-作られた命、自然の村- Part 18
「なんなのにゃこの映画で見たような構図!?」
「現実っスから!
ラプト!
でも、あの龍……なんだか見たことがあるような……」
ジオフロントの中心街でドリル搭載型戦闘艦と向き合って睨みあっている純白の龍の深紅の角は六本あり、所々がキラキラと輝いている。角の周りには角と同じぐらい紅い雷が纏わりついており、その雷は徐々に鎧のように全身に広がっていく。
「まさかハルにゃんに龍の友人がいるとは知らなかったのにゃ」
龍の優しく、穏やかにも見える二つの目は空を思わせるような美しい青色と燃え上がる炎を思わせるような赤色で左右で違う色だった。背中から生えている二枚の巨大な翼の翌膜は、まるでプラネタリウムで見る星を彷彿とさせるような周期で光っていて夜空がそこに表現されているようだった。今目の前にいるのが信じられない程神聖で美しいと感じさせる生き物は、本当にゲームや物語の中から飛び出してきたようでハルサは何度も自分の目を擦る。そして所々の体の特徴はハルサの知っている獣人に驚くほど似ていた。
「まさか……エクロ…?」
ハルサはふとエクロレキュールが言ったことを思い出していた。
『自分は“兵器”…です。
大昔……“大崩壊”時代に作り出された…“兵器生命体”…です…』
「そういう意味だったんスね……」
小さく呟いたハルサの言葉を鋭くラプトクィリは拾い上げた。
「にゃ!?!?
ちょっと待つのにゃハルにゃん!
あの子、ウーパールーパーの獣人じゃないのにゃ!?」
長年信じていたものを裏切られた、という表情をしたラプトクィリにハルサは突っ込む。
「なわけねーっス!
ラプト、あそこにいる龍は間違いなくエクロっス!
助けないとっス!!」
「なんであれがエクロだって確信できるのにゃ!」
「見た目っス!」
ラプトクィリは家の中から双眼鏡を持ってきてじっと純白の龍を観察する。
「確かにエクロっぽいのにゃ……。
それにもしあれがエクロレキュールなら話は変わってくるのにゃ。
ハルにゃん、エクロが関係する話にゃから聞いて欲しいにゃ。
実はハルにゃんが寝た後すぐにアイリサからメールがあったのにゃ」
「アイリサ博士から…?」
休んでいるように、との指示を受けずっと休んでいたハルサ。かなり待ち望んでいたアイリサからの指示だというのにハルサの表情は少しだけ暗かった。恐らく逃げて、生きて帰って来いという内容だろうと予想していた。
「そうなのにゃ。
これはアイリサ、さらにはボク達が所属してる“ギャランティ”からの指令でもあるのにゃ。
……そんなに暗い顔をしないのにゃハルにゃん。
ボク達は友達のエクロレキュールを“保護”するのにゃ。
そして“ギャランティ”に引き渡す、という任務なのにゃ」
「“ギャランティ”に…?」
つまりあのドリル搭載艦を相手取っていいという事でもあり、友人を助けるという事だ。ぱっとハルサの表情が明るくなる。
「そうにゃ。
あの紅雷龍エクロレキュールを保護するのにゃ!
その為にとりあえずこの街を荒らしているあの艦をぶっ壊すのにゃ!」
※ ※ ※
『グンジョウ君。
体調はどうかね?』
「ははは……。
悪くはない、といった所ですよ大佐」
グンジョウはモニターに映った初老の自分の上司に対して笑いかける。
『そうか。
君のご家族は元気に暮らしているよ。
かなりの長期任務だっただろうがもう少しで終わりだ。
頑張ってくれたまえよ。
本来なら増援が到着していなければならなかったんだが…』
「はははは、気にしないでください。
電子機器の不調、及び赤い防御壁に増援が阻まれているのは確認しています。
防御壁を消す為にも持ち込んだ“こいつ”だけで何とかしてみせますよ」
ポンポン、とコックピットの椅子をグンジョウは叩いて見せた。
『頼りにしている。
では幸運を』
「……しかしまぁ、任務とはいえ一ヶ月過ごした街を壊すのは胸が痛むな」
通信が切れ、グンジョウは三枚の分厚い装甲版で覆われた操縦室の殻の中で独り言を吐く。大きさのわりに一人でも簡単に操縦できるように簡略化されたコックピット内部は赤色の光りで満たされており、緑色で表示されている計器が良く見えた。映像技術をふんだんに使いほとんど死角を無くした外部を映す役目を持っている全周囲モニターの先には真っ白の龍が映っており、その龍は口を開き絶え間なく威嚇している。
「それが本当の姿なんだな、エクロレキュール。
大量範囲破壊兵器としての姿がそれなんだな」
人間形態だった時、あんなに尽くしてくれた彼女の本当の姿が“あれ”だ。“大崩壊”時代に作り出された“兵器”は過去に何度も事故で“ドロフスキー”の街を消し飛ばし、大陸に巨大なクレーターを作り出した。その攻撃力を恐れると同時に、企業間紛争において決定打を持たない“AtoZ”は強烈にその破壊力に憧れた。行方知れずとなり、“ドロフスキー”ですら探索を諦めたエクロレキュールを五年もの歳月をかけて探し続け、廃棄されたジオフロントにいることをようやく突き止めた“AtoZ”は今彼女を捕獲し研究することで、企業間紛争で優位に立てる“大崩壊”時代の兵器をもう一度作り出そうとしていた。“大野田重工”の“鋼鉄の天使級”にも匹敵する“兵器”を“AtoZ”は欲しがっているという訳だ。
「ハルサとラプトクィリには悪い事しちまったな。
それにここに住む獣人達にも。
案外住みやすくていい所だったんだがな……」
グンジョウが操る巨大な艦が巻き上げたガラクタの下敷きになって死んだ獣人は大勢いるだろう。獣人に身分を偽っていたとはいえ、温かく接してくれた住民たちの事をふと思い出したが、今更罪悪感など感じなかった。敵地深くに潜入し、目的を達成する。そのために獣人が何人死のうが関係ない。
「これは任務の為だ、グンジョウ。
殺した獣人の数が増えた所で何も変わらないんだ」
彼は首を軽く左右に振って知ったこっちゃないと自分に言い聞かせる。そして自分自身の任務を脳内で反芻し、コックピットの中に貼られた嫁と子供の写真を目を細めてちらりと見る。この任務が成功した暁には彼は“AtoZ”での上級国民としての地位を約束される。教官をしていた時代のように戦場に出ることも無く、平和に暮らすことが出来る。
「エクロレキュール……。
“大崩壊”時代に作られた兵器……。
悪いが捕まえさせてもらうぞ!」
目の前の白い龍が吠える。グンジョウはそっと息を吐き、操縦桿をぐっと握りしめた。
※ ※ ※
「エクロー!!」
ハルサは走ってエクロレキュールの援護をしようと近づく。エクロレキュールはそれに気が付いたのかハルサに向かって天高く吠えた。まるで来るな、と言っているような素振りに一瞬足を止めたハルサだったが構わず近寄ろうとする。
「エクロ!」
エクロレキュールが小さく尻尾を振るとハルサの前に紅い雷がまるで壁のように落ちた。その衝撃は些細なことでは動じないハルサですら思わず危機感から足を止めるぐらいだった。
「なんで…!」
『近寄っちゃダメなのにゃ、ハルにゃん!
そこらじゅうの空気と地面にエネルギーを検知したのにゃ。
おそらくその特別な紅い雷が帯電してるのにゃ!』
遠距離からいつも通り通信での支援に回り、色々と分析しているラプトクィリの鋭い指摘でハルサは足を止める。先ほど雷が落ちた所はよく見ると電気のようなものが走っており、ハルサの行く手を遮っていた。とてもジャンプで飛び越せるような物でもない。
「来るな、ってことっスか!?」
エクロレキュールは何も言わずに再びドリル戦闘艦を睨みつける。エクロレキュールが天高く吠えると、紅い雷がエクロレキュールの体から鋭くドリル搭載型戦闘艦に向かって放たれた。しかし、ドリル搭載型戦闘艦に命中した紅い雷は船体の所々に設けられている丸い突起状に雷が全て吸い取られていく。
『あの突起物……。
エクロの雷を吸い取ってるのにゃ」
「じゃあそれを壊せば……!」
再びエクロの援護をしようと立ち回るハルサだったがエクロレキュールがそうはさせない。
「エクロ!」
『ハルにゃん危ないのにゃ!』
自分の雷がまるで効果がないと分かるや否や彼女は一気にドリル搭載型戦闘艦との距離を詰める。ドリル搭載型戦闘艦の各所からレーザーやミサイルがエクロレキュールへと発射されるが、彼女の分厚い鱗はエネルギーや爆発を通さず、彼女を傷つけることは出来ていなかった。お互いに決定打を与えれない状態を崩したのはエクロレキュールの方だった。彼女はドリル搭載型護衛艦に近寄るとその前腕の爪を思いっきりその装甲に突き立てた。
「何をするつもりなんスか…!?」
前腕の爪がある程度深く突き刺さると彼女は大きく翼を広げる。エクロレキュールは最後にハルサをちらりと見ると、強くその翼を羽ばたかせた。龍の全身を覆っていた紅い雷が形を変え、彼女の翼の先端に集まると六つの幾何学的な模様が浮かび上がる。すると鉄の塊であるドリル搭載型護衛艦とエクロレキュールは同時に宙に浮かび上がった。まるで紐の切れた風船のように一匹と一隻の上昇速度は上がっていく。
『外に追い出すつもりにゃ!
ハルにゃん!追うのにゃ!!』
「エクロ!
待つっス!!
私も貴女の援護を……!」
そんなハルサの悲鳴は当然エクロレキュールに届くはずもなく、一匹と一隻の大きな塊は天井に開いた穴へと突っ込んでいき、直ぐに見えなくなった。
-作られた命、自然の村- Part 18 End
いつもありがとうございます!
引き続き何卒宜しくお願い致します。




