Wish you the best-10 襲撃と生贄
男が喋り始め、他の4人が舌打ちをした。ビアンカさんが睨み、4人が気まずそうに俯く。
父さんと同じ年だからもう45歳を過ぎた頃なのに、体力も強さも現役を凌ぎ、その威厳や眼光も衰えは見えない。よく知るオレだって睨まれたら何も言えない。
事実、男達は反撃しようともしない。圧倒されているだけでなく、勝てない事を知っているからだ。
「む、村人は……シュトレイ山の麓の拠点に連れて行った」
「目的は」
「……」
「死んでも話さない、って事ならそれでもいいわ。人攫いは重罪だし、死んだ方がマシってくらい尋問されるかな」
「目的なんて知らない、本当なんだ!」
オレは気になる事があり、試しにグレイプニールを触れさせた。グレイプニールの答えは「こも人、知らまいなす」だった。
男はチラチラと4人の顔色を窺う。手の甲には不思議な模様。描かれているのではなく、彫られている。拘束した時、こいつだけ背中に術式のようなものが見えた。
でもオレの推測が正しければ、この場でそれを指摘する事は出来ない。
「お、おれ……魔王教……」
「おい話すな! こうなったら……」
「あたしらアダマンタイトの武器は魔法を留めることが出来る。100回発動されても全部吸い取っちゃる。それで反撃してもいいけどねえ」
「……クソッ!」
そうか! 留めていられるのは俺の魔力だけじゃないんだ。ビアンカさんがこいつらの反撃を恐れなかったのは、そういう事か。
それなら何とかなる、かもしれない。
「魔法ならグレイプニールでも吸収出来る、って事ですよね」
「もちろんばい。いざとなったらあたしらが実践するけん、よう覚えとき」
「おぉう。ボク、なおうをきゅ……うぁ?」
「吸収。それを使って色んな攻撃に出来るね」
「おぉう、きゅうしゅう。たもしみ! なおうけん! 吸収いつしますか!」
オレ達が余裕であると分かり、とうとう全員が諦めた。
こいつらがネクロマンサーなのか、まだ分からない。喋っていいかどうか確認しているという事は、最初に喋った男は一番下っ端なのか。
ただ、この男を見て1つだけ思い当たる事があった。
「とりあえず、ここじゃさすがにね。村の牢屋どこだか分かる?」
「村の東の大きな家の裏に。多分村役場かな」
「あー、抵抗しないでね。グングニルとグレイプニールは、あんた達の考えを読み取れるの。隠しても無駄なんだから」
オレはビアンカさんに尋問を任せ、村の守衛室で手錠と魔具を見つけた。必要以上にかき集めて戻った頃、5人はもう項垂れて一切の抵抗を見せなかった。
* * * * * * * * *
「あー、手錠1つだと、外せる人もいるらしいですよ」
「どうせ牢屋からは逃げられないと思うけど……そうね、じゃあ2つ掛けておこっか」
「これに魔力制御の魔具、コルセット型の拘束具。鎖は向かいの牢屋の柱に括り付けましょう。水を貯めた洗面器もありますし、非常食は2日分。トイレもあります」
オレ達の会話を聞きながら、5人はさすがにやり過ぎだと抗議する。そこまでしなくても逃げられないという事だろうけど。念には念を。
仮に脱出できたとして、出来るだけ時間と手間が掛かる方が望ましい。
「何? 首にも鎖が欲しい? あるわよ」
「い、いや……」
「村人と家畜をみんな攫うやり過ぎ感に比べたら、これくらい可愛いものだと思う」
「そうよね」
ホテルには子供達がいる。万が一にも脱出された場合、子供達が危ない。オレ達が村を出て、オルター達が追い付くまであと最低でも2日は掛かるはず。
村の東から大回りし、キラーアリゲーターが生息する沼を回り込み、川を渡らずに済むルートで来るとなれば、結構な距離になるんだ。
子供達だけになる村を少しでも安全な状態にしておきたい。
つまり、こいつらが絶対に抜け出せない、抜け出すにも2日以上掛かる状態は必須。
「シュトレイ山の麓に拠点を作って、魔王教徒としての活動をしているのね。村人や家畜は、その際の奴隷、と」
「今こいつらを率いとるのは、昔に戦った奴らの残党やね。死霊術を扱える奴を逃しとったっちことかね。それとも刑を終えて出所した奴か」
「しれいむちゅ? しれいむちゅ何ますか?」
「アンデッドを操る魔法よ。これも吸収できるのかな、絶対やりたくないけど」
かつて、父さん達は魔王教徒と呼ばれる集団と戦った。彼らはモンスターを呼び出し、アンデッドを操り、大勢の人々をこの世から消し去ろうとした。
多くは捕らえられ、または拠点が災害に遭うなどして教団は壊滅。ただ、まだ改心していない人がいてもおかしくない。
と言うより、実際にこうしてまた勢力が増しているんだよな。村を1つ消すくらい朝飯前になる程、力を付けているって事だ。
「死霊術の教本は、バスター協会本部が1冊保管しているだけ。各アジトを潰して回った時、儀式用の呪具も全て焼却した。もしかしたら誰かが持っていたのかな」
「死霊術を会得していた人には、外せない魔具を装着したはずですよね。魔法使いの犯罪者用の奴を」
「うん。彼らの仲間でかつ魔力があれば問答無用で。でもこいつらは実際に死霊術を使える。これ、一筋縄ではいかないかも」
恐らくこいつらは下っ端。村の様子を見てこい、誰かいたら連れてこい。その程度の指示しか受けていない。
グングニルが考えを読み取っても分からないのだから、重要な事は何も知らされていないんだ。
「オルター達に書き置きをして、オレ達は拠点へ向かいましょう。そうだな、ビアンカさん、1人に道案内を頼みませんか」
「え?」
「仲間を連れていた方が交渉に使えるかも」
「うーん、気が進まないけど、イースに任せる」
5人が一斉にオレ達に顔を向けた。この牢屋にいるより、まだ外の方がいいと考えているのか、それとも選ばれたくないと考えているのか。
それがどちらでも関係ない。オレが連れて行く奴はもう決まってる。
「あんた、一緒に来い」
「お、おれですか」
オレが選んだのは、最初に正体を明かした男だった。ビアンカさんは意外そうな顔をしている。
「見た感じ一番下っ端じゃない。切り札になるとも思えないんだけど」
「それでいいんです。行きましょう」
「……ぬし?」
「大丈夫だ」
オレ達は牢屋を後にし、まず子供達に事情を伝える事にした。
12歳くらいの子達はともかく、3歳、4歳の子供を一緒に連れて行くわけにはいかない。かといって、後2日待つ余裕があるかも分からない。
「あ、お兄ちゃん!」
「帰ってきた……そいつ、そいつ悪い奴!」
「あー、大丈夫。みんな落ち着いて、この人は大丈夫だから」
「イース、どうして大丈夫だと思うのか、そろそろ教えてくれない?」
ビアンカさんがムッとしてオレを睨む。
「グングニルが考えを読んだのは、一番年上で偉そうな奴だけですよね」
「ええ。本当に魔王教徒だったし、村の事も奴隷の話も本当。拠点の場所はいつか私達がヒュドラを倒した盆地。大丈夫かどうかなんて」
「質問内容次第、じゃないでしょうか。あなた、奴隷の1人ですよね」
「えっ!? 奴隷?」
男が俯き、小さく頷いた。ビアンカさんは驚き、グングニルは……分からない。
何故見抜けたのか。それは5人でいる時の関係性と、男の腕だ。
「最初オレ達に見つかった時、戦う姿勢を一切見せず、真っ先に両手を上げて降参した。その時に気付いたんです」
「気付いた? 手を上げた時?」
「ビアンカさん。両手を上げた時をもう一度思い出して下さい。この人の腕だけ、見覚えがありませんか」
「え?」
ビアンカさんは怪訝そうに男の袖をまくった。目を見開き、慌てて背中まで捲って確認する。
「あの4人は知らなかったんだと思います。この術式の本当の意味が」
「そんな」
そこにあったのはかつて魔王教徒に囚われ、儀式のために背中へ術式を彫られたイヴァンさんと似た模様。指で押せば血が滲むのではと思われる程生々しい。
伝説の大剣使いイヴァンの過去。その魔王教徒の捕虜としての生活は壮絶なものだった。イヴァンさんの奥さんであるビアンカさんが分からないはずはない。
「あなたは、何かを発動するための生贄、ですね」




