BRAVE STORY-10 剣とフライパンは使いよう。
「まさかフライパンで犯人をぶん殴るとは」
「こういう時、絶対に手を出しちゃいけないってキツく言われてる俺達バスターの方が、対応力ないかもしれないな」
レイラさんが魔王教徒を気絶させた事で、モンスターの死骸はアンデッド化できなくなった。全てのモンスターを倒し終わった所で警備のバスターや警官も到着。死骸が片付けられる頃には日付が変わっていた。
「あら。あたしバスターの登録はしてないけど、登録できる条件は揃ってるのよ。職業校では治癒術専攻」
「えっ、初耳なんですけど」
「うん、言ってない」
「いやいや、治癒術使えるなら一緒に戦いましょうよ!」
「……22歳で今更グレー等級のバスター? 留年最長組と同じスタートは勘弁」
オレ達が喉から手が出る程必要としているのは、剣盾士と治癒術士。
でも治癒術士がいないパーティーに加入する剣盾士なんてまずいないし、剣盾士がいないパーティーに入りたい治癒術士もいない。どちらもいないなんて、結構詰んでるんだよね。
おまけにこっちは1年半グレー等級の落ちこぼれと、不遇職の銃術士。
「おぉう。りら、ちゆずちゅち? うらいぱんちますか?」
「フライパン士って、そりゃさっきのぶん殴りを見たら、フライパン術士もありかもだけど」
「あ、いいわね! あたしもアダマンタイトのフライパンを作って貰わなくちゃ」
「モンスターぶちのめしたフライパンで料理は勘弁して欲しいな」
「オレ、グレイプニールを綺麗に拭きあげた後、食事のステーキ切ってんだけど」
フライパン士は冗談だとしても、レイラさんが治癒術士をやってくれると有難い。長旅の時は特に。
「まあ、パーティー登録だけしてもいいけど……あたしとイースがいたら、どうなるか分かるよね」
「あー……まあ、うん。そうですね」
オレの事に関しては、まだ顔と名前が一致していない人も多い。レイラさんの事務所に所属しているとだけ言っていれば、オレの事は表に出さず、オルターに任せて募集が出来る。
オレじゃなくて、オレの両親の名前に群がる連中はそこで切り捨て。レイラさんに審査を任せるから、オレ達と接触する事もないだろう。
でもレイラさん自身がパーティーにいるとなれば話は別。
あわよくば有名人と一緒のパーティーでオイシイ思いを! と考える人が押し寄せる。
中にはレイラさんの恋人の座を狙う人もいるかもね。英雄の娘という点を抜きにしても、敏腕で頭の回転も速くて美人だから。
んー……でもやっぱり治癒術はレイラさんに任せるのが安心なんだよな。互いを知る仲ってのは理想の条件だし。
「とりあえず、そういう話は明日! 深夜の路上で話す必要はないわ」
「そうですね。あーあ、飯食って後は寝るだけって思ってたんだけどなあ」
「オレも風呂に入りそびれたよ。宿に戻って事情説明しないと」
「2人とも有難うね。グレイプニールも有難う」
「ボクもしゅた斬れた! ご満足ます、まりがと!」
その場は解散となり、オレは宿へと戻った。
でもすぐには眠れなかった。考えなきゃいけない事は色々ある。
なぜ魔王教徒はオレ達を狙っていたのか。拠点は潰され、その場にいた魔王教徒からはオレ達の事が伝わるすべもない。
なのに拠点が潰された直後にこの襲撃。しかも奴隷達はおろか、魔王教徒達も拠点が潰された事を知らなかった。
「……管理所、それとも役所?」
「ぬし?」
「……ううん、今日感じた事をノートに書いてるだけ。明日起きた時にすっかり忘れていても、ノートを見返せばオレが今考えていた事が分かる」
「ボク、字書けまい、読めまい。わすでるたくまい……」
「オレが代わりに書いてあげるよ。読みはオレが教える。さ、寝よう。朝シャワーを浴びたら出発だ」
バスターとして本格的に活動を再開して1カ月足らず。我ながらかなり活躍できたと思う。
グレイプニールや、贈ってくれた両親、そしてレイラさんのお陰でもある。ビアンカさんやクレスタさんも手伝ってくれた。
ただ、ここまで「英雄の子イース」としてではなく、「事件屋のイース」で活動できた。
「オレ、少しは七光りしなくなったかな。六光り、いや五光りくらいには……」
「ななみかり、何ますか?」
「ん? 父さん母さんが凄いだけで、凄くない子供が特別扱いされる事、かな」
「ぬしはつごいますよ? ボクのぬします、とくめちゅます」
「……そうだな。グレイプニールが大したことない主を持つなんてあり得ないよな」
今はまだでも、グレイプニールを持つに相応しいバスターの位置まで登ればいい。最初から何でも出来る奴なんていないんだ。
何でもできるつもりでやってたら、それはただの勘違い野郎だよね。オレは何でも出来なきゃと焦っていたんだ。
グレイプニールと一緒に成長しよう。グレイプニールの方が成長していたら追いつこう。それでいいじゃないか。
「……英雄の子だからって媚びを売られ妬まれる日々を過ごして、大した事ない落ちぶれバスターとしての日々を過ごして、今はどちらでもない日々を過ごしてる。オレはそれに戸惑っていたんだと思う」
本当に今の自分でいいのか、実力って何なのか。分からなくちゃいけないなんて思い込みだった。出来る事だからやる。今のオレにはそれでいい。
「おやすみ、グレイプニール」
「おなすび! ぬし」
* * * * * * * * *
「りら! おはごやざいます!」
「おはようござい……」
午前9時。宿をチェックアウトした後、オレは事件屋に顔を出した。事務所の扉を開けた時、そこには大勢の人が集まっていた。
近所に住むおばさん達、仕事の作業着のまま腕組みをするおじさん達。その中心にはレイラさんと2人の警官がいた。全員何かを言い争っている。
「だーかーら! おめーらがおせえからレイラちゃんが応戦したんだよ!」
「連絡を入れてから何分掛かってんのよ! 相手は魔王教徒よ? モンスターよ?」
「あの2人の男の子が必死に戦ってたのは全員見てるんだから! 駆け付けた時にモンスターの死体を山ほど見たでしょう!?」
「し、しかしですね……」
警官は周囲の人達の怒りで完全に委縮している。レイラさんは腕組みをしてムスッとしたまま何も言わない。昨日の事だろうとすぐに分かった。
「フライパンで頭を殴ったという事実はあるわけですから、事情聴取は……」
「こんだけわーわー言われて、まだどういう事情だったか聞かせろって馬鹿なのか!」
「モンスターを放たれて、得体の知れない術を使われて、抵抗せず死になさいって事?」
「正当防衛よ! レイラちゃんはあの2人の男の子を助けたのよ!」
ああ、フライパンの事か。確かにあれでオレ達は助かったし、逮捕も速やかに出来たわけで。レイラさんが悪者扱いされるのは気の毒だ。
「あのー……」
怒号の合間を縫って恐る恐る手を上げる。怒り心頭なみんなの視線が一斉にオレへと集まった。
「その、2人の男の子……の片方です」
猫人族なんて珍しいから、みんながオレを覚えていた。周囲がしきりに「この子よ、この子を助けたの!」と警官に迫る。
「あの……失礼ですが、この女性が魔王教徒を殴打した、というのは本当ですか」
「オレが助けられたのは本当です」
「そうではなくて。無防備な魔王教徒を殴打したというのは?」
「いや、モンスターを町の中で放つような相手の事を無防備って」
何を疑ってるんだ? この警官達は。まるでレイラさんを捕まえたいかのようだ。そりゃフライパンで人を殴る事はいけない事だけどさ。
でもあの場でオレ達がモンスターを倒せなかったら? 今頃町の中は大惨事だ。
「理由はともあれ、怪我人を出していますので……署へ同行を」
「オレの話だけ信じるんですか?」
「ですから署で……」
「レイラさんが殴った、というのは誰から?」
「それは捕らえた魔王教徒や、昨晩の警官とこの周囲にいた人達が」
「それは信じるのに、オレを助けるためだったって話だけ疑うのは何故です?」
「えっ……」
レイラさんの目つきが鋭い。ああ、やっぱりそうなんだ。
「仕方ないですね、ではオレの剣を調べて下さい。そうすれば分かりますよ」




