-作られた命、自然の村- Part 14
「しかし君は一体なんなんだ?」
「……秘密…です…」
「秘密を持つのは人間だけじゃないか。
はは……。
やっぱり教えてはくれないよね?」
お風呂場から響いてくるハルサの悲鳴を聞き流しながらグンジョウは軽く笑いかけて見せる。毎回一人と一匹になったタイミングでグンジョウはエクロレキュールに同じことを尋ねていた。ハルサやラプトクィリは明らかに何をモチーフとして作り出された獣人なのか一目瞭然だったがエクロレキュールは違う。仕事柄獣人と触れることの多い彼は、彼女は一体何をモチーフに作り出された獣人なのか非常に興味があった。
「…………秘密…です…」
これ以上聞かれたくない、という雰囲気を醸し出し、不安げな表情をしながらグンジョウの顔を覗き込んでくるエクロレキュール。彼女の赤と青色の瞳はまるで宝石のように透き通っていて、グンジョウが今まで見てきた欲に塗れた人間や道具として死んだように生きている獣人とも一線を画していた。
他の獣人とも違い、エクロレキュールの存在自体が正に神秘的だった。そんな彼女とこの一ヶ月間毎日接していくうちにグンジョウは自分の好奇心を抑えきれなくなっていた。
「怒らないで聞いてほしいんだけどさ。
えっと、このこともうかれこれ約一ヶ月毎日聞いているけど…。
絶対に話せないようなことなのかな?
なぁ、頼むよ。
こう見えて俺は商売柄口がかなり堅いんだ。
実は気になって夜もしっかり寝れねぇんだ」
約一ヶ月間一緒に生活し、既に仲も深まっていたグンジョウの願いはエクロレキュールからしても拒絶しがたいものだったのだろう。彼女は小さな口をぎゅっと横一本に結び、ためらう様に一度口を開きまた閉じる。そして三十秒程固まるように思考し、口を辿々しく開いた。
「だ、誰にも……言わない……ですか?
もし…誰かに言ったら……知らないですよ…?」
お風呂場からまたハルサの悲鳴が聞こえる。そしてラプトクィリの笑い声が細いエクロレキュールの声を搔き消すように部屋中に響く。グンジョウは手に持っているすっかり氷の溶けてしまった緑茶を一気に飲み干すと、約束するという言葉の代わりに力強く頷く。
「誰にも言わない。
俺の信じる者に誓うよ」
グンジョウは自分の首からぶら下がっているネックレスを握りしめ、それをエクロレキュールに見せた。本物の銀で出来たそのアクセサリーの形は、色んな都市で信じられている有名な宗教の象徴の一つだ。
「分かった……です」
エクロレキュールは窓際に行き、カーテンを閉める。そしてハルサとラプトクィリがはしゃいでいるお風呂場のと廊下をつなぐドアも閉じると誰からも聞こえないような小さな声でグンジョウの近くに寄る。
「そこまで厳重にしなきゃいけないのか?」
「…この街の存在が……一番です…から…」
「け、けど近すぎやしないか!?
ちょ、ちょい!」
ぐんぐんとその顔をグンジョウの耳元に近づけてくるエクロレキュール。顔の近さに年甲斐もなくドキドキしたグンジョウの頬にエクロレキュールの吐息を感じるほどの距離になって、ようやく彼女は自分が何のモチーフの獣人なのかを囁いた。
「ワタクシは…“龍”…です……」
グンジョウの心臓がバクン、と跳ねる。彼はある程度獣人知識を、戦場で共に戦う同僚として最低限備えていた。非常に珍しいがキリンや象、ゴリラといった巨大な生物をモチーフにした獣人が存在しているのは当然知っていた。しかしながら“龍”等という存在しない生物をモチーフにした獣人は初めてだった。
「“龍”だって?」
「そう…です。
それに……厳密に言えばワタクシは…獣人じゃない……です」
耳元から離れていくエクロレキュールの顔をグンジョウはまじまじと見た。真っ白で可憐な彼女の頭から生えている角がその時はいつもと違って禍々しい物に見えた。グンジョウはエクロレキュールの穏やかな性格や色合いからウーパールーパーではないかと予想していたぐらいだ。
「ま、待ってくれ。
………すまない。
俺から聞いておいてこの体たらくだ。
見ての通りかなり動揺している。
まさか“龍”の獣人が存在しているなんて思っても見なくてな」
「当然……です……。
ワタクシだって…自分を…世の中に知らせようとは思わない…です…から……」
龍である証拠をグンジョウに見せるようにエクロレキュールが右手と左手をゆっくりと重ね合わせる。そしてゆっくりと隙間を広げていくと掌と掌の間に小さいが本物の紅い稲妻が走った。小さいが雷鳴のようなものも聞こえ、部屋の電気が三度瞬き、消える。稲妻を生み出している彼女の角も同時に雷と同じ幾何学的な模様が浮かび上がり、合計六本の角全体が薄っすらと赤く光る。
「まさかそんなこと……。
自然を作り出すことができるのか?」
エクロレキュールの瞳にもくっきりとした模様が浮かび上がり、いつものおっとりとした彼女とはまるで違う側面が現れる。掌と掌の隙間に大自然が丸ごと入っているかのような威圧感と気配は一瞬でその部屋の空気を変えてしまっていた。そしてその威圧感はグンジョウに好奇心を抱かせたことを後悔させた。
「も、もういい!
もういい!
俺が悪かった、すまない!!
もうやめてくれ!!!」
「ん…」
エクロレキュールはそのまままた掌をこすり合わせて稲妻を掻き消すと目を瞑って小さくふぅ、と息を吐いた。キラキラと光っていた角の発光が消え、それと対照的に消えていた電気が再び点き、再び部屋の中はいつもと変わらない姿に戻る。
「大きな声を出してすまない……。
しかし、驚いた……。
この俺ですら驚いて動けなかった……」
いつの間にか大量に出ていた冷や汗を拭い、グンジョウは大きく息を吐いて呼吸を整える。
「ハルサには少し教えているです……。
けど…ラプトには内緒……です。
不安がらせるだけ…です……から……」
「ああ、もちろん理解している。
しかし、また何故君のような存在が……?」
エクロレキュールは先程まで自分が座っていた椅子にちょこんと座りなおし窓の外をちらりと見る。そしてお風呂場でまだはしゃいでいる二匹の声に耳を澄ませ、まだ二匹が出てこないことを確認するとグンジョウにゆっくりと自分の事を話し始めた。
「ワタクシは……いつ自分が産まれたのかも知らない…です…。
ワタクシ…が…目が覚めたのは…檻の中…です…から……。
あまりに……も“そこ”が…嫌だった…ですから…。
ワタクシは“逃げた”……です……」
「逃げた?」
「です……」
グンジョウの眉がピクリと動く。冷静になって回り始めた彼の頭脳内部には紅い稲妻に対して思い当たることが少しあった。今から三十年ほど前の話。最新の歴史の教科書に書かれていてもおかしくないような昔の話だ。
「一応念の為に聞くがまさか君の産まれた所って…」
もし、歴史の教科書に載るような出来事を引き起こしたのが彼女なのだとしたら大企業達は彼女の力を欲しがるだろう。その力を手に入れるためにこの街全てを灰に化しても構わないと思うに違いない。
「分からない……です……。
ただ……灰色の変なマークがあちこちにあった……です…」
“大野田重工”をも凌ぐ規模の大きさを誇る現在第一位の大企業“ドロフスキー”は世界中で戦争を引き起こし自らの領土を拡張することを是としている。もし彼女がそこで作り出されたのなら、彼女は“ドロフスキー”の持つ最高機密の塊だ。
「“ドロフスキー”の支配地域。
君はそこで産まれたんだな」
「細かいことは…わからない……です……」
ここから先は本当に話したくないのだろう。エクロレキュールとの間に高い壁のようなものを感じ、グンジョウは言葉を繋ぐことを躊躇い、そして黙りこくる。一人と一匹の会話はそれからハルサ達がお風呂から出てくるまで一言も発せられることはなかった。
-作られた命、自然の村- Part 14 End
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