BRAVE STORY-08 元バスター達からの支援。
崩れ落ちるようにして泣く女に、少し回復したのか泣きながら笑顔を浮かべる男。
2人は魔王教徒による支配から解放され、更にはアンデッドになる心配もなくなった。
何より、人質同然だった我が子も無事なのだ。子供のためにと強盗の指示にも逆らえなかった2人にとって、待ち望んでいた展開だと思う。
「魔王教徒って、英雄のビアンカさん達がやっつけた奴らでしょう?」
「ああ。シーク・イグニスタがアークドラゴンを止めるため、5年も封印の中で踏ん張ってた話は有名だ」
「聖剣バルドルが健気に待ち続けてたお話、今でも語り継がれているもんね」
魔王教徒の存在は、過去に両親を含む大勢のバスターが対戦した事もあって広く知られている。このギリングでも、魔王教徒が町の外にモンスターを召喚した時の戦いを見ていた人が多いみたい。
ただし、世の中の認識では「魔王教は消滅、魔王教徒はもういない」事になっていた。捕らえられた魔王教徒には魔力の封印も施された。
20年以上経った今、魔王教徒は全員が処刑されたか牢屋の中にいるはず。
彼らが魔王と崇めたアークドラゴンは、数百年の間に何度も復活し、世界の破壊を繰り返した。そのドラゴンの行為を肯定し、世界を浄化するというのが彼らの目的。
父さん達によってアークドラゴンが倒された今、逃げ切った魔王教徒の生き残りがいたとしても、目的の達成自体が不可能。教団の存在理由は失われている。
なのに、目の前には実際に魔王教徒に支配されていた2人の男女がいる。
この場の人達にとって、魔王教徒という単語が飛び出した衝撃と、その奴隷がいたという衝撃は計り知れない。
なにせ一般の人々には、まだ魔王教徒の拠点の話は広まっていないのだから。
「すみません、うちのボス……いや、事件屋シンクロニシティのマスターも狙われているはずなんです」
「え、レイラさんも? イース、何でそこまで分かったんだ」
「グレイプニールのおかげさ。訊ねた事だけに限られるけど、オレ達3人が狙われているのは把握できた」
「ふひひっ! ボク、よごでぎます!」
グレイプニールがなければ、オレはここに駆け付けていない。
もしかしたらオルターはケガをし、この2人も解放される機会を永遠に失っていたかもしれない。
天鳥の羽毛カバーを買ってやったばかりだというのに、早くもご褒美をやるべき展開? 別にご褒美を惜しむつもりはないんだけどさ。
「もしかして、先日潰したという拠点の話と関係が」
「はい。この2人に術式を施したのは、潰した拠点で教祖役だったアンデッドです。そのアンデッドも、別の誰かが操っていたはず」
「この2人はもう大丈夫なのですか? 魔王教徒ではないという証拠は……」
「違うという証拠はありません」
魔王教徒ではないという証拠は、残念だけどオレも出してあげられない。
男の方は実際にオルターの家に侵入し、銃を盗んでいた。棍棒で襲い掛かってもいる。強制されていたとはいえ、やったことは凶悪犯罪だ。
「……なあ、あんた達と一緒に捕らえられていた人もいたんだよな」
「は、はい……うちの子と一緒に、山奥の岩だらけの荒れ地に……」
「解放された人達に聞けば、奴隷だったか魔王教徒側だったか証言は取れるよな」
「あ、そうか。オルター冴えてる!」
このギリングで攫われた人もいた。検査入院している人もいるから、会えばすぐ分かる。
この2人が本当に被害者だったなら、近いうちに本当の自由を手に入れられる。子供にも会えるはずだ。
「オルター。このままレイラさんを狙ってる奴らも捕えないか」
「そうだな。まだ魔王教徒……の奴隷が捕まった話が広まっていないうちに!」
ビアンカさんやイヴァンさんの話から察するに、死霊術士の実力は格段に落ちている。以前はモンスターを召喚したり、アンデッドを思い通りに操る奴もいたという。
なのに、あの場にはアンデッドを操れる奴がいなかったばかりか、アンデッドを準備しているそぶりすらなかった。
あの場にいたのは、初歩的な術しか会得出来なかった奴ばかり。
周囲に状況を伝えた後、解放された2人は警官らに付き添われて立ち上がった。男は最後までオルターに深々と頭を下げていて、オルターももう怒ってはいない。
ただ、住居不法侵入と、強盗未遂。指示をされたとはいえ、罪は罪だ。オルターが許すことで刑は軽くなると思うけど。
あ、オレからパンツ盗んだ奴らも奴隷だったなら、変態扱いはちょっと申し訳なかったかな。
「なあ、お2人さん。ギリングではどこに潜伏していたんだ」
「ば、バスター管理所の裏手にある安宿に……」
「管理所の至近距離って、また大胆な」
「あ、その……そちらの獣人族の方を襲った1人は、私達と同じ捕虜だと思います。でももう1人は魔王教徒で」
……え、何だって?
いや、少し考えたら分かる事だった!
魔王教徒の監視下にいないのなら、すぐにでも警察に駆け込んで事情を話し、対処をお願い出来たはず。
勿論そうなった時、子供や自身のアンデッド化の不安は拭えないとしても。
この2人がおとなしく従わざるを得なかったのは、魔王教徒が一緒にいたから。
だとしたら……クッソ! レイラさんを狙う前に、こっちの2人の行動を監視していたのかも!
だからレイラさんの事務所にはそもそも行ってなくて無事だったのか?
いずれにせよ、既にオレ達に存在を知られた事も把握された可能性がある!
「お、おい。残りの2人は今どこにいる! レイラっていう名前の女を襲う計画だったはずだ!」
「わ、分かりません! 私達は顔写真を見せられ、こいつを始末しろと言われただけで……」
「そいつらの顔は分かるか? 特徴は!」
「1人は黒髪で少し頬がこけていて、一見優しそうな細めの男です。もう1人は金髪で小柄、目が赤くて小太りで」
「金髪で小柄な奴はオレの所にいた。後は黒髪で細身の男か」
……グレイプニールが取り押さえていた男じゃない方の奴だ。取り逃がしていなければいいんだけど。
女にはグレイプニールに触れてもらい、グレイプニールはそのイメージを読み取る。グレイプニールの語彙力に期待は出来ないけど、見つけて知らせるには十分だ。
「警察の皆さん、検問を強化して下さい! それと、魔王教徒は影さえあれば地面の中に潜り、別の影へと移動が出来ます!」
「そういえばそんな動きをしていたな」
「えっ?」
野次馬の数人がそういえばと言って雑談を始める。魔王教徒の存在には気付いていなくても、どんな奴らだったのかは案外大勢が知っているみたいだ。
「もう25年以上も前、俺は奴らとシーク・イグニスタの戦いを見ていた。アンデッドは治癒術士がいれば怖くない。召喚行為とアンデッドの使役は同時に出来ないしな!」
「あ、あたし、当時バスターだったけど、魔王教徒掃討作戦に参加してたわ! その影移動ってやつ、そいつの視界にあって、かつ顔の正面方向の影にしか移動できないの!」
対処できるかは別として、経験が少ないオレ達には頼もしいアドバイスだ。
元バスターだったという数人は、警戒も請け負ってくれるという。オレ達は礼を告げ、まずレイラさんの家へ向かう事にした。
「手伝って下さる皆さん! 事件屋シンクロニシティのバーが開店したら是非! お礼にオレが奢ります!」
* * * * * * * * *
「ハァ、ハァ……レイラさんの家、もうすぐだよな!」
「ああ! ゼスタさんはいないと思うけど、人通りが多い地区だから問題はないはず!」
オレとオルターが走って向かう途中も、結構な人数とすれ違った。遅くまで仕事をしていたと思われる男、近くの飲み屋に出勤する女。周囲は家とアパートだらけ。
犯行に及ぶには人目が多過ぎる。
「家で無事を確認するのが最低条件! 魔王教徒を捕えられたらベスト!」
「ぬし、ぬし!」
「どうした!」
「なおうきょうと、さきいた! ぬし追いむかした!」
「……なんだって!?」
思わず立ち止まって振り返る。
その瞬間、背後十数メルテの位置で1人の男がすっと地面に消えていくのが見えた。
「……見つけたぞ」




