BRAVE STORY-02 レイラさんの計画。
そもそもどこの国の領土でもない所で悪い事をしても、その場所の法律はない、って事になるよね?
破る法律がそもそもないんだから、罰則もない。
あれ? じゃあ船の中や特別自治区では何をやってもいい?
いやいや、そんなわけないよな。そうじゃなきゃ、特別自治区や船の中なんて無法地帯だ。
「イースくん、よく覚えておいて。どこの国の法律で裁くのか、それは捕まえた人が決めていいの。ああ、もちろん私刑は駄目よ」
「えっ? じゃあ今回の魔王教徒は……」
「ビアンカさんがテレスト送りを決めた。もちろん、国の役人と相談しての事だと思うけど」
「テレストの法律で裁き、懲役刑に処す。懲役だから労働がある。テレストはこき使える労働力を得られるから、報奨金を出す。ってわけだ」
「おまけに今回は被害者もいるからね。イサラ村や近隣から集められた人達の見舞金も払ったはずよ。もちろん、その見舞金は犯罪者がテレスト王国に労働で返すんだけど」
罪人であっても、過酷で人口の少ないテレスト王国にとって貴重な労働力。だから罪人の引き渡しに高額の報奨金を出してくれるって事だ。
テレスト王国が見舞金を建て替え、罪人は過酷な懲役で「オニスズメの涙」程の少額ずつを返済する。
あまりにも過酷だから、テレスト送りと聞いた途端にショックで気を失う犯罪者もいるらしい。
「刑務所も刑務官の雇用にもお金が掛かるからね。どこの国もテレストでの受け入れを歓迎しているわ。イサラ村で捕まえた5人以外は、もうテレストに送られたと思う」
「……恐ろしいな」
成程。オレ達への高額報酬の背景には、そういう事情もあったのか。ともあれ、今のオレ達は1ゴールドでも多く必要だ。有難く受け取っておくか。
「あ、あともう1つ。功績はハッキリ言って十分過ぎるんだけど、自分で管理所に昇格申請を出しに行かないでね」
「……えっ?」
「何でですか? 昇格すれば出来る事も増えるのに」
100人以上を救出し、80人近い犯罪者を捕まえた。控えめに言って父さん達がホワイト、ブルーに昇格した時よりも貢献していると思う。
なのに何でグレー等級で様子を見ないといけないんだ?
「おぉう、困るます。しょかくは、くですと、つよいもしゅた倒す、できる。しょかくできまい、ボク、つよいもしゅた斬れまい……」
「昇格は出来るだけ早めにしておきたいんですけど……グレー等級を維持する理由なんてないですし」
「りら、もねがい! ぬししょかく、しますか? もねがい!」
グレイプニールも必死になっている。そりゃそうだ、遭遇してやむを得ず倒す以外、基本的には戦わないのが原則。
おまけにクエストじゃなければ倒したってお金は貰えない。
グレイプニールには、「お金が貰えなきゃ、新しい手入れ道具も買えないんだぞ」と教えたばかりだ。
「これは主にイースくんに影響する事。オルターくん、あなたにも少なからず影響があるからね。英雄の子だから申請して昇格出来ました、その仲間だから昇格できましたって形にはしたくないの」
「でも、申請しなくちゃ昇格出来ないし、これ以上の活躍は……」
「今頃、国やイサラ村のみんな、救い出された人の家族が管理所に報告を出してるわ。そこまでされたら、管理所はあなた達を昇格させなくちゃいけなくなる。理由を添えて」
「あ、英雄の子だから昇格出来るんじゃなくて、これだけの事をしたから昇格出来たって話になるのか」
「そういう事。誰も文句は言えないでしょ」
そこまで考えてくれていたのか。
恐れ入った、レイラさんはオレ達にとって最も効率の良い方法だけでなく、他人からどう映るのかも考えてくれていたんだ。
要求レベルは高いけど、それをこなせば必ず実力だけでなく等級や評価も付いて来る。
オレ達を強くするため。協会の不穏な動きに屈しないため。
これはレイラさんの手駒や言いなりではなく、課題、試験なんだ。
「それと、あなた達はうちの専属。管理所からの要請ではなく、うちの要請で動いて」
「管理所からでもレイラさんからでも、結局管理所の意思ですよね」
「忘れた? 魔王教徒がバスター協会に入り込んでいる可能性の事は話したよね。次は目障りなバスターを意図的に別の場所へ向かわせる可能性もある」
「それって、もしかして! イサラ村を軽々と制圧できたのもバスターを意図的に別の方面に……」
「あくまでも可能性ね。窓口の担当レベルじゃそんな事出来ないから、謀ったのならそれなりの役職よ」
なんだか大変な事になってきた。
つい先月までは底辺を這いずり回るバスターだったのに、今は巨悪の実態を暴こうとしている。
オルターだって、レイラさんの事務所を訪れた当初の目的は日銭稼ぎだった。
きっかけ1つでこんなにも人生は変わるんだ。
自ら踏み出した1歩でも、誰かに手を引かれて踏み出した1歩でも。
願わくば、オレもいつか誰かの人生のきっかけになれたら。
「喋る武器を手に入れた人達はね、それを手にするだけ理由があるのよ。イースくんが今このタイミングでグレイプニールを手に入れたのも、きっと必然だったの」
「確かに故郷のレンベリンガ村でグレイプニールを貰っていても……おかしくなかったです」
「そしたら多分、あなたのバスター人生は最初から順風満帆だった。きっとここには寄らなかった」
親の力ではなく、自力でやろうとした。それ自体は悪い事ではない。
そして、自力では何も出来なかった。これも実力がないと思い知るために必要だった。
自信を失くすのではなく、思い上がらずに済んだ、と考えるべきなのかな。
その結果、オレは信用できる仲間を手に入れた。オレの人生は「自分で頑張る」と決めた時に既に変わり始めていたのかもしれない。
「いい? これからは1人でも多く信用できる人を確保するの。イサラ村からの信頼はバッチリ、アモーナさんって人やその故郷だって、2人の味方だわ」
「そして、これからは週に1,2日のバーで更に信用できる人を探す、ですね」
「うん。来週には制服も出来上がる。明日から事務所の防音工事にも入ってもらう」
もし管理所か、もしくはギリングにいる誰かが魔王教徒と繋がっていた場合、そろそろ1拠点を失ったという情報が他所に伝わるだろう。
他に拠点があるのは確実。何故ならあの教祖と呼ばれていたアンデッドには操る奴が必要だったから。情報を掴み、奴らの内通者より早く動かなくちゃいけない。
「レイラさん。魔王教徒の動向を探っているのは秘密ですよね」
「そうね、それがいいかな。今回はイサラ方面に向かった馬車が戻らないから、探しに行ったら偶然見つけただけ。次回も、偶然出会ったで押し通す」
「情報の仕入れ方にも気を付けないと、嗅ぎまわってると思われたら邪魔が入りそうだ」
レイラさんがどこまで先読みをしているか分からない。
オレ達は計画を台無しにしないよう、今は与えられた事を完璧にこなすだけ!
「早く強くならないといけないな」
「そうだな。仲間も増やさないと。オレ達2人じゃ出来る事も限られる」
「ボクも、あるますよ?」
「そうだな。オルターとオレとグレイプニール、2人と1本。それにレイラさん」
「ハブられの俺が言うのはおこがましいんだけどさ。やっぱり治癒術が使える仲間が欲しい。剣盾士もいればイースは攻撃しやすくなるはずだ」
「英雄のゼスタさんみたいに、双剣でガードする回避型の防御役なんてまずいないもんな」
遠距離攻撃はオルターがいるから十分だ。攻撃魔法はオレがちょっと使える。問題はガードと治癒術。相手が強くなればなるほど、多くなればなるほど必要になる。
剣盾士、治癒術士、剣術士。この3つの職は絶対的人気職なんだ。
2年弱グレー等級だったオレと、不遇職のオルター。そこに加わってくれる人気職などそういない。




