BRAVE STORY-05 忠剣としての決意と怪しい奴
「ふあー、ボクうわうわ置かれるしまわせ、とくめちゅなしまわせ……!」
「しばらく革ケースのままで新調は出来ないぞ、いいな」
「ぴゅい! とくめちゅ、ボクとくめちゅ、うわうわ買てもだれた、とくめちゅ」
どうやらグレイプニールは特別である事にも喜んでいるみたいだ。
天鳥の羽毛カバーをただ買い与えるのではなく、それが達成感にもつながる。
できたからちょうだい、ではない。早いうちにその価値観に気付いてもらえたのは良かったと思う。
「うちはこのカバーで商売をするつもりはないし、他所で買うよりはお得と思うわ。申し訳ないけど、値引きと言われてももう出来ないくらい」
「あ、いえ、それはいいんです! グレイプニールも喜んでるし。後はグリムホースの革布と、希釈済みアシッド液を」
「はいはい。全部で15万8500ゴールド、お支払いは大丈夫?」
「大丈夫です」
カバーは丁寧に紙袋に入れてもらい、手入れ布とアシッド液は自分の鞄に。宿に戻ったらさっそく置いてあげよう。
「ぬし、ぬし! 今、今くまさい!」
「え、もうカバー使うの?」
「ぴゅい!」
「お前、高級品なんだぞ? てかお金持ってると思われて狙われるから着くまで駄目」
「ぷぇぇ……とくめちゅしたかたます。つごい、よごでぎむ剣、ゆわれましたかた……いいないいな、うまらやちねーって、ゆわれましたかた……」
ああ、分かった。こんなに大事にされているボクを見て! いいでしょ、羨ましいでしょ! って見せびらかしたかったんだな。
認められたいって気持ちは人と一緒なんだなあ。
「オレが認めてるんだからいいだろ? 帰ってさっそく天鳥の羽毛を堪能しろ」
「ぬし」
「ん? 何?」
「とくめちゅ、まりがと。ボクおもうみとくめちゅ、まりがと。ボク、しまわせ剣。ぬしの愛剣でよかたます」
「ああ。また頑張ろうな」
「ぴゅい。ボク愛剣、ぬしボクの愛人」
……ん?
「あのな、愛人はちょっと……まずいかな」
「ぷぁあ? ぬし一番ますよ? 愛剣、愛人、あびちいます。もっとつもく、もといぱーい斬るます。ぬし、おまかせまさい」
「まあ、何が言いたいかは分かるから……いっか」
* * * * * * * * *
「ぴゃぁー……うわうわ、しまわせ……ボクもうはなれまい……しまわせ」
「おーい、オレ飯に行くけど、お留守番出来るか?」
「できまい!」
「じゃあカバーの中から出てこい……出て、こいって! 重たくなるな!」
「うぅ……気持ちいい、はなれまれまい……このまま持て行って」
宿に戻り、グレイプニールは天鳥の羽毛カバーの中に。
オレが明日宿を出るために片付けている間、グレイプニールはずっとその感触に酔いしれていた。
食堂に下りたいのに、グレイプニールはカバーから離れようとしない。持ち上げようとすると重くなる。
オレ腹減ったんだけど……。
「じゃあオレご飯食べてくるから。静かにしとくんだぞ」
「ぷぇ、ぬし?」
「カバーから出るか、留守番か。どっちにするか選べ」
「うわうわのまま、持て行きますか?」
「だめ。飯の後、大浴場に行く時はどうするんだ? カバー濡らすのか?」
置いて行かれるのを何より嫌がっていたのに……。羽毛に何か中毒作用があるんだろうか。アダマンタイトに効く成分? んなわけないよな。
「……おとなしくしとけよ。すぐ戻ってくるから」
「うぅ~、ぷぇぇ……」
「ぷえーじゃない。カバーから離れたくないなら留守番だ」
グレイプニールを手に入れた後、トイレ以外では初めての単独行動。何だかオレの方が手持無沙汰で寂しく思ってしまう。
主人への忠誠があんなカバーなんかに負けたなんて。
食堂で日替わりの定食を食べ、少し足りないと感じたオレは追加でハンバーグとライスを頼んだ。滞在中よく顔を合わせていたおじさんに、良く食うなあと笑われながら、久しぶりの静かな食事を楽しむ。
「……あれ」
テーブルが1つ空いている。
他の人と顔なじみになるくらいには狭い食堂だ、すぐに気付く。
宿は3階建て、全部で10部屋しかない。初めてギリングに着いた時から数組入れ替わったけど、誰がいるかいないかは難なく覚えられる。
他のテーブルにも部屋番号の札があり、みんな食事をしている。なのに303号室、昨日大きな荷物を持ってやって来た2人組がいない。
受付で3泊すると言っていたのを聞いたから、食事に来ていないのは不思議だ。
こんな安い宿に泊まる人は、お金を節約したい人ばかり。
食事の札があるって事は、食事を頼んでいるって事。それを食べないなんて勿体ない事、まずしないんだ。
オレの食べっぷりを笑ってくれたおじさんは、もう2週間泊まっている。おじさんも空席には気付いていた。
日焼けした肌、大きく太い体に短めのあご髭。クマのような体だけど気さくで優しい。オレはおじさんにそれとなく聞くことにした。
「昨日来た2人組、まだ食べに来てないんですね」
「ん? ああそうだなあ。食事は20時までとはいえ、あと10分だ。オーダーストップされたら勿体ないだろうに」
ビールを1杯頼み、そのまま20時を迎えてしまった。303号室の人達は、食べなくてもお金を取られる事を知らなかったのかもしれない。
「それじゃニイチャン、またな! 風呂場で会うかもしれんが」
「あ、はい。オレ、明日の朝でチェックアウトなんです。宿を変えないといけなくて。短い間でしたけど、またどこかで」
「おう!」
ご飯を食べないなんて勿体ないけど、戻って来れない事情もあるだろう。オレは部屋にグレイプニールを置いてきたこともあり、30分も経たずして食堂を後にした。
「戻っ……」
2階の部屋に戻った時、オレは違和感を覚えた。
オレはペンで字を書く以外は左利き。ベッドメイキング不要の札は、当然左手で掛ける。
札の上に輪っかが付いていて、左右片方が欠けているから、そこをドアノブに引っ掛ける。左から掛けるから、輪っかの右側が開いた状態になる。
なのに今掛かっている札は逆。
扉にそっと耳を当てると、誰かの声がした。グレイプニールの声ではない。
グレイプニールはオレ以外が持てば、自分の意思で巨石のように重くなれる。持ち逃げされる事はないだろう。
だとしても、グレイプニールも他の物取りにはなす術がない。
オレは深呼吸をし、勢いよく扉を開いた。
「おい! オレの部屋で何をやって……い、どういう事?」
「あ、ぬし」
「お、おい貴様! この剣を何とかしろ!」
扉を開けてすぐの床にいたのは、飯を食いに来ていなかった303号室の2人だった。2人ともグレーの長袖シャツに、黒い綿のパンツ。黒のニット帽を被っているのは明らかに部屋着じゃない。
1人は床に倒れていて、もう1人は男を起こそうとしている。
倒れている男は胸にグレイプニールを抱え……いや、置いている。お気に入りの天鳥の羽毛カバーは、その男の手に握られていた。
「何とかしろって、オレの部屋で何をしてるんだ。303号室のお2人さん」
「なっ……こ、声がしたから覗いただけなんだ!」
「鍵が掛かっている部屋を?」
白々しい。グレイプニールは自分で動かないんだぞ。
というより、グレイプニールはオレ以外に持たれるのを嫌がる。それなのに男を下敷きにしているという事は、持ち上げられたという事。
……こいつ、グレイプニールの特性を知っているな。
「グレイプニール、そいつの考えを読んでくれ。本当の名前、オレの部屋に入った目的」
「なまえは……おもね、あでしゅ。ボク、おかね、もも、ぬずめむて、きらした」
「……名前はまあ、うん。要するに盗みに入って失敗したんだな」
「何故名前が分かる! ……言えてはいないが」
焦ってはいるけど、グレイプニールを引き剝がせなくて逃げられないんだろう。盗人2人に悪あがきする素振りはない。
「ボクのうわうわ! ぬしりとた! ゆるせまい! ボクのとくめちゅ!」
「一応言っておくけど、オレに危害を加えてもグレイプニールは絶対に動かないぞ。盗ったものを今すぐベッドの上に置け」




