。

 オレはカウンターに入り、オルターはつまみになるものを準備だ。


「紹介します、事件屋メンバーのイースとオルターです」

「初めまして! オルター・フランクです。銃術士です」

「初めまして、イース・イグニスタです」

「はっはっは、知っとるよ。今期の新人の最速昇格バスターで、銃術士史上初の飛び級。そしてあの英雄さんの1人息子さん、活躍は毎日のように聞いとるよ」

「2人とも、ハーヴェイさんは一昨年まで管理所の所長だったのよ」


 なんと。最初のお客さんは大物だった。レイラさんの知り合いが集まるだろうなと思ってたけど、まさか元所長が来るとは。


「さて、バーに来たのだから飲まないとな。樽のビールはあるかい」

「もちろんです」

「じゃあそれを貰おうか。カクテルを飲むにはまだ時間も早い」

「ごゆっくり、24時まで開けてますから」


 金属製の高圧容器には、仕入れたばかりのビールが入っている。これを高圧用のホースでサーバーに繋げ、コップに注ぐ。

 普通は氷を大量に仕入れ、樽を「ドブヅケ」と呼ばれる木製の水槽に浸して冷やす。ここでは経費削減のため、俺が樽を氷魔法のアイスバーンでキンキンに冷やしてある。


「はい、ビールです」

「ありがとう。では、この店と皆さんの成功を願って、いただくよ」


 ハーヴェイさんが喉をならしてビールを……飲み干した。え、早過ぎないか?


「ふう、これまたえらく冷たいねえ! いやあ美味い美味い。もう1杯いいかね、それに3人とも私が奢るから1杯飲みなさい」

「え、あ、有難う御座います!」

「すみません、いただいちゃって」

「いいんだ。お祝いに来たのだからね」


 オレとレイラさんはビールを、オルターは薄めのレモンサワーをいただき、今度は乾杯をした。話を聞くと、レイラさんに事件屋を勧めたのはこのハーヴェイさんだったとか。


 当時、管理所内でハーヴェイさんの知らない指示が出されていたり、有能な職員が立て続けに管理所を辞めたりと、不審な動きがあったらしい。

 ハーヴェイさんは自身の引退前に信頼できる職員だけを集めて指示を出し、万が一の事態に備えてレイラさんを管理所から切り離したのだと教えてくれた。


「あたしはその時まだ事件屋を開く資格に1年足りなかったし、試験も受けなきゃいけなかった。今の所長は他所から来た人なんだけど、なんだか……誰かの指示通りに動いてる雰囲気」

「そう言えば、ある時1階の受付職員が一斉に入れ替わったって聞いた事がある」

「あたしも受付だった。でも庶務へ移動になった。友人は経理からクエスト窓口へ」

「勘の良い職員、私と信頼関係を気付いていた職員を重要な業務から外したんだね」


 まさかバーを始めて最初のお客さんから、さっそくこんな情報を貰えるとは思っていなかった。

 レイラさん狙いのバスターや、暇なおっちゃんのたまり場になると思ってたんだ。


「追っているものがあるなら気を付けなさい。そして、信頼できる仲間を増やしなさい。近頃の管理所はどうも怪しい」

「あやち、なおうきょうとますか? かんりひょ、なおうきょうといますか?」

「……ん、ああそうか。君の剣は喋るんだったね」

「ボク、ぐえぃゆにーむ……ます! ぬし、ボクのぬします! ボク、ぬしのボクますよ。もしゅた斬るよごでぎます、いい子ます」

「はっはっは、こりゃまた個性的な剣どのだ。イースくんのお父さんと聖剣バルドルの珍妙な会話を思い出すね」


 ハーヴェイさんはオレの父さんが現役だった頃、その活躍を目の当たりにしたと教えてくれた。

 町の外で繰り広げられたアンデッドの大群との戦い、魔王教徒からの攻防、そしてアンデッドゴーレムとの戦い。

 それを見て以降、自分も何かを極めようと必死に働き、所長まで上り詰めたそうだ。


「そうだね、グレイプニールくんの読みは鋭い。でも魔王教徒ではなく、魔王教徒に弱みを握られた者がいるのだと私は考えているよ」

「よまみ、にぎむ? 意味むじゅかし」

「奴隷の人みたいに、言う事を聞かされてるって事」

「おぉう」


 奴隷にされていた人達のように、魔王教徒の指示に従わざるをえない人がいる。それはつまり指示に従っているかどうか、監視できる人が身近にいるという事だ。


 どおりで、イサラ村へ向かった定期馬車が何日も戻らなくても動かなかったわけだ。魔王教徒の動きを知っていたのかもしれない。


「あの時、意図的にイサラ村方面のクエストを出さなかったのかも」

「あたしの友達に限ってそんな事はしないわ!」

「友達って、この事件屋を教えてくれた女性職員さんですよね。その人も何か弱みを握られているかも」

「そんな……」

「聞く限りじゃ怪しい動きをしているから魔王教徒側だ、とも言えないのか。困ったな」


 オルターが考え込み、レイラさんが深刻そうに俯く。

 魔王教徒だったならレイラさんの力は削ぎたいはず。オレを事件屋に向かわせてレイラさんの仲間にしようとは考えないよな。


「ぬし、ボクつかいますか?」

「え、あっ、そうか! グレイプニールなら職員さんの考えている事が分かる」

「……その前にあたしが確かめたい。友達なの、あたしに本当の事を言って欲しい」

「分かりました。グレイプニールが必要なら手を貸し……柄を? 貸しますよ」

「ありがと。……さ、お酒は楽しく飲まなきゃ!」


 レイラさんが雰囲気を変えようと明るく振舞いだす。その時、玄関の扉が開いた。


「いらっしゃいませ! 2名様ご来店です」

「いらっしゃいませ。ようこそ」

「ようこそ、お2人様。カウンター席……げっ」


 入ってきたのは女性2人。店内をキョロキョロしながら「まあまあ」「あらあら」と場違いな様子で感想を漏らす。

 1人はオレ達の親世代くらい、もう1人はオレ達より少し年上だろうか。そんな2人を見て、オルターが短く驚きの声を発した。


「まあオルターちゃん! まあまあこんなお洒落なお店であんたまあ!」

「初めまして! えっと、事件屋さん? オルターの姉です。弟がいつもお世話になって」

「えっ……オルター、ちゃん?」


 ああ、そうか。言われてみれば色黒なのも目が赤いのも、どことなく顔も似てる。とすると、こっちの女性は……


「ふふっ、母です。ほらあんた、お世話になってるんでしょ? えっと、どちらがマスターの方? そっちの長身でカッコイイお兄さん?」

「いえ、オレではなくてこちらの……」

「まあ可愛らしいマスターさんだこと! あんた可愛いマスターさん目当てで働き始めたんじゃないでしょうね」

「もう、オルターちゃんが銃術士になるって聞かなくて。実家にも戻らないと思ってたらこんなお洒落して」

「あ、オルターは銃術士として大活躍で……」

「ご飯は食べてるの? あら、あんたちょっと背が伸びた?」

「お父さんみたいにお酒飲んだらすぐ寝ちゃうんじゃないでしょうねえ」


 ……ここまでの会話、全部座る前のものだ。

 強烈なお客様の登場にハーヴェイさんは大笑い。オルターは恥ずかしそうに俯いている。


「……ぶっ、オルターちゃん」

「ちゃん、ふひひ、ちゃんます」

「……笑うな。イース、グレイプニール、覚えてろよ」

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