BRAVE STORY-06 泥棒退治完了!
2人がちゃんと本名で宿を取っているとは限らない。グレイプニールの発音じゃ、きちんとした名前は聞き取れない。
もし1つでも持ったまま逃げられたら取り戻せる確率はゼロだ。
「……写真機、黒い箱型の貴重品箱。あるよな」
「クソッ!」
「クソ? もしあんたらがモンスターだったら斬れたのに。悪人を自分で罰せられないオレの方が悪態つきたいよ」
1人はグレイプニールが取り押さえている。もう1人が盗んだものを全てベッドの上に置いたのを確認し、オレは目的を尋ねる事にした。
「あんたら、オレを知ってるな」
「……宿泊客の事は昨日調べた」
「どうしてグレイプニールを持ち上げられた」
「剣なら持ち上げられないはずがないだろう」
「グレイプニール。何で窓際から運ばれてるんだ?」
グレイプニールの特性を知っていないと、持ち上げることなんてできない。まずグレイプニールがそれを許さない。
オレ以外の奴でもグレイプニールが許せば運ぶことが出来る。許すような何かを提案したという事。許せば運べる事を知っているという事。
「グレイプニール、何でオレ以外に運ばれた」
「ぬしが大変って」
「連れて行ってあげると言われて、連れて行って貰おうとしたんだな」
そうか、グレイプニールに泥棒という概念はなかったんだ。持ち上げられ、男達の企みを読み取ったことで拒否したって事か。
「食堂でオレ達の会話を聞いていたなら、グレイプニールが喋れる事は知っていたはず。考えを読み取れる事は知らなかったようだけど」
「ぬし、なおうきょうとます」
「……えっ?」
「なおうきょうとます」
魔王教徒? こいつらが? でもグレイプニールが嘘を付くとは思えない。
オレをどうにか出来ないなら、グレイプニールを奪うという事か。
グレイプニールに嘘を見抜かれたとしても、郊外のどこかに埋めでもしたらもう探しようがない。
「早速動き始めたのか。オレ達が拠点を潰した事は既に知られているし。でもビアンカさんやイヴァンさんは狙えない。クレスタさんもシルバーバスター。だか……ら」
オレを狙った。
いや、オレだけなのか? レイラさんはこの事を役所や管理所に報告した。オレがシンクロニシティ専属である事も知られたはず。
オレとオルターとレイラさん。この3人は魔王教徒の敵であり、今一番狙いやすい相手。
「グレイプニール! レイラさんとオルターも狙っていないか!」
「おぉう……おぁ、ちまうなおうきょうと、話すてます。りら、おるた……めつのなおうきょうと」
「なんてこった!」
問い詰めるまでもない。オレを睨む男達の形相は、見つかった恨めしさではなく、オレを憎むものになっている。
「……お前らの武器は相手の心を読めるのか。その情報までは伝わっていなかった」
「それは好都合。そしてお前らから伝わる事もないな」
「……俺らが魔王教徒である事など、誰が信じるんだ? その武器が喋ったというだけで認定するのか?」
「証拠がない、って事か。それは困った」
そこについてはちゃんと考えてある。
魔王教徒の拠点で、魔王教徒が必ず持っていたものがあったんだ。
魔王教徒である事を装って潜入されるのを恐れてか、各自が必ず名前入りのペンダントを持っていた。
男は首から下げてもいない。ポケットにもない。だったら後は持ち物だ。
グレイプニールが取り押さえている男のバッグを勝手に漁ると、案の定それは見つかった。名前入りだから濡れ衣と言い張る事も出来ない。
更にオレのベストも見つかった。こんなの盗んでどうするんだ? 古着なんて売っても数百ゴールドだろう。それと……
「え、パンツ? え、おっさんオレのパンツなんかどうする気……」
「ぱ……い、いや、何でも掴んでたら、たまたま入っただけだ」
「オレのパンツ、しかもまだ洗ってないのを……」
「ち、違う誤解だ! お前のパンツに興味はない!」
「まさか体狙い!?」
「違う! 分かってて言ってるだろう!」
「どうだか」
ある意味、これが一番ゾッとした。だって替えのうち1枚はまだ洗ってないんだぞ?
幾ら泥棒でも、汚れ物として分けて袋に入れていた下着に手を付けるだろうか。
「とにかく証拠は揃った。それに盗みの罪状もあるから、魔王教徒だというだけで捕えられるわけじゃない。じゃあ、仕上げといくか」
「と、取ったものは返す! お前の事は他言しない!」
「他所でオレの仲間を狙ってる奴らも同じ気持ちか? 擦り傷1つでも負わせていたら」
「……くっ!」
オレが入り口を塞ぎ、ペンダントも押収している。ここは2階で、窓の外は石畳の道。飛び降りる勇気はなさそうだ。
オレは深呼吸をし、大きな声で泥棒の存在を知らせた。
「だ、誰か―! 泥棒がオレの部屋にいるから助けてくれえー」
「お、おい……」
「うわあーやめろなにをー、オレを押し倒そうと、辱められるー! お前オレのパンツをどうするつもりだあー」
ちょっと棒読みになっちゃったけど、知らしめる事は出来た。
魔王教徒も人の子。さすがに男の下着を盗んだと広まっては居た堪れないのか、顔を手で覆っている。
周囲の部屋の人はすぐに集まってくれた。さっき食堂で一緒だったおじさんもいる。
「どうした!」
「パンツ泥棒です! しかもただの泥棒じゃなく、あいつらオレの部屋で下着まで盗んでいて、更に押し倒して……」
「なんだと? そりゃあニイチャンはバスターでよく鍛えた体してるけどよ、いくら趣味で欲情したところで、襲うなんて」
「うわあ……欲情して襲ったって事? サイテーだな」
「きっと風呂場でも体狙いで品定めしていたのね。パンツなんて何に使う気?」
その場の全員がドン引きだ。駆け付けた宿の従業員さんも嫌そうに顔を顰めている。
何人かはそんなにいい体してんのか? と半袖シャツ1枚だったオレの体に目をやってる。やめてくれ……。
そりゃ鍛えてるけど、そんな情報まで知らせなくていいよおっちゃん……。しかも咄嗟の誇張であって、オレの体は狙われてないんだ、多分だけど。
ついでに、押し倒したの主語はグレイプニール。
ちょ、ちょっと、腹筋見せてみろじゃねえんだってば! 触んなって……。
「これくらい鍛えてると、その手の奴にはたまらんのだろなあ」
「相手がいねえならいねえで、金積んでそういう店行って頼み込めよ」
「サルじゃあるまいし、タダで交尾したくて他の宿泊客襲うなんざ論外だ」
「それで穿いた後の下着まで奪うなんてやだあ、ケダモノ……」
2人は俯き、もう何も言わなくなっていた。なんだかオレの心にもダメージが……。
こんな事より2人が心配だ。
オレは2人の素性と状況を伝えて拘束をお願いし、レイラさんの事務所へと向かった。
* * * * * * * * *
「グレイプニール、よくやった!」
「うわうわ、盗られまかった!」
「そうだな、結果的に何も盗まれずに済んだな」
「ぬしのぱんちゅ、だいじょびしまた」
「あ、うん……いや、まだ洗ってなかった分は捨てようと思う。なんかやだ」
グレイプニールに留守番を任せるかは今後考えるとして、いない間にコッソリ忍び込まれ、何かを盗んだり罠を仕掛けられる可能性は考えるべきだ。
魔王教徒はこうやってオレ達の排除に動き始めている。
宿を移った方がいいというオルターの忠告も、身に染みて分かった。
「レイラさん!」
事務所に到着したけど、灯りは消えていて扉も閉まっている。合鍵で入っても誰もいない。
荒らされた形跡はなく、ご丁寧に営業時間の札まで掛かってる。
オレがため息をついて扉を閉めた時、近所の方と出くわした。
「あら事件屋さん。レイラちゃんならさっき帰ったわよ」
「あ、そうですか。怪しい人とか、いませんでした?」
「さあ、見かけてないわね。いたとしてもおうちは近いし、人通りもあるから大丈夫だと思うけれど」
レイラさんはとりあえず無事、か。
「あいつら、宿泊までして機会を伺っていたんだよな。とすると……事務所じゃなくレイラさんの家を狙う? いや、レイラさんは実家暮らしで、ゼスタさんも時々帰ってるはず」




