-作られた命、自然の村- Part 16
ハルサとグンジョウの戦闘訓練は朝から夜までずっと続いていた。グンジョウがハルサに教え込めば教え込む程ハルサは持前のセンスであっという間に吸収していく。そのスピードはルフトジウムと同等、もしくは凌駕する程で彼女の成長スピードの速さにはグンジョウもすっかり舌を巻いていた。
初めの二日はグンジョウがハルサを組み伏せることが多くなっていたのだが三日目の半ばを過ぎたころから少しグンジョウが押されるようになり、四日目からは勝負は互角になっていた。そこから更に鍛えに鍛えた一週間でグンジョウはすっかりハルサに押し負けるようになっていた。
「ハルサ。
今日はこの辺で終わりにしよう」
そして本日の訓練もご飯とお昼寝の時間以外全てを訓練に充てていたグンジョウとハルサはすっかり泥塗れになって、グンジョウはくたくたに疲れ切っていた。体のそこら中に擦り傷が出来ており、地味に痛む。
「えー!」
しかしハルサはまだ体力が余っているらしく、グンジョウに対して不満そうに抗議する。
「えー、じゃあない。
攻撃のいなし方を覚えてから体力お化けになりやがって。
時計を見てみろ。
もう夜の二十二時なんだぞ。
朝の六時からこの時間まで付き合ってたら人間は普通くたくたになるんだよ!」
幸運なことにグンジョウがハルサに教え込んでいる新しい戦い方は新たな効果を彼女へと付与していた。それは今までハルサの明確な弱点であったスタミナの消耗を抑えることが出来るという点だ。今までは自らが動き、攻撃を仕掛け、激しく動いていた彼女の戦い方は新たな戦い方をグンジョウから教わった今、敵からの攻撃を大鎌や短刀で流した後隙を見て一撃を叩き込むというものに変化していた。今までの戦法と新しい戦法を交え戦う新しいハルサの戦い方は、あとは経験さえ積めばルフトジウムに追いつくだろう。
「あと一時間!
……ダメっスか?」
グンジョウの腕に縋りついてくるハルサをグンジョウは避け、そのまま家の中に入っていく。
「はは……ダメなものはダメだ。
俺の体力が持たねえよ。
おじさんなんだから、もう少し労わってくれな?」
ハルサはつまらなそうに口を尖らせ、自分の肘や肩についた泥を払う。
「はーいっス……。
じゃあ明日はその分長く出来るってことっス?」
グンジョウはがくっと肩を落とし、自分を見上げてくる小さな狼の視線から逃げるように動く。鬱陶しい奴に対しての態度と少し似てはいたが、煩わしいという気持ちはグンジョウには芽生えていなかった。むしろこの小さな狼の弟子が愛おしくて可愛くて、仕方がなかった。だからこそ今日は彼女に休息を与え、体力の回復に努めさせるのも師匠の役割と捉え、鬼の心で今日は終わりだと言ったのだった。
「そういう訳でもねぇ」
「ちぇー……。
じゃあ私はもう少しイメージトレーニングしてからお風呂とご飯にするっス。
エクロとラプトにそう伝えておいてくれっスよ~!」
「はいよ。
でもイメージトレーニングも十五分だけにしろ。
それ以上すると明日の訓練はお預けにするからな!」
「へへ、分かってるっスよ。
ちゃんと休むっス」
「よし」
グンジョウは適当に返事をして自分の体に染みついた汗の臭いを嗅ぎ、さっさとシャワーを浴びることを決意する。お風呂場に行くために居間を通ると、ラプトクィリがトランプを手にニコニコと彼を出迎えた。
「おやおや、師匠のご帰宅にゃ?」
「なんだラプト。
そこにいたのか……」
「にゃ~。
実はいたのにゃ」
グンジョウはラプトクィリが飲んでいるコーヒーをちらっと見るとシャツをパタパタして体を冷やしながら冷蔵庫を開けた。数多くの合成食品が並ぶ冷蔵庫の奥にしまい込まれた冷えた牛乳を取り出し、棚から取り出したプラスチックのコップに注ぐ。
「訓練の調子はどうなのにゃ?」
居間の椅子に座ってグンジョウはその体を大きく背もたれに預けた。木製の椅子はそれだけでギギッと不愉快な音を立てるが、しっかりとその体を受け止める。冷えた牛乳を一気に飲み干してグンジョウは答える。
「正に驚異的……としか言いようがないな。
俺はもう何百匹と戦闘用獣人を見てきた。
けれど、ここまでのスピードで俺の技術を会得した奴は五本の指に数えるぐらいだ」
もう一杯、牛乳をコップに注ぎグンジョウは込み上げるゲップを堪える。
「やっぱりそうかにゃ。
あの子、ハルにゃんは小さい時から戦闘訓練を積んできたからにゃあ……。
特に戦闘知識の吸収に関して他の戦闘用獣人より早いのは当然なのにゃ」
にゃはは、とラプトクィリは笑いながらトランプの束を混ぜ合わせるとそれを机のど真ん中置く。グンジョウはその束とラプトクィリの顔を交互に見て、少し肩をすくめて見せる。
「そういう物なんだな。
獣人ってのは戦闘に関してはつくづく羨ましいよ」
「人間はもう体をサイバネに換えるしかないからにゃ~」
ラプトクィリはトランプの束から二、三枚カードを引くとグンジョウに問う。
「ババ抜きでもするかにゃ?」
「やらん。
疲れてるんだ」
「ちぇーつまらんのにゃ」
無残に遊びを断られた猫はトランプの束を自分の手元に戻し、それを両手でまた混ぜ合わせる。グンジョウは空っぽになったコップを流し台に放り投げた。コップは見事に水の張ってあるシンクに着水し、水しぶきが散る。
「人間だと半年はかかるこの訓練をたった一週間で会得される俺の気持ちにもなってみろ。
やるせない気持ちになるぜ、全く。
それに俺は今ハルサと戦ってあの時のように簡単に勝てる気がしねぇよ」
大きくため息をつき、グンジョウは天井を見上げた。
「にゃはは、当然なのにゃ。
あのこは戦闘用獣人にゃからグンジョウが勝ったらおかしいのにゃ」
ラプトクィリがトランプの束を再び机の上に置く。
「やらねえって」
グンジョウは気怠そうに右手を振った。ラプトクィリは少しむっとしたような顔をしてグンジョウに語りかける。
「にゃー、違うのにゃ。
ボクがお前を占ってやるのにゃ」
「へぇー?」
少し興味が沸いたのか、天井を見ていたグンジョウは椅子にしっかりと座りなおした。ラプトクィリはにやりと笑いながらトランプの束をグンジョウの近くに寄せる。
「束の中の好きな場所のカードを一枚取るといいのにゃ。
その絵柄と番号でお前のこれから先を占ってやるのにゃ」
「先に言っておくが俺はこういうのは信じないぞ」
「占いは所詮占いなのにゃ。
深いこと考えずに引くといいのにゃ。
そしたら引いた柄は見ないようにしてボクに渡すのにゃ。
悩んだらアウトなのにゃ」
グンジョウはラプトクィリの言葉通りにさらりと手を伸ばして束の真ん中少し上辺りから一枚抜き出し、そのカードの絵柄を見ないようにしてラプトクィリに渡した。
「どれどれ、何かにゃ~?
げっ……」
絵柄を見たラプトクィリの尻尾がぴん上を向いて固まる。
「なんだよ?」
「にゃはは、えーっと……そうだにゃ。
少し不吉なものが出たのにゃ。
今後身の回りに注意するようにするといいかもしれないのにゃ」
グンジョウは、ラプトクィリの持っているカードを奪おうとしたがラプトクィリはそのカードをさっと自分の後ろに隠してしまった。
「ははは、絵柄は教えてくれないのかな?」
「教えたら占いにならないのにゃ」
「それで、占いはそれだけか?
なんかこう、ラッキーアイテムとかないのか?」
「ないにゃ。
ボクは占い師じゃないにゃから」
「なんだよそれ」
ははは、と笑いながらグンジョウは立ち上がるとシャワーを浴びに浴室へ向かおうとする。洗濯が終わってふわふわのタオルを肩にかけた時、彼は振り向いてラプトクィリに一言かけた。
「あ、そうそう。
言い忘れてたんだけど、俺は明後日に旅立とうと思ってる」
「にゃ?
またえらい急だにゃ」
「傷が治ってもなお、長い間お世話になったからな。
けれど、忘れちゃいけない。
俺は人間。
この場所に長くいちゃいけないんだ」
ラプトクィリは少し寂しそうな顔をする。
「にゃー……。
エクロにそう伝えるといいのにゃ。
実はボク達もそろそろこの場所から立ち去ろうと思っていたのにゃ。
だからお互い丁度いいタイミングかもしれないのにゃ。
一緒に途中まで行くかにゃ?」
「それはやめておこうかな。
お互い実は敵かもしれない関係だ。
外に出た瞬間、敵対してお互い潰しあいたく無いしな」
「にゃはは、ごもっともにゃ」
軽く手を振ってグンジョウは浴室へとシャワーを浴びに消える。ぽつんと居間に一人残されたラプトクィリはグンジョウが引いたカードの絵柄をもう一度見た。先ほど見たスペードのエースがくっきりと印字されたカードは当然絵柄が変わるわけもなく同じスペードのエースをラプトクィリに突きつけていた。
「全く、不吉極まりないのにゃ……」
窓の外で小さな狼が鍛錬を積む音がラプトクィリに聞こえてくる。ラプトクィリはカードを再びトランプの束に戻すと、自分の太ももの入れ物に戻した。
「どうかした……です…?」
エクロレキュールが何か飲みに寝室から居間に降りて来た。ラプトクィリは軽く首を振って椅子に座るように促す。
「別に何にもないのにゃ。
所でエクロ、ババ抜きって知ってるかにゃ?」
スペードのエースをグンジョウが引いたことは、ラプトクィリとエクロレキュール二人だけのババ抜きの中ですっかり忘れ去られていった。
-作られた命、自然の村- Part 16 End
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