Wish you the best-12 おとり作戦。
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「……多いな」
「見張りがいたら厄介だなと思ってたけど、見つかる事を前提で動いてなさそうね」
「もしくは見つかっても構わないか」
シュトレイ山方面へ歩く人なんてまずいないからか、発見した拠点の見張りは手薄だった。道を外れ高台から見下ろせば、拠点の全容が確認できた。
直径1キルテ程の凹地内に、三角形のベージュ色をしたテントが数十張り。幾つかの炊事場や鍛冶場を設置し、畑まで耕している。黒いローブの魔王教徒は数えられるだけで60人程だろうか。
牛、羊、鶏などが1区画に押し込められているけど、餌となる草や穀物はどうするんだろうか。
「何も考えないで人数だけ増やしちゃって、大慌てで食料を用意してる感じかしら」
「まあ、おおよそあいつらから読み取った通りの光景たい。お嬢、もしかしたら、かつての魔王教徒の残りがおるかもしれんばい。お嬢が出て行ったら降参してくれんかねえ」
「どうだろう。私達を恐れるくらいなら、そもそも村1つ襲うなんて目立つ事しないと思うのよね」
拠点の位置は分かったけど、まだ術式を彫れる奴を捕らえる作戦が出来上がっていない。
ビアンカさんがアモーナさんを人質にしたと言っても、そもそも奴隷であれば交渉材料になるだろうか。
「……オレを人質にするってのはどうでしょう」
「……はっ? イースを?」
「アモーナさんが1人で行動していたバスターを、4人の言いつけで連れて来たと」
「アモーナさんを1人にしたら、普通逃げると思うよね。道中だってアモーナさんの実力では戻れないことくらい、向こうも分かってるはず」
「それじゃあ、アモーナさんをオレ1人で連れて行く。んで油断したオレがその場の魔王教徒に捕まるってのはどうでしょう」
そうすれば潜入自体は出来ると思うんだ。こっちは2人しかいないし、もし1人でも拠点から逃げて他の場所に報告されたら、今後にも影響が出る。
出来るだけ穏便に事を進めないと。奴隷として拠点内を観察し、ボスのテントを突き止めるんだ。
「その方が現実的かもしれんけど、大丈夫かね」
「ボク、なおう吸収がんまる!」
「それで? 術者と顔を合わせても、術者を捕らえられる?」
「……待った、誰か来る」
打合せをしていると、複数人の足音が聞こえて来た。足場が悪い中を軽々と走って来る。靴の音は魔王教徒のものじゃない。
「あっこの足音」
「クレスタと、オルター?」
え、何でだ? 何でここにいる?
2人はオレ達と別れた後、2日掛けてギリングに戻って、そこから駆け付けたはず。
「早くない? どうやって来たの?」
「走って1日で戻った後、ギリングでレイラさんに事情を話したんです。そしたら機械駆動二輪(≒100cc程度のバイクの事)を持ってる人を当たってくれて」
「応援はレイラちゃんが集めてくれる。じきにオレンジ等級くらいのバスターが何組か来てくれるってよ」
「イサラ村の中、機械駆動二輪を押しながらぐるっと回るのが一番大変でした……。途中からは道が悪くて進めなくなって、置いて走って来たんです」
手配で1時間、運転の練習を2時間。それだけで機械駆動二輪を運転してきたのか。なんて無謀な……でも、それなら確かに周り道をしても、夜通し1日でここまで来れる。
「村の南門に貼ってあった書き置きも読みました。イヴァンさんが村の子供達の面倒を看てくれてるはずです。イヴァンさん、機械駆動二輪の運転がその、すっごく下手で……」
「急げる俺達だけで先に行ってくれと。なので俺達も村の入り口に張り紙をしてきたんだ」
「あと、これは狙撃と武器攻撃の許可証です。ギリング警察署長名で貰ってますから、国内で有効です」
全てレイラさんの指示なんだって。あの人、凄い。バスターに警察官の権限を与えて貰うなんて、こんなの普段なら何週間掛かっても却下されて終わりだ。
事実、緊急時のバスター動員であっても、犯人への武器使用許可がなかなか下りずに確保が遅れるのは当たり前。
レイラさん、みんなの為になる事なら、コネでも親の名前でも何でも使うって言ってたもんな。そこまでするからには、ベストを尽くすというその姿勢。
オレとは能力も覚悟の仕方も段違いなのだと思い知らされる。
「ぬし、ボク使いますか? ボク使まれまい、見ゆだけあびちいます……」
「そんな悲しそうな声出さなくてもいいだろ? 斬れないし突けないけど、側面で叩く事は出来るから」
「おぉう。ちかたまい、そでで柄を打つます。まりがと、ぬし」
「手を打つじゃなくて、剣の立場だと柄を打つになるのか。成程……」
グレイプニールの出番、か。気は進まないけど、オレだって傷つきたくないし死にたくない。許可を貰っているなら、やり過ぎないように努めるだけだ。
「オルター、狙撃と同時に写真も頼めるか」
「ああ、任せてくれ! 道中に処理した後のモンスターが何体も転がってたし、イースにこれ以上活躍を持っていかれたくないからな!」
オルターがキリっとした表情で親指を立てる。後はオルター達に任せ、オレは出来る事を最大限やってみせるだけ。
オレはアモーナさんを連れ、拠点へと降りる長い坂を下り始めた。
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「おい止まれ! 何だお前」
「あー、旅の者です。なんかおたくらの一味に襲われたので、返り討ちにしちゃいました」
「なんだと?」
坂を下りきる前に、魔王教徒が3人駆け寄ってきた。ほんの数十メルテ走っただけで息を切らす3人に対し、オレは余裕な表情を心掛ける。
「里帰りしたら村のみんなはいないし、実家に寄ろうとしたらこいつら5人が襲ってくるし」
「……他の4人はどうした」
「あー、村の牢屋に投げ込んでおきました」
嘘をつく度に揺れるオレの尻尾に気付いていなければいいんだけど。尻尾って、オレの言う事を聞いてくれないんだよな。
牢屋に入れたと聞いて、男達はニヤリと笑った。
「それならまあ何とかなるか。影さえありゃ……」
「おい喋るな! ……お前の要求は何だ」
「村のみんなを返せ」
「フッ、それを1人で言いに来たのか? ハッハッハ! 馬鹿な奴だ!」
「まか、何ますか?」
「……グレイプニール、今は喋っちゃだめだ」
「何か言ったか」
「いや、返してくれるのかって言ったんだ」
危ない危ない。喋る武器を操れるなんて、伝説の英雄以外にいないんだから。関係者と思われて周囲を警戒されては困る。
「いいだろう、奴隷共と再会させてやる。条件次第では解放も考えなくはない」
「お前ら下っ端だろ? お前らのボスと話さずに解放してくれるのか? その権限あるの?」
「コイツ、生意気な……!」
「おっと、5人がかりで掛かって来られても余裕だったし、お前ら3人には負けないぜ?」
5人というか、戦える奴らはアモーナさんを除いて実質4人。ただ、捕らえたあの4人はそれなりの実力者だったのか、目の前の3人は抵抗を止めた。
オレは3人の後に続き、拠点の中を歩いて周囲を確認した。奴隷のうち誰が村の人か知らないけど、環境が良くないのは明らかだ。
ボロボロの衣服、ボサボサの髪。汚れた顔、やつれた表情。これなら魔王教徒と間違える事もない。
「……ここだ」
「あざーっす」
オレが油断しているフリをする。その隙に今度はアモーナさんの演技が始まった。
オレの両腕を掴み、叫ぶ。それがアモーナさんの役目だ。
「つ、捕まえた!」
「はっ! な、なにいー! くっそぅ、油断したあー」
オレは腕を振りほどけないふりをし、悔しそうに舌打ち。
……ちゃんと演技できているだろうか。
「お、はっはっは! お前、奴隷のくせによくやった」
「や、役に立ったんだ、村の人を数人でもいいから帰してやってくれ!」
「あ? 奴隷なんかとそんな約束してねえよバーカ。教祖様、奴隷の新入りを連れてきました!」
教祖。その言葉を待っていた。
教祖がここにいる。それが分かっただけで作戦は成功。
後は合図をするだけだ。
「……アモーナさん、取り上げたフリしてグレイプニールを掲げて。グレイプニール、信じてるからな。今はアモーナさんを守ってくれ」




