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Wish you the best-13 魔王教徒


 アモーナさんが剣を掲げ、周囲もよくやったと満足げな表情を浮かべる。

 教祖と呼ばれた男がゆっくりと歩み寄ってくる中、オレはその時を待った。


 箱型の置物を階段状に並べた祭壇に、蝋燭が6本。

 意味の分からない置物、効果が分からない魔法陣、黒い布の上に置かれた白い小石。

 テント越しに日差しがぼんやりとするだけで、それと蝋燭以外の光源はない薄暗い空間。


 入り口に立ってそれらを眺めていた時、突如としてテントの上部が吹き飛んだ。


「何だ!?」

「教祖様を守れ!」


 魔王教徒は突然の出来事に驚き動けない。教祖は微動だにせず、テントは形を失い祭壇は崩れた。


 陽の光が全てを晒す中、異変は起こった。


「教祖様を! 貴様ぁ、最初からこれが狙いか!」

「何だ、何だそいつ……人じゃ、ない!?」

「おぉう、もしゅた?」

「……アンデッドか」


 光を浴び、教祖と呼ばれた男のシルエットがもがきながら小さくなっていく。ローブを着ていてもはっきりわかる。

 腕は青黒く、フードが外れた頭部は頭髪が頭皮ごと剥がれ、青黒い皮膚が捲れ腐敗している。

 教祖と呼ばれている者はアンデッドだった。


「おいおい! グングニルと一緒に、こいつの顔を見たんじゃなかったのか!?」

「ぴゅい」

「お、俺も見たんだ! でもお、おそらく補修して化粧をしていたのかと!」

「しにももは、斬るます?」

「もちろん!」


 教祖を守ろうと必死に布で覆う者、オレに敵意を向けて魔法を放とうとする者。それぞれが混乱し始めた頃、ようやく周囲や別のテントにいた魔王教徒も事態に気付き始めた。


「アモーナさん、オレから離れないで! グレイプニールをオレに!」

「はい!」

「お前らグルか!」

「魔法剣ファイアソード!」


 周囲の魔王教徒が立ち塞がる。幸い、教祖と呼ばれたアンデッドは布に覆われ守られた反面、周囲が見えない。オレに対抗できる術がないんだ。

 魔王教徒が死霊術らしき呪文を唱えるも、オレはその発動より前に跳躍し、グレイプニールを振り下ろした。


「ブルクラッシュ!」


 脳天から布ごと教祖を叩き斬り、纏った炎が布に引火した。アンデッドは光、回復魔法、そして炎に弱いんだ。

 教祖は斬られてもなお動いていたけど、体を捻りながらついにその場へと倒れ込んだ。


「教祖様あぁぁァァ!」


 死霊術士が何かの術を発動させた。黒い炎が目の前を覆い、それに続いて何人もの魔王教徒が術を畳みかける。


「うわっ! ……あっ」

「ぬし、ボク吸収よごでぎます」

「そうだった、助かったよグレイプニール!」


 どんな魔法なのか、死霊術の効果は殆ど分からない。毒を含んでいたり、水では消えない炎だったかもしれない。グレイプニールが一緒じゃなきゃ、絶対に今ので死んでいた。


「こ、こいつ我らの魔法を」

「みんなそこまでだ! この凹地はバスター達によって包囲されている! 魔王教徒共、おかしな行動をしてみろ、銃術士がライフルで足を貫くぞ」

「……奴隷達がどうなるか、分かっているんだろうな? 我らが術を発動すれば、奴隷に彫られた術式によって全員モンスターとなるのだ!」


 モンスターになると聞き、付近にいた奴隷達の顔が恐怖で引き攣った。アモーナさんだけでなく、複数の奴隷が施されているんだと分かる。


「アモーナさんの背と腕に術式を彫ったのは誰だ。そいつを差し出せば、他の奴は見逃してやってもいい」

「フン、騙そうとしてもそうはいかない」

「狙撃と武器使用の許可は出てるんだ、この場で交渉してやってる現状を把握しろ」

「……」

「村の住民がまるっと消えて橋も落ちてりゃ、さすがに気付くさ」


 魔王教徒は出方を伺っている。オルターとクレスタさんがどこに潜んでいるかは分からないけど、狙撃の腕は確かだ。このテントの上部だけが吹き飛んだ事で、オレの話が冗談ではないと思い知ったはず。

 まあ、見逃す気は全くないんだけど。


 イサラ村を昨日の昼前に出発し、野宿を経てちょうど24時間。オルター達は機械駆動二輪で追いかけてくれたけど、馬車ではそうはいかない。

 馬車でイサラ村まで2日、そこから丸1日。


 堂々と嘘を付いたけど、実際に包囲出来る人数が集まるまで、どんなに急いでも頑張ってもあと半日。バスターが馬車で来てくれるとしても、馬の体力にも限界はあるから必ず休息が必要になる。

 イヴァンさんが村を偶然訪れた誰かに任せたとしても、付近で戦えるのはオレを入れて最大4人。


 奴隷への酷い行いを止めさせ、時間稼ぎをする。それくらいしかできない。


「どうする。足を打ち抜かれたくはないだろう。それとも試しに誰かをモンスター化させて脅威を示すか? ま、術式を彫った奴が消滅したから、発動は出来ないんだけどな」

「クソッ、知ってやがったか……分かった」


 そう答えるしかないだろうな。術式を彫ったと思われる教祖は消滅、実際の発動は出来ない。死霊術を仕掛けてもグレイプニールが全て吸収する。


「お前ら魔王教徒は全員オレの右側に並べ! 奴隷にされた人達は左側に!」


 降参を確認し、オレが指示を出す。おとなしく奴隷を解放せず、動こうともしない魔王教徒に再度怒鳴ろうとした時だった。

 真後ろで何かが当たり、小石が跳ねた。


「な、何だ」

「ぬし後ろ!」


 それがオルターかクレスタさんか、どちらかの合図だと気付いた時、グレイプニールは既に異変に気付いていた。振り返り踵の後ろを見ると、オレの影が蠢いている。


「何だ!?」

「ぬし! 構えまさい!」


 反射的にグレイプニールを構えた直後、何者かが影から現れた。構えていたグレイプニールの刃が、斬り上げを狙うナイフを弾く。急いでそいつを蹴り飛ばし、オレはすぐに距離を取った。


「こいつ!」


 どうやら死霊術は、相手もしくは何かの影を使って移動が出来るらしい。付近を見回すと魔王教徒の数が心なしか減った気がした。

 と同時に、またもやライフルの弾が地面の小石を跳ね飛ばす。弾が当たった場所から急いで離れると同時に弾道から狙撃地点を探り当てる。

 凹地の斜面の中腹で何かがキラリと光った。白い髪、あれはオルターのライフルだ。


「た、助かった!」


 オレだって視力はいい。でもあの距離で影の蠢きが見えるというのか。


「うおりゃあ!」


 グレイプニールの側面を使ってバットを振る要領で殴り、時には蹴りや肘打ちも使って動ける魔王教徒の数を減らす。狙撃組も上手く狙ってくれている。


 ただどんなに見つけて合図を送ってもらっても、影はオレに付き纏うし、ひたすら避け続けるわけにもいかない。アモーナさんも守らないといけない。


 オレはライフルによる合図と、グレイプニールの指示が頼りだ。

 目、耳、気配。探れるものに神経を尖らせても、四方八方全ては把握しきれない。

 グレイプニールも、複数の同時攻撃を一度に教えてくれるほど余裕はなかった。


「ぬし……!」

「ぐはっ……」

「イースさん!?」


 動き回ってる時、ふいに背中に熱を感じた。意志に反して仰け反る背中、じわりと濡れる感触。

 神経が全て集まったか、心臓の場所が移動したのか、心拍を背中で感じる。

 感覚の正体を知ろうと手を回した時、指が硬い物に触れた。


「……ナイフか」

「う、動いては駄目です! ひ、引き抜かない方が」


 オレの背中にナイフが刺さっている。その事実を把握した瞬間、足に力が入らなくなった。痛みと痺れで動けず、オレは地面に手をつくだけで精一杯だ。原因は痛みだけなのか、それとも、毒でも塗られていたのか。


「ハッハッハ! どうした、包囲されているはずでは? 遠くから数発ずつ弾が飛んでくるだけのようだが!」

「ぬし! ……ゆるせまい!」

「グレイ……プ」

「ボクおこった!」


 グレイプニールの気配が変わった。

 オレに止めを刺そうとしていた者だろうか、足音が止まり、周囲から悲鳴が上がる。

 グレイプニールに視線を向けると、禍々しい以外に形容し難いような、黒い気力と魔力を放っていた。


「ぬし、うごけまいますか」

「ああ、無理、みたい」


 遠くでビアンカさんの声が聞こえる。


「ぬし、共鳴ます。共鳴、ぬしうごけします。なおうきょうと、ゆるせまい」

「いってぇ……共鳴、お前本当に加減できるか」

「時間まい! 共鳴まさい! ぬし死にももイヤます!」

「……分かった。アモーナさんの事も、奴隷にされたみんなも守ってくれ、必ず」


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