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Synchronicity-06 死霊術の蔓延



 依頼は怪我している猫の救出。心優しい少女に、レイラさんがニッコリ微笑んだ。


「分かりました。ご依頼、お受けします」


 少女はホッとした表情で、依頼料だと言い。レイラさんに硬貨を数枚渡そうとする。勿論、本来なら桁が幾つも違う。レイラさんはそれを断った。


「あなたの猫ちゃんじゃないんでしょう?」

「うん、野良の猫ちゃん」

「あなたは、その猫ちゃんの代わりに教えに来てくれた。あなたはあたし達のお手伝いをしてくれたのと一緒よ。お金はもらえないわ」

「いいの?」

「ええ。おうちの人はこの事を知ってる?」


 少女は俯き、首を横に振った。今頃、家の人は心配しているだろう。


「ベネス、あたし家まで送ってくる。また明日ね、みんなもまた明日」

「ありがと。さあ、私も1杯飲んだら帰ろっと」

「1杯で帰った事、ありましたっけ」

「えへへ、ない」


 賑やかな店内。オルターが奥から戻って来て、レイラさんがいない事に気付いた。理由を伝えると、猫の怪我と聞いて考え込む。


「野良猫だろ? 人懐っこいやつはともかく、おおよそはすばしっこい。一度に何匹も怪我するって、どういう状況だ?」

「んー、ねぐらが壊れたとか、囲まれて集団で襲われたとか? グレイプニール、濃さどうかな」

「あるこむ、16ます!」

「うん、いいね。果物絞り過ぎかと思ったけど、案外いけるね」


 カクテルを作りながらだと、真剣には話せない。シュベインに接客を任せ、オレはオルターのお姉さんであるグレースさんが好きなオレンジのカクテルを作り上げた。

 ベネスさんは結局もう1杯のハイボール。帰る気ないよな、これ。


「おにいさん、そろそろ私達帰ります~! じゃあ、街道沿いの小屋の件、お願いね」

「有難うございました! こちらお会計です。設置後の管理も含め、管理所と役所に相談してみます」


 常連さんは、ギリングと隣町のリベラを結ぶ街道沿いに、屋根付きの休憩所を作って欲しいと言ってきた。これは街道を利用する人達からの要望らしく、明日はユレイナス商会にも掛け合ってみようという話になった。


 許可が下り、管理者を決めることが出来れば無事に小屋設置を依頼に出せる。そうやってコツコツと引退バスター達への仕事を貯めていけるから、バーを始めた目的からいって大成功。


「樽ビールの方! お待たせしまし……」


 テーブル席にビールを置いた瞬間、入り口の扉が勢いよく開いた。


「おぉう、れいら、お帰りまさい」

「いらっしゃ……お帰りなさい、レイラさん。忘れものですか?」


 グレイプニールとシュベインの声で、入って来たのがレイラさんだと分かった。なんだかレイラさんにしては荒々しい登場だけど、どうしたのかな。

 少女はもう家に帰ったんだろうか。


「レイラ、どうしたの? なんだか慌ててるけどお財布でも落とした? あのお嬢ちゃんは家に送り届けた?」

「ベネス! 急遽でごめん、イースと店番を交代して! ジャビは無理か、オルター、動ける?」

「ど、どうしたんです?」

「私はいいけど……オルター、大丈夫? お水持ってこよっか」


 オルターは大丈夫と言ったけど、一体何があったのか分からない。お客さんも戸惑ってるし……。


「何があったんですか?」

「ここでは言えない。向かいながら説明する」


 何か事件があったのか? オレとオルターが一緒って事は、事務的な事や会議じゃないんだろう。力仕事? どこかの酒場で喧嘩が起きているとか?


「ぬし! ぬし! ボク持てくまさい! あびちぃ!」

「置いて行かないよ、大丈夫。すみません、皆さん。ちょっと抜けてきます」

「お仕事? 大変ね、行ってらっしゃい」


 挨拶を済ませて外に出ると、レイラさんはすぐに走り出した。食べて飲んでの後だからわき腹が痛いと言いつつも止まる気配はない。


「どこに行くんですか?」

「この先の家! 猫が怪我してるって言ってた子のお隣さん!」

「何があったのか、説明してください!」


 少女の隣の家? 夫婦喧嘩でもあったのか? オルターは手ぶらだし、オレも防具は着ていない。まあモンスター騒動ではないんだろう。


 そう思ってまだ呑気に思っていた時、レイラさんは走るのをやめて振り返った。


「猫の件。原因が分かった」

「え、もう?」

「……迂闊だった。というか、考えてみれば可能性はあったのよ」


 そう言って、レイラさんは少女の家の扉を叩く。少女の母親が扉を開けて中へ招いてくれる。

 なぜ隣の家ではないのかと疑問に思ったけど、通されたリビングで、オレ達はその理由を知る事になった。


 4人掛けのテーブルには、少女、その父親、そして泣きじゃくる1人の男。母親がテーブルに座る前にお茶を出してくれ、父親はソファーに案内してくれた。


「あの、それで……これはどういう」


 少女の傍では、包帯を巻かれた猫が3匹。腹部に血が滲み、浅い息を繰り返している。レイラさんは猫たちにヒールとケアを掛けつつ、その自己治癒を助けた。


「おぉう、めこ」

「そろそろどういう事か、説明を貰えませんか」

「焦らす意味ないっすよね。レイラさん」

「……自分の口で話せないのなら、あたしたちで家に乗り込み対処します」

「だ、駄目だ! わ、分かった、分かったから!」


 男は袖で涙を拭き、うつ向いたまま話し始めた。少し薄くなり始めたおでこ、目の下にはクマができ、憔悴しきっている。


「つ、妻は、病気なんです、病気なんです! 必ず、必ず治ります」

「病気?」

「めこ、びょうきますか?」

「猫じゃない、この人の奥さんが病気って事」

「病気ならあたしが診ます。治癒術士ですからケアとヒールで対処できる部分も」

「それは駄目だ!」


 男の焦りの意味が分からない。レイラさんは男に言わせたいんだろうけど、これじゃ話が進まない。


「レイラさん、知ってるなら教えて下さい。店番を抜けてまでやって来たのに」

「……自分で認めて欲しかったんだけどね。この人の奥さん、死霊術でアンデッドになってる」

「えっ!?」


 まさか、このギリングでまだ死霊術士の存在が話題になるとは思っていなかった。つまり、この男は死霊術士って事?


「この数か月の間でまた死霊術士が入り込んでいたのか!」

「まだ詳細は話してくれないから分からないけど。グレイプニール、お願いできるかな」

「ぴゅい」

「な、何をする、何だ、その剣でどうする気だ」


 オルターが男の方を押さえ、オレはグレイプニールの柄を男の背中に当てた。


「あなたの奥さんは、本当に病気なのか? 何の病気だ」

「げ、原因は分からない、でも本当に大丈夫なんだ!」

「いつから」

「せ、先月……」

「なぜ奥さんは死霊術を掛けられた」

「し、死霊術なんて知らない、本当に病気なんだ!」

「なぜ、猫の怪我とあんたの奥さんの病気が関係あると思われている」

「……」


 知りたい事を質問していき、グレイプニールが読み取っていく。しばらくでおおよそ聞き終えたオレは、グレイプニールの言葉を待つ。


「おぉう、しにもも、あんでっど、おぁぁ?」

「どうした」

「おぉう、あくよ、なおうきょうと、さいまん聞くしまた。ちれいむちゅ、きょうてん、あるます」

「イース、言ってる事分かる?」

「分かる。魔王教徒の裁判で、押収された経典があったはず。それをこの男が……あくよ、って、役所?」


 男は役所の人で、押収物の管理室に出入り出来る立場のようだ。そこから経典を持ち出して死霊術の方法を知り、奥さんに掛けたんだ。


「何故そんなことを」

「奥さん、しばらく故郷に帰っていると聞いていたんですけど」

「随分前からって事ですか。嘘をついても分かってます。あなた、魔力があるんですね。亡くなった奥さんに死霊術を掛けたんですね」

「……突然だった、夕食の準備をしている途中で突然倒れて、医者を呼ぶ間もなく死んでしまった! その時思い出したんだ、魔王教徒の事件を!」

「アンデッドでもいいから、傍にって事よね。アンデッドが生きた生物しか食べないから、野良猫を捕まえていたんでしょ」


 まさか、猫の怪我が魔王教徒の一件に繋がるなんて。オレ達は男の必死の抵抗を払いのけ、男の家へと向かった。

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