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Ark-07 生き延びた者が見た、もう一つの結末



 共鳴と言われ何故なのかと問う前に、グレイプニールの気力が無理矢理体に入って来たような感覚があった。


「ぬし! お助けるられまい、やだます!」

「わ、分かった」


 倒されたモンスターがドロドロに溶け、溶岩大地の上に広がっていく。表面はまだブクブクと泡立っているけど、突き刺されたら即死しそうな角も、大きな鋭い爪も、全てドロドロに浮かんで動かない。


 この臭いに何かあるのか?


「分かるしでまい! 共鳴しまさい!」

「あ、ああ……」


 グレイプニールは一体何を焦っているのか。共鳴すれば、オレは目覚めるまでの出来事を記憶する事が出来ない。

 とはいえ、戦闘に限って言えばグレイプニールの勘が外れた事などない。


 オレは焦りの理由が分からないまま意識を失った。





 * * * * * * * * *





「ぬしぃ? ぬしぃ……? ふぇぇ、ちまないでぇ、ぬしぃ……」


 どれくらい時間が経ったのだろう。オレは規則的にポンポンと鳴る音と、グレイプニールの泣く声で気が付いた。


 視界がぼやけてる。


「ん……」

「ふぁーっ、ぬし!? ぬし起ぎるしまた! 起ぎるしまた! ぬし、おはよもざいなすか!?」

「ほらね、起きただろう? 大抵は僕の子守らず歌で起きるんだ」

「まりがと、まるどむまりがと! こももらむた、教える、しますか?」

「勿論だとも、グレイプニール。僕は歌も得意だからね」


 変な会話まで耳に入って来る。どことなくのんびりしている会話から、ひとまず無事である事が分かった。


 揺れは恐らく船のものだ。低くポンポンと鳴っているのは、船が移動しているからか。


「おはよう……ございますかって、何だよ」

「ぬしぃ……おしんまい、おかけしまたらダメます!」

「えっと、何が起きたのか分からないんだけど」


 グレイプニールがたどたどしく教えてくれる。途中からはバルドルが代わり、オレは意識がない間の出来事を理解した。


 オレ達が相手したモンスターを、バルドル達はアークと名付けたらしい。アークは地面に倒れたものの、まるで溶岩のように地面を這って流れ、オレ達を襲って来たんだ。


 共鳴したグレイプニールは、まずオルターをひょいっと担ぎ上げた。父さんとバルドルも共鳴していたらしく、とにかく全速力で走って船に戻った。

 全員が船に乗り込んだ事を確認し、すぐに船を出す。そこにドロドロにとけたアークが追い付いたけど、船のヘリに絡みついた部分を斬り落として出航。


 幸い海の中までは追って来なかったみたいだ。


「負傷者は、いない?」

「襲われた人はいない。君が最後の1人を船に乗せる時、足に絡みつかれたけれど」

「おぉう……ぬし、ごめまさい」

「大丈夫だよ、心配いらない。おそらくアマナ島で戦ったケルピーと同じ類のモンスターだね」


 ふと見ると足具の表面が溶けていた。等級こそ高くないけれど、その中で買える最高のものを揃えたつもりだったのに。奴は毒や酸を取り込んでいるのだろうか。


「オルターとレイラさんは? 海に飛び込んだ人は」

「オルターは蔓のように伸びてくるものを撃ち落としてくれたし、レイラも最後まで補助魔法を掛け続けてくれた。今は船酔いで寝ているよ。海に飛び込んだ人は3人助かって、2人は行方不明だ」


 潮の流れは速く、火山が頭を出しただけの島だから浅瀬がない。泳ぎ疲れたか、サメやサハギンに襲われたか。いずれにしても捜索はしたものの、見つかっていないという。


「生きている事を願うしかない。小さな島に戻って対策を考えよう」

「そうだね、いずれにしてもこの人数なら……魔王教徒達はミスラに連れていく事になるかな」

「そっか。あれ、ジャビは?」

「シークがバスターについて教えている所さ、僕をここに置いたままでね。君達が戦っている姿を見て大興奮していたのだけれど、彼はバスターになるための要件を満たしていないものだから」


 獣人族が住むムゲン特別自治区は、人族でいうところの専門課程がない。学校も人族が25年前にナン村に1校、20年前にキンパリに1校建ててくれたものがあるだけ。


 読み書き、計算、その他世界の知識を得たいからって、暇さえあれば大人も学校で勉強していた。

 それ以上の勉強をしたいなら、自治区から出るしかない。


 バスター制度を作ったのは人族の勝手。今まで自治区内で狩りをし、銛で魚を獲り生活してきた彼らから武器を取り上げる事など出来ない。使う道具の材料を制限するのも人族の勝手だ。


「自治区内で武器を使うのは問題ない。だけど、武器を携帯して町や村に立ち寄るのはバスターにならないと駄目だったね」

「そうだね、人族が築いた町や村に入るなら、人族の掟に従ってもらう。そんな決まりもジャビは知らないのさ」


 ムゲン特別自治区の出身者に対しては、専門課程に通う事を条件にはしない。もっとも、15歳で狩りが出来なければ1人前と認められないから、自治区の外に出る事は許されない。

 自治区の外に出られるという事は、それなりに強いって事だ。


 後は世の中のバスターとは何か、バスター制度の仕組みはどんなものか、「やっていいこと、わるいこと」は何か、それを1か月の講習で覚えてもらう。最後に試験を行って、合格すればバスターになれる。


「あの調子だと、講習を受ける事になるだろうね」

「そうだね。後は魔王教徒と行動を共にしていた事がどう影響するか」


 船はゆっくりと進み、陽が水平線に沈む直前になってようやく島へと辿り着いた。

 見知らぬ船に島民達も警戒していたけれど、降りて来たのがオレ達だと分かって胸を撫でおろしていた。





 * * * * * * * * *





「エインダー島はそんな事になっていたんですね」

「連れて来てくれた魔王教徒達は、俺達に任せて欲しい。奴らとこうして接触するためにこの島を選んだんだからな」

「お任せしますよ、人の道に外れた事さえしないのであれば」


 小さな島に辿り着いた後、オレ達はエインダー島で起きた事を全て話した。連れてきた皆に嫌な顔をしたものの、魔王教徒の誘いに乗った事を厳しく叱った後は食べ物を分け与えてくれた。


「この人数を何日も滞在させられる程の貯えがない。教団の事を知りたいけれど……」


 島民が魔王教徒に協力していた者達を悔しそうに睨む。中にはかつて本部にいた者だっている。かつての身内と同じ過ちを犯そうとしていた者達を、どんな気持ちで見つめているのか。

 それにいち早く気付いたのはレイラさんだった。


「この島にいるのは、かつて魔王教徒に協力して命を落とした人の遺族よ。あなた達が命を落とした場合の、家族の行く末」

「……」

「自分が正しいと思う事をする、決意としては大いに結構。だけど、その結果を自分だけで尻ぬぐい出来ると思ったら大間違いよ」

「……」


 自暴自棄、興味本位、好きな事が出来る、世間への恨み……ここにいる魔王教徒の動機はそれぞれだ。これから捕えられて罰を受けるのも自業自得。


 でも、それを止められなかった家族や知人の事を考えたのか。その後悔を語ってくれた人もいたけれど、多くは目の当たりにするまで意識すらしてなかったと思う。


「あの島に残らずに逃げた、それが全てよね。蟲毒から生まれたアークを正義に使うどころか、そのあなた達にとっての正義を、仲間を殺す存在になった。分かってるのよね」

「……」

「自分達の正義が、間違いだった事、分かってるのよね」

「……俺達は」

「誰かを殺す覚悟はあっても、死ぬ覚悟はなかった。だからここにいる。間違いは正すの。自分で正せないなら、誰かの助けを得る必要があるの。自分で何とかできない人は、話せる事を全部話しなさい」

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