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【Chit-Chat 02】 旅立ち前の酒場にて。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆



* * * * * * * * * * * * * * * * * *




「お前がこだわるほど、みんな実力だけでのし上がってはいない」


 あの時、英雄の1人であるゼスタさんはオレにそう言った。


 運は鍛えられない。

 くじ引きもじゃんけんも、だいたい良い結果にならない。人は、自分ではどうしようもない事に人生を左右されているもの。


 力、土地、肌色、種族、顔、背丈、血筋、富、病気……運による人生支配は、生まれた瞬間から始まっている。

 オレが英雄シークと英雄シャルナクの間に生まれた事は、世間的には運が良い事なんだと思う。


 でもコネや嘘やお金で中身のないまま上り詰めても、勘違いを拗らせて嫌われるか、本来の自分との差に悩むだけだ。オレはそれが嫌だった。


 バスターになって半年で挫折し、酒場で働き始めて1年が経つ頃。オレの目の前に、旅の途中のゼスタさんが現れた。





【Chit-Chat 02】旅立ちの酒場にて。



 * * * * * * * * *



「有難うございましたー」


 ここはマガナン大陸西部の国「ギタ」にある町、マイムの酒場だ。

 町周辺の南北に細長い砂浜が人気で、ヨットや潜水を楽しむための観光客も訪れる。


 降雨量は少ないけど、大陸の南北を貫く山脈から川が流れ、水には困らない。

 周囲に広がる礫砂漠れきさばくの中、このマイムは人口の割に活気があり、少し暑いけど住みやすい。


 最底辺バスターのオレが流れ着いた町でもある。


「イグニス、またね!」

「はーい、また! お待ちしてまーす」


 バスター登録こそ本名だけれど、普段のオレは偽名を使っている。

 この町でのオレは「イグニス・イースター」だ。

 

 現実は、甘くなかった。本名を隠したオレは、名前を知られる行動を一切できず、パーティーへの応募も出来ず、バスターとして行き詰まり……生活のため、酒場で働くようになっていた。


 そこにゼスタさんが現れたんだ。


「よう、イース!」

「……はい、少々お待ち……え、ゼスタさん!?」


 ゼスタさんは父さんの職業校以来の友達で、英雄と呼ばれた5人の1人。

 後ろに流した白金の髪、背が高くて涼しげな甘いマスクの双剣士。どこに行っても大人気。

 忙しいゼスタさんが偶然寄ったわけではない事なんて、すぐに分かった。


「本当に酒場で働いているとはな。マスター、すまないがちとコイツを借りる」

「ちょっとあんた誰……あ、あんた! 英雄さんか!」

「すまない、コイツの将来に関わる話なんだ。5分で終わらせるから」

「あ、ああ大丈夫だ」


 マスターにはオレの正体を伝えてある。小刻みに頷きながらも奥の部屋を空けてくれた。ゼスタさんは時間がないと笑いながら、オレの状況を尋ねる。


「……なるほど。お前の活動記録が全然耳に入ってこないと思ったら」

「すみません。オレ、父さん達ほど才能なかったみたいです」

「才能? お前がこだわるほど、みんな実力だけでのし上がってはいない。運だって大きいんだ。俺もシークや愛剣のケルベロスがなけりゃ英雄にはなれなかった」


 そう言うと、ゼスタさんは机の上に1枚の紙きれを置いた。


「悲しくても耐えて、悔しくても耐えてきた。その結果、耐え癖がついた。嬉しい時でも、夢を見ていい時でも耐えるようになっちまった。運を見放してきた。そんなイースに渡したい物がある」

「え、何ですか? この紙は武器屋の……住所?」

「この話の流れで察してくれないかね。アダマンタイトの剣を武器屋に依頼してある。これは俺やシーク達からの贈り物だ」

「えっ!?」

「武器の主として胸を張れるようになったら、シュトレイ大陸のジルダ共和国まで来い。ギリングの武器屋マークで剣にお前の名を刻む」


 驚いた。近年遭遇例がないモンスター「アダマント」の甲羅は、現在どれだけお金を積んでも手に入らないと言われている。

 鉱石よりも強靭で硬く、それでいて欠けることがない。ミスリルなどの材料を少量混ぜることで、最強の硬度と粘土を両立させることができる。


 反面、鍛えることができる鍛冶師は片手で数えるほど。代々受け継いだ武器を打ち直すなどして、技術を維持していると聞く。


 バスターになった頃は夢にまで見ていたのに、いつしか追うのを諦めて忘れていた。そんな武器を譲ってくれるというのか。


 ずるい、特権使いやがって、実力に不相応だ。きっとそう言われる。オレはいつも他人からの評価や、見えない本音を気にしていた。


 でもその結果、オレはどうなった? 今のオレは結局こんなじゃないか。もうやめだ。

 誰が非難しようと、今より悪くなんてならない。


「この幸運がお前の力になるかどうか、後はお前次第……だが」


 ゼスタさんがオレの顔をじっと見つめ、ちょっと太ったなと苦笑いする。


「バスターとしての強い意志はまず体型に現れる。いいな」

「はい。あの、有難うございます!」

「たまにはシーク達を……親を頼ってやれ。寂しがってる」

「はい。今度連絡しておきます」

「今度じゃない、明日しろ」

「分かりました」


 オレはこれまでずっと肩書きや身分に釣り合おうとして、挫けてきた。

 環境は変えられない。今まで周囲が見ていたのはオレ自身ではなく、オレの親。オレが世に名を残すことはない。きっと英雄にはなれない。


 それでも、剣がオレを主に選んで良かったと思えるバスターは目指せる。


「後は自分がやるかやらないかで、決めることができる……」




 * * * * * * * * *




 それから2カ月が経った。


 オレはとにかく筋トレと走り込みをやり切った。他人に頭を下げ、モンスター退治の剣さばきも教えてもらった。体型も元に戻した。


 酒場のマスターは、たった2カ月でここまで変わるかと笑っていたっけ。


「マスター、お世話になりました」

「おう。お前が辞めたら若い女性客が減りそうだ。せいぜい活躍して店の宣伝に使わせとくれ」


 マスターがニカっと笑う。カウンターの奥にはオレとマスターが一緒に写った写真。

 イース・イグニスタ出陣! と書かれた写真を見て、多くの人があの英雄の息子だったと気づく。


 快晴の空。たなびく雲は近い程早く、高い雲は目覚めの頃と変わらずそこにある。港のウミネコがトンビと喧嘩し、今日は大群に驚いたトンビが負けたようだ。


 今日の午後、オレはシュトレイ大陸を目指してこの町から旅立つ。休みの日だからか、店には朝から多くの常連さんが見送りに来てくれた。


「あーあ、強引にでも彼女になっとくんだった!」

「飲ませて夜這いする計画もさ、イグニスのガードが堅過ぎてさ」

「ねー、ほんと悔しい」

「えっ、そんな事考えてたの!?」


 女の子達が頬を膨らませて抗議してくる。ガードが堅い自覚はなかった……。


「顔も悪くないし? てか良いし? その高身長、その優男な性格! それで女の子に手を出して遊ばなかった理由、これでようやく分かった!」


 仲の良かった女の子達が、オレへと残念そうに笑いかける。

 オレだって何もなけりゃもっと遊べ……いや、それはそれで恨まれそうで怖い。


「あーんそのシャツが窮屈そうな体も、もう拝めないのね……アタシ悲しいわ。最後に……ちょっとその胸筋を揉ませなさいよっ」

「え、ゴモーラさん! ちょ、やめっ」

「みんなイグニスの体を狙うオトコを取り押さえて! 代わりにアタシが!」

「おだまり! オトコ呼ばわりはやめてちょうだい! アタシの夢と希望が詰まった胸筋(イグニス)は渡さない」


 常連の男性客がオレの胸筋を鷲掴みにしようとする。

 オレよりゴツいのに、心は女の子より乙女。そんなゴモーラさんは、よく親身になって話を聞いてくれた。


 だからって胸は揉ませないけどな。


「ボウズ! 結局その格好で旅立つのか?」

「いいじゃん、イグニスはその服が定番じゃん! エプロン姿もいいけどね」

「ああそうだそうだ、エプロン! エプロン持っていけ!」

「え、エプロン?」

「他所の土地でサラっとこの店を宣伝するんだよ!」


 グレーのシャツ、千鳥格子のネクタイ。黒いベスト、黒いスラックス。

 酒場で働いていた時の服装で旅立つのは、みんなから「その姿じゃないと、イグニスっぽくない」と言われたから。


 オレはこの町じゃ「イース」ではなく、酒場のイグニス。

 この町の知人は、オレ自身を見てくれた。今もそうだ。


 港から汽笛の音が響いてくる。乗船の手続きが始まった合図だ。


「じゃ、行ってこいイグニス!」

「本名がイースだろうが、親が英雄だろうが、俺達にとっちゃお前はイグニスだ。女たらしで酒にやたら強い、好青年のイグニス坊やだ」

「うん、皆さん、有難うございます! 行ってきます!」


 オレの挫折に寄り添ってくれた第2の故郷。

 色々失ったつもりでいたけど、仲間なんていないと思っていたけど、こんなにたくさん寄り添ってくれていたんだ。


「……みんな、本当に有難う。腐りかけたオレでも、英雄の息子じゃないオレでも、仲間に入れてくれたみんなを忘れない」


 オレは深々と頭を下げ、地面の土に涙が落ちる前に顔を上げた。

 振り返ったら泣くと分かっていたけど、それでも何度も振り返って手を振り、みんなの姿を目に焼き付けた。


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