-作られた命、自然の村- Part 13
「前提として直感的にお前は動きすぎる。
戦いで勝つには相手の先手、さらにその先手を読むのが大切だ」
エクロレキュールとラプトクィリが作ったお肉たっぷり栄養満点のお昼ご飯を食べ、お腹がいっぱいになった一人と一匹は裏庭に集合していた。グンジョウに組み伏せられたという事実は少しハルサのグンジョウに対する態度を軟化させることに成功しており、小さな狼の眉間の皺はすっかりなくなっていた。今までグンジョウと会う事すら避けていたハルサは、今はしっかりと学ぶ意志を持ってグンジョウの前に立っている。
「先手…っスか…」
ハルサは先ほど自分がぶちのめされたときに地面についた跡をしげしげと眺める。グンジョウはまずハルサの弱点を適格に指摘していく。凛としたその姿は間違いなく兵士を育ててきた歴戦の猛者だ。
「そうだ。
その直感的な動きを作り出している原因ははっきりしている。
当然お前は理解しているだろう。
お前の弱点として最も大きいのが持久力――要するにスタミナだ。
スタミナが無いが故に勝負を早く終わらせたい気持ちが湧き上がる。
それが焦りとなり、経験値を積んでいる相手にはそれが透けて見える」
ハルサは自分の今までの戦いを思い出してみる。ルフトジウム以外の戦いでは何とか勝利を収めていたが、いざルフトジウムとの戦いとなると一勝四敗。しかも初めの一勝は運よく先手でルフトジウムの機動力を奪うことが出来ただけで、実質全てにおいて負けている。
「ルフトジウムは間違いなく俺が育て上げた中でも最高傑作の一匹だ。
あいつは冷静にその場を見極め、最適解を導き出すことが出来る。
欠点といえば……まあ、頭に血が昇りやすいのが欠点だがな。
アイツも君と同じく特注の戦闘用獣人で自分の意志でリミッターを外すことも出来る。
スタミナもほぼ無尽蔵で、まずお前が正面から殴りあっても勝てることはない。
戦闘スタイルとしては力づくで相手をねじ伏せる。
正に“剛”の戦い方をするって訳だ」
ハルサは一度頷くと次のグンジョウの言葉を待つ。彼の放つ言葉は妙に説得力があった。強くなろうと通っていた“ギャランティ”の訓練所の教官も、自分に技術を教えてくれたカズタカもここまで親身になってはくれなかった。
「先人達はこんな言葉を残している。
“柔らかい物は剛を制す”…だったかな?
はは……たしかそうだったはず。
まあいいこの言葉通り今から色々教え込んでやる」
「難しそうっス……」
「ははは……大丈夫さ。
君も特注の戦闘用獣人だろう?
ルフトジウムと比べても謙遜無いセンスを持っている。
俺は君に全てを教えるつもりだよ。
さて、説明するよりも慣れたほうが早いな。
試しに一発打ってきなさい」
グンジョウはハルサにパンチを一発打たせ、それを軽く右に躱す。そのままハルサの伸びた右腕を掴み、ぐいっと引っ張ってハルサの体勢を軽く崩して見せた。
「理解できたか?
こういうことだ。
相手の勢いを借りて、相手の攻撃を防御する。
……あとはやって慣れるだけだ。
よし、いくぞ!」
※ ※ ※
「いてて……。
もう少し手加減して欲しいっス……」
シャワーから勢いよく出るお湯はハルサのきめ細かな肌に当たって砕け、重力に従って体を伝う。その水滴は浴室にある裸電球の光に当たってキラッと輝き、ハルサの細く、力を入れれば簡単に折れてしまいそうな体をより際立たせていた。
「にゃ〜……。
でもそれで強くなれるならいいと思うのにゃ」
先にお湯に浸かっているラプトクィリは浴槽にだらんとその身を預け、ハルサの愚痴に対して思ったことを素直に述べる。
「よくないっスよ!!
べちんってやられて地面にびたーんってされて!
ただただ痛いだけっス!」
「そりゃ修行?鍛錬?なんだから痛いのは当たり前なのにゃ♪
ハルにゃんも途中でやめようとしなかったのにゃ♪」
「うぅ……正論言いやがって……」
グンジョウと鍛錬を積んだその日の夜、鍛錬の影響で傷だらけになったハルサとラプトクィリはいつも通り一緒にお風呂に入っていた。エクロレキュール家のお風呂はそこそこ大きく、更に和風な作りになっており、二匹はこの時間が何よりも楽しみだった。シャワーで体を流し終えたハルサもお湯に浸かるため浴槽に片足を入れる。傷に真水のお湯が沁みてハルサはいててて、とボヤきつつゆっくりと全身をお湯に浸した。
「にゃ~♪
このお風呂システムだけは大野田重工をリスペクトするのにゃ~……」
ラプトクィリは猫の獣人にも関わらず大野田重工流のお風呂にすっかり馴染んでしまった。いつも被っているシルクハットの下の機械で出来たケモミミも錆びるから、という理由で外しているラプトクィリはいつもと比べて心なしか一回り小さく見える。二匹は重なり合うような姿勢でいつも湯船に身を預けている。体温より少し高めのお湯はその熱気で二匹の頬を既に少し赤く染めていた。
「でもハルにゃん少し嬉しそうなのにゃ」
「はぁ?」
ハルサはお湯の中の自分の体に刻まれた擦り傷を数えていたが、ラプトクィリの一言で途中で顔を上げて首を傾げる。不愉快そうにハルサの尻尾が揺れ、ラプトクィリはその尻尾を掴んだ。
「どういう意味っスかそれ。
尻尾掴むなっス」
「そのままの意味なのにゃ~♪」
「意味わかんないっスよ。
尻尾掴むなっス」
ハルサは黙りこくると尻尾をゆらりと振りながら自分の膝を抱える。ラプトクィリは鼻歌を歌いながらハルサの水で濡れて小さくなった三本の尻尾を掴む。
「正直、嬉しいのにゃ?
あんなに自分を教えてくれる人が出来て」
「……あんまり認めたくはないっスけどね。
でも…やっぱり私は戦闘用獣人っスから。
強くなれるなら努力もするし、我慢も出来るっス。
それが結果的に姉様やラプト、今のご主人を守ることに繋がるならいくらでもするっスよ」
ラプトクィリは天井を見て目を瞑る。
「にゃ~……。
ツカにゃんの育て方がよかったのかにゃぁ……。
いい子に育ったのにゃ。
ボク、感激にゃ。
グンジョウの事あんなに嫌ってたのににゃあ~…。
最後の方なんてむしろ仲が良すぎるんじゃないかって思うぐらいだったのにゃ」
鍛錬の初めの時こそ何かと食って掛かり、グンジョウに噛みつきまくっていたハルサだったが鍛錬が終わる頃にはすっかり一人と一匹は打ち解け、まるで何年も共に修行をしているようにも見えたらしい。エクロレキュールとラプトは丁寧にその時の姿を写真に撮っていた。
「私もガキじゃないっスから。
認めなきゃいけない所は認めて、技術を吸収しないとな~……って思ったんスよ。
それに…」
ハルサの前髪からぽたりと水滴が落ちて水面に小さな波紋を作る。
「それに?」
ラプトクィリはすかさず聞き返す。ハルサは少し戸惑い、いうかどうか迷ったようなそぶりをしていたが思い切って口を開く。
「それに、ち、ちゃんと話して……みたら……。
あ、案外……悪いやつでもなかった……っス……」
「にゃはははは!
ほら、エクロが言った通りだったのにゃ」
大声で笑うラプトクィリの方を慌ててハルサは向くと照れからなのかお湯からなのか分からないが赤い顔をして首を振りながら訂正する。
「少し!
少しっスよ!
……少しだけ、人間に対する認識を変えたっスよ。
人間にもいい奴はいるんスね」
ハルサはまた元の姿勢に戻り、ラプトクィリに体を預ける。ふさふさとした尻尾がラプトクィリのお腹を擽り、ハルサの耳がラプトクィリの喉元でぴくぴくと動く。
「ハルにゃん、そりゃそうなのにゃ。
ボクやエクロが言っていたのは“それ”なのにゃ。
人間だけでなく獣人にも悪さをする奴は沢山いるのにゃ。
良い奴も悪い奴も沢山いるのにゃ。
ただ良い奴は悪い奴と比べてフォーカスされないのにゃ~。
だから相対的に悪い奴ばかりっていう認識になるのは仕方のないことなのにゃ。
でもその偏見にハルにゃんは気が付いたのにゃ。
それだけで“下層部”に住む獣人よりはマシになったのにゃ」
“下層部”という単語を聞いてハルサが身をこわばらせる。
「“下層部”での生活はもう思い出したくもないっスよ。
生き物が生き物として生きていけない……あんな場所は」
ハルサは目を瞑ってかすかにあの時の事を思い出す。都市全ての悪意という膿がそこに溜まっているといっても過言でもない場所。クズ底という言葉に相応しいあの場所で彼女は姉と何年も暮らした。
「そんな所で暮らしていたのに今はこんなにいい子に……!
ボク、感激が止まらないにゃ」
ハルサは浴槽から立ち上がると感激しているラプトクィリにお願いする。
「感激してるところ申し訳ないっスけどそろそろ尻尾洗ってくれっス~!」
「ほいほい、待ってたのにゃ!」
ハルサの尻尾は少しでも石鹸をつけるとものすごく泡立つ。ラプトクィリはそれを洗うのが何気に気に入っており、ハルサとしても自分で洗い残すよりは洗ってもらった方が楽なためいつも任していた。
「でもそろそろ自分で洗えるようにならないとダメなのにゃ」
湯船から出たハルサの体はあっという間に泡だらけになる。
「分かってるっスよ~。
でも甘えれるうちは甘えておこうっていう算段っス。
あ、いててて…沁みるっス~…。
もう少し優しくしてくれっスよ~!!」
「にゃははは、すでにボクは最大限に優しいのにゃ。
明日も頑張るのにゃ、ハルにゃん」
「グンジョウ~!
明日は私が勝つっス!!
いてて……。
ラプト~!
もう少し優しくしてくれっスよ~!」
-作られた命、自然の村- Part 13 End
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