BRAVE STORY-09 野次馬の手助けと、意外なる勝者。
影移動が使えるという事は、魔王教徒であるだけでなく、最低限の能力も備えているという事。
拠点ではハッタリで動揺させて攻撃を止めさせたし、共鳴したグレイプニールが全員殴り倒してくれた。
でも今いるのはオレとオルターだけ。グレイプニールと共鳴できる程戦ってもいない。更には町中という事もあって他人を巻き込む恐れもある。
「とにかく、あいつの視線の先にあった影の位置に!」
「つっても、夜だぜ? 影だらけ……」
「いったん体が影から出終わるまで、次の場所には移動できない! 目視出来ない場所、つまり建物の中には逃げ込めない! 大丈夫だ!」
攻撃されていない以上、反撃を理由とした殴打は出来ない。不測の事態だからと言ってルールを破るつもりもない。今オレ達に出来る事は、捕らえる事だけ。
警官や見回りのバスター達が気付いてくれ、魔具で死霊術を使えなくしてくれるのを待つしかない。
「ぬし! あで!」
「どこ!」
「あで! ……ぬし顔、前向きまさい! ぬし10歩走りまさい!」
「……見えた! オルター! 挟むぞ!」
30メルテ弱の距離に人影が生えた。地面からスッと、文字通り生えたんだ。暗闇の中であっても、月明かりや街灯があれば地面と人影の区別はつく。
「イース! あいつの影移動の速度、俺達が走る速度より遅いぞ!」
「つうことは、2人で挟めるって事だな!」
「クソッ、見つかったか! おい加勢しろ!」
オレ達が辿り着く寸前で、魔王教徒は誰かを呼びつつ地面へと沈んでいった。顔の向きからして今度は反対方向、レイラさんの家寄りだ。
「オルターは歩いて! オレはちょっと先に行く! オレの背後はグレイプニールが確認する!」
「ぴゅい! おまかてくまさい!」
さっきの潜伏時間は10秒弱。今度はどれくらいだ。遠くに通行人の姿もあるし、目立った行動は出来ないはず。夜の閑静な住宅街でこれだけ声を出せば、窓から何事かと顔を出す人も現れる。
でも、奴隷であろうもう1人はどこに隠れているんだ?
「おあっ!?」
ふと背後でオルターの短い声が上がった。
「オルター!?」
「おぉう、おるたちかまえた」
「いいぞオルター!」
オルターが何やらバランスを崩しそうになっている……? いや違う、オルターの足元に死霊術士が現れていたんだ!
オルターはそのまま肩車されているような格好となり、死霊術士の頭にしがみついた。
「こいつ! オレの動きを読みやがったか!」
「捕まえたぞ!」
「オルター、放すなよ!」
オルターは死霊術士と共に道へ倒れ込み、逃げようとする相手を抑え込む。オレも駆け寄って拘束を手助けすれば……
「ぬし! 避けてくまさい!」
「えっ」
「おい! にいちゃん止まれ!」
グレイプニールの声と同時に、頭上から男の声が響いた。オレはわけも分からず、咄嗟に左へと避ける。その瞬間、右の路地から誰かが倒れ込んできた。
「うおぉあぶねえ! すんませ……ん?」
「なおうきょうと、ますか?」
「くっ……」
頭上の声の主は、いつからかオレ達を眺めていた住民の男だった。気付けば何部屋もの窓が開き、オレ達を見下ろしている。大捕り物見物のつもりだろうか。
ぶつかった相手は見覚えのある黒づくめ。転んだ拍子に捲れた袖からは、あのアンデッド化を促す術式が覗いている。
顔は見えない。ただ、その腕は震えているように見えた。
「あんた、魔王教徒の奴隷の人か!」
「あ、えっ、どうしてそれを」
「もう安心していい、オレ達は魔王教徒を捕まえるために活動してるんだ! 誰か、警官を呼んで!」
奴隷の男はまだ若い。見た目で判断するなら、オレより3、4歳は下だろうか。茶色い髪は伸び放題、腕は枯れ枝のように骨と筋だけ。特に栄養状態が悪い。
「イース! 逃げられちまう!」
「……はっ! あんたはそこにいろ!」
ふと見れば、オルターがしがみ付いた相手のローブが脱げかけていた。ボロボロの薄い半袖シャツと、グレーのパンツまで見えている。
「あっ!」
オレが駆け寄る寸前で、魔王教徒がオルターの拘束から抜け出てしまった。魔王教徒はうつ伏せのままどこかを見つめ、地面の中へと消えていく。
「悪い! でも奴隷は助けた!」
「つっても逃げられたじゃねえか!」
「大丈夫、寝そべったままじゃ視点は低い、遠くまでは見渡せない!」
「みんな、近くに寄らないでくれ! 魔王教徒だ!」
男のローブは手元にあり、相手は何も隠し持つ事が出来ない。丸腰1人なら怖くはない。
「ぬし! あで!」
「……地面が波打った、あそこだ!」
ほんの数メルテ先に男が現れた。こちらが動きを読んでいると知り、魔王教徒の男は諦めて走り出す。細身だが思いのほか足が速い。
「捕まえ……うあっ!?」
もう少しで肩に手が届くという時、男が振り向き、そのまま地面の中に吸い込まれるように消えた。走りながら呪文を唱えていたらしい。
「おっとっと! 後ろ、後ろだ!」
「往生際が悪い奴だ!」
今度はオレとオルターで再びレイラさんの家の方角へ走る。上から見下ろすと地面の変化が判りやすいのか、野次馬が「もうちょい先だ!」などと教えてくれる。
素人でも見破れる術なんて、怖くもなんともない。
「銀髪の兄ちゃん、止まれ! 猫人族の兄ちゃんはちょっと先!」
「その真ん中よ! 出てくるわ!」
「ねえ、あれって昔いた魔王教徒ってやつ?」
「えー分かんない! でも地面潜って来るとか嫌じゃない? 気持ち悪いよ」
「捕まえてー!」
野次馬は言いたい放題。でも助かる。それに家の中なら侵入される事もないし、巻き込まずに済む。
次第に応援の声は大きくなり、周辺の住民が全員顔を覗かせる事態になっていた。
「クソッ、クソオォォォ!」
「はっ、オルター、待て!」
逃げ回る魔王教徒が何かを唱え始めた。夜の暗がりでも分かる程の黒い気力が男を覆っていく。
見守りつつも「やれやれ! やってしまえ!」と野次を飛ばしていた人達の声が一瞬で止まった。
「オルター、その人を警察署に! 魔具を填めてもらえ!」
「分かった! おいあんた、警察署に!」
オルターに指示を出す際、魔王教徒から一瞬目を逸らしてしまった。それがいけなかった。
「フン、させるものか!」
その隙に魔王教徒の術が発動してしまい、周囲から悲鳴が上がった。
「ぬし! もしゅた! もしゅたます!」
「しまった! も……まさか町の中にモンスターを!?」
「フッフッフ……さあ倒すがいい! オレも加勢してやろうか」
ゴブリン、キラーウルフ……モンスターとしては弱い部類のものばかり。しかし町の中には武器を所持していないばかりか、戦いなど1度たりとも経験した事がない人達がいる。
「とりあえず斬るぞ!」
「ぴゃーっ! 斬ゆましょう!」
ゴブリンを一刀両断し、キラーウルフが開いた口をグレイプニールで貫く。グレー等級で燻ぶっていたとはいえ、グレイプニールと一緒なら朝飯前だ。
でも、死霊術士も苦戦しながらモンスターを倒そうとしているのは……
「……そうか! モンスターのままだと操れない。でも倒してしまえばアンデッドにとして蘇らせて……操れるんだ!」
倒さないわけにはいかない。だけどアンデッド化されても厄介だ。操られていればどんな陽動も効かないし、全個体でオレだけを狙う事も可能。
戦いづらくなる上に、その間に逃げられる可能性もある。
「仕方ない、全部斬るぞ! 治癒術士の人はいませんか! アンデッドに変化したら治癒術をお願……い」
オレが治癒術士の支援を求める声は、最後まで紡ぐ事が出来なかった。
何かが打ち付けられたような、鈍くも乾いた音が遮ったからだ。
「な、何だ?」
「りら! ぬし、りらます!」
「レイラさん!? え、何を持って……って、フライパン?」
道の端に家にいるはずのレイラさんが立っている。その目の前には倒れた魔王教徒。
「へへっ……と、とりあえず殴っちゃった!」
「わ、わお……」
「おぉう」
まさかフライパンで殴ったって事か? なんて無謀な。
「上から見てる人がそいつそいつ! って教えてくれたからさ。えっと……大丈夫?
騒動の事を聞いて心配で飛び出てきたんだけど」
「……いや、オレ達の方こそ心配して駆け付けたんですが」




