BRAVE STORY-04 1人と1本の攻防、買い物編。
グレイプニールはモンスター退治に行く時のようにウキウキだ。何を考えているのか分からないけど、時々1人……じゃなく1本で「ふひひ」と笑っている。怖い。
「どうしてそんなに急に欲しいって言いだした?」
「おもうみ! くでる、ぬし言うしまた! がんまりばした、いいこね、おもうみ!」
「おも……ご褒美?」
「ぷぃ! おもうみ!」
ご褒美に何でも買ってあげるって言ったのは確かだ。
オレが普段から金欠なのは薄々気付いていたはず。お金にも余裕が出来たし、今なら買ってやれるものも多い。今なら買って貰えると踏んだのだろう。
でもどんなものが欲しいのか、グレイプニール本剣も上手く言葉に出来ていない。
何を買わされるのかと不安を覚えつつ、オレは武器屋マークの扉を開いた。
「こんにち……」
「あで、くまさい!」
「グレイプニ……」
「ぶきまやーくのまたー! あでくまさい!」
来客を告げる涼しげなベル音も止まないうちに、グレイプニールは大きな声で何かを注文した。店の奥から女性が出てきて、オレの姿を見るとニッコリ微笑んでくれた。
「あらあら、イース君! 先日はどうも、武器の調子はいかが?」
「はい、この通り……とても元気です」
この武器屋マークは、グレイプニールを製作し、命の吹込みに立ち会ってくれた工房の店舗だ。女性は店長のクルーニャさんの奥さん。
先代の頃から両親がお世話になっていて、今やオーダー品の受取りが半年待ちという人気店。情けない話、父さん達の口利き……つまりオレが英雄の息子じゃなかったら、グレイプニールのオーダーすら受けてくれなかったと思う。
「ぬし、あで! あで買てくまさい!」
「え、どれ?」
「あで!」
店内にはオレの肩くらいの高さの棚が5列並び、壁際にも武器や防具がびっしり。とても綺麗に並べられていて、木製棚にある全てが博物館の展示品のように輝いて見える。
カウンター前のテーブルには手入れ用品が並べられ、幾つかは特価の札がついていた。
「いらっしゃい、剣のお客様。どれがいいのかしら」
「あで! あでます! あでくまさい!」
「あれって、どれでしょう。これ?」
「ちまう! あで!」
オレと奥さんが手入れ布や磨き粉、上等なケースなどを指差していく。もしやと思ってキラキラした鞘の装飾シールやキーホルダーも見せたんだけど、それも違う。
店内をゆっくり移動しながら悩んでいると、ある物の前で「あで!」が「こで!」に変わった。
「……もしかして、これ?」
「そで! そでお買いももくまさい!」
グレイプニールのお目当ては、真っ白いふわふわの羽毛が使われた袋だった。
チャックはついておらず、紐などもない。用途についてはまったくの不明だ。
ただ、オレはこの真っ白いふわふわに見覚えがあった。実家で聖剣バルドルが寝床にしていたマットと同じ。
「天鳥の羽毛カバー……何でこんなものが」
「何年かに1回、ゼスタさんの冥剣ケルベロス用、ビアンカさんの魔槍グングニルの矛カバー用として」
「ああ、喋る武器達が欲しがるから置いてるって事ですね。納得」
「さすがに大剣の炎剣アレスには小さ過ぎるから、そっちは首都から取り寄せてるみたいよ」
聞いた話だけど、天鳥はごく限られた高地に生息していて、羽毛は冬毛から夏毛に変わる換毛期の巣の後からかき集めるんだって。
しかし天鳥自体の個体数が少ない上に、モンスターに狙われないよう、到達しづらい崖に巣を作る。採れる量は限られるから、超高級品で流通はごくわずか。
父さん達も、最初は首都ヴィエスにしかないデパートで買ったんだって。その年の流通量は、ジルダ共和国内で10個くらいだったとか。
デパートなんか、バスターをやってたらおよそ行かないお金持ちの店だ。それくらい庶民や底辺バスターとは縁遠い品。
武器達はこの肌触りならぬ武器触りがとても気に入っているらしい。
「グレイプニール、何でこれを知ってるんだ?」
「グングニル、しまた!」
「あー……そういえば」
「こでがええんよ、言うしまた。ぶきまやーく、お買いももべきる、もしえるしまた。うぁーボク欲ちー、あでがあえばボクもしまわせ、うわうわ置いてもだう、しまわせ。ぬし、ボクおもうみお買います、こで決めておみしまた」
「あ、え?」
グレイプニールの言葉って、普段は短いから分かるけど、こんなに畳みかけられると聞き取るのがやっと。オレじゃなかったら全然分かんないと思う。
・グングニルが「コレがええんよ」って言って、武器屋マークで買える事を教えてくれた。
・うわあ欲しいなあ、あれがあったらボクも幸せだ。
・うわうわ……? あ、フワフワの上に置いて貰えたら幸せだ。
・オレがグレイプニールにご褒美を買ってあげると言った時から、買って貰うと決めていた。
訳すとこんな感じか。きっと羨ましかったんだな。ただ、目の前にある値札は……。
「15万、ゴールド」
高い。ホワイト等級の平均的な防具の値段だ。明らかにオレの身の丈には合わない贅沢品。
いくらご褒美でも、これからの事を考えると散財は出来ない。
レイラさんがオレの服装に合わせた防具を特注してくれている件は、きちんと支払うつもりでいる。戦力が上がるなら、なけなしの魔力を補完できる魔術書だって欲しい。
そりゃ、買うお金はある。さっき貰った報酬から15万ゴールドを差し引いても50万残る。防具代に充てる分を引いても30万は残るだろう。
でも出費以上の稼ぎが毎日見込めるかというと、そうじゃない。当然休みも必要だし、休みの日は無収入だ。オレとオルターだけで稼げる金もたかが知れてる。
武器の新調は不要として、宿のグレードを上げたら1泊8000ゴールドくらい。それに毎日のメシ代。
1日1万掛かるのに、1か月分程しかない蓄えを余裕と呼んでいいものか。
「ぬし? これ、買てくまさい? お買いますか?」
「うーん……そう、だねえ」
グレイプニールの鞘は間に合わせ。たまたま合うサイズだったから買っただけの革製量販品。刃に当たる部分がすぐ痛むから、来月には買い替える事になる。
それなりのものを買うなら、やっぱり数万ゴールド。聖剣バルドルのように稀少な木材であるバルンストック製のものが欲しい! と言い出したら100万ゴールドあっても足りない。
こんな駆け出しで、1つ大きな任務を終えた程度で買ってやっていいのか。
いくらなんでも甘やかし過ぎじゃないだろうか。
「ぬし?」
「ちょっと、高過ぎるんだよな。いきなりこのレベルを強請られると……」
「ひゅうん……欲ちいます、もねがい! もねがい!」
グレイプニールに目があったなら、うるうるとさせてオレを見つめているんだろう。
オレが悩んでいると分かり、奥さんが口を開いた。
「いい? グレイプニールさん。これはね、沢山お金が必要なの。贅沢なの。どんなに頑張っても足りないくらいお金がいるの」
「でも、欲ちいます……ボク、がんまったます」
「頑張っても買って貰えないくらい、ものすごーく価値があるの」
「ぷぇっ……駄目ますか? ボク、欲ちいかった……」
簡単には買えない、本当に大事だから買ってあげるという事を分かって貰いたい。奥さんはそんなオレの思いを上手く言葉にしてくれた。
一方、買って貰えると信じて疑わなかったグレイプニールは、この世の終わりかのように悲しんでいる。
「どれだけ贅沢なお願いをしているか、分かる? こんな贅沢なもの、殆どのバスターも武器達も持ってないの。買ってないの。分かる?」
「うぅ~、うわうわ買て欲ちます……」
「それをもし買って貰えるのなら、あなたは世界一の幸せ物なの。他の武器が貰えないような、イース君からの最高のご褒美なの。分かる?」
「……分かるます」
「だそうよ、イース君」
特別である事は理解したみたい。
……仕方ない、オレがいなきゃ嬉しい事も楽しい事も出来ないグレイプニールのためだ。
「分かった。買ってやる。特別だからな」
「ぴゃーっ! やた! ぬしまりがと、まりがと! しまわせまりがと!」




