-作られた命、自然の村- Part 12
「ハルにゃん!!
ハルにゃーん!!!」
「もー……なんスか……?」
街で手に入れたシャツを着て汗だらだらになりながら長めの棒を振り回して鍛錬を積んでいたハルサの元にラプトクィリがダッシュでやってきた。めんどくさそうにハルサは棒を横に置き、汗だくの体をタオルで拭きつつやってきたラプトクィリを横目に大量の麦茶をごくごくと飲む。
「ハルにゃん!
グンジョウの事にゃけど!!」
「はあ、なんスか?
グンジョウの部屋にゴキブリかなんか出てきたんスか?」
明らかに不愉快な表情を隠そうともせず、ハルサは麦茶を一度息継ぎしてまた飲み始める。
「違うのにゃ!
グンジョウ!
アイツ、ルフトジウムの師匠だったのにゃ!」
「ぶっ!
ゴホッゴホッゴホッ!
へ!?
ゴホッ!
えぇっ!?」
あまりにも衝撃的な内容に麦茶が器官に入ったハルサは思いっきり咳き込んだ。そこから更に畳みかける様に
「ハルにゃん!
これはチャンスにゃ!
上手いこと行けばルフトジウムの手の内が読めるようになるのにゃ~!」
目をキラキラと輝かせてラプトクィリはハルサの肩を揺する。
「そうっスけど!
うおお、私を揺するなっス~!
落ち着けっスラプト~!」
残り少なくなった麦茶がコップからこぼれ落ち、地面に小さなシミを作る。そのシミの上を歩いて、一人の男がゆっくりと近づいてくる。ハルサはその足音を聞きつけるとラプトクィリを無理やり振り払い、そっちの方を向く。
「おお……。
ラプトクィリが俺の話を聞いて走って行ったからどういうことかと思ったら……。
そういう事か」
「ゴホゴホ……。
な、何用っスか…」
咽ている胸をどんどんと叩きながらハルサは涙目でグンジョウを睨みつけた。グンジョウはゆっくりとハルサに近づき、何のつもりか右手を差し出す。しかしハルサはその手を握ることなく、グンジョウから距離をとるように二歩、後ろに下がった。
「はは……。
そこまで嫌わなくてもいいじゃないか。
俺はただ助けてくれたお礼をしたいだけなんだよ。
ハルサ、君をルフトジウムにも勝てるようにしてあげたい。
色々と話は聞いているんだ」
少し悲しそうな顔をしてグンジョウは差し出した右手を引っ込めず、ただハルサの顔色を窺った。ハルサはじろじろと見られている事を少し気まずく思ったのか、グンジョウの視線の先から逃げるように右へ左へゆらゆらと小さく体を揺らす。
「……………」
「本当さ。
俺はただお礼を――」
続けて話そうとするグンジョウのセリフをハルサは途中で遮る。
「なんのつもりっスか?
私に気に入られようとしてるつもりっスか?
私からしたらただの人間のあんたがルフトジウムの師匠だなんて信じられないっス。
実際に証拠はあるんスか?」
グンジョウの実力を訝しむハルサだったが、疑われている当のグンジョウは涼しい顔だ。そして涼しい顔のままでとんでもないことを口にしたのだった。
「証拠…か。
そうだな……。
ハルサ、俺と戦ってみるってのはどうだ?」
「にゃ!?!?」
その言葉を聞いて一番驚いたのは一瞬言っている意味を理解できなかったハルサだ。彼女は二秒ほど目を開いて固まっていたが、もう一度グンジョウが言った言葉を自分の中で整理して理解する。
「へーぇ……?
それ面白いじゃないっスか」
小さい狼は目を細めてにやりと笑って見せた。
「ダメダメダメ!!
グンジョウ、何を考えているのにゃ!?
ハルにゃんは戦闘用獣人だって言ってるのにゃ!」
やる気になったハルサとグンジョウの間にラプトクィリが割って入る。しかしハルサはそのラプトクィリをぐいっと押しのけると口を開いてグンジョウを指さした。
「ラプト、下がってろっスよ。
これはこいつが言い出した事っスから。
別に死んでしまっても私を恨まないんスよね?」
「はは……死ぬのは嫌だなぁ。
けれど出来れば死なない方向で頼むよ」
グンジョウは腕まくりするとハルサに裏の庭に来るように指示した。
※ ※ ※
「ラプト……止めたほうが…」
「エクロ、あれはもうどうしようもないのにゃ。
ハルにゃんを止めるには戦闘用獣人、それもルフトジウムレベルの戦闘用獣人が必要なのにゃ」
エクロレキュールは肩を落とし、小さく首を振る。
「えー……。
思うに……二人とも……バカ……です…」
「バカにゃ…」
エクロレキュールの家の裏にある広い空き地。そこに一人と一匹が立っていた。一人と一匹は動きやすい身軽な服を身にまとっていて、武器としてプラスチックで出来た短刀を模した物を持っている。
「ふーん、実物と比べて随分と軽いっスね。
まぁ、最も私の獲物は大鎌なんスけど。
もしあれを引っ張り出したら本当に殺しちゃうっスから」
「大鎌を模した棒とか持っててもいいぞ?
大鎌が無いと勝てないっていうならだけどな」
グンジョウは短刀をくるくると回してハルサにそう言う。にやにやと笑っていたハルサの顔から笑顔が消え、その瞳孔がすっと細くなる。
「――ただの人間が。
お祈りはしたっスか?
無様に負けて地面に頭を擦りつけて謝る準備は出来たっスか?」
「はは……手厳しいな。
手加減してくれよ?
さて……いくぞ」
グンジョウはじりじりと動き始める。ハルサはグンジョウがルフトジウムの師匠であるという前提条件を聞いていたので無意識下で彼に対して苦手意識が産まれていた。そして基本的に体力のないハルサにとって勝負は初めの五分に集約される。それ以上戦うのは例え人間相手でも分が悪い。その事を分かっているからこそ、まず初めに動き出したのはハルサだった。
ハルサの鋭い突きがグンジョウを襲う。グンジョウはそれをいとも容易く躱すと、ハルサの伸び切った右腕を左手で掴もうとする。しかしその動きをハルサははじめから予想していた。伸ばされたグンジョウの左腕をハルサはもう片方の手で掴み、伸び切ったグンジョウの腕をすかさず膝で骨を砕こうとする。
「まず一本目っス!」
しかし次の瞬間ハルサの小さな体は宙を舞っていた。グンジョウが唯一地面についているハルサの右足を勢いよく足で払ったのだ。
「そう来るだろうと思ってたよ!」
地面に倒れ込む前にハルサはグンジョウの手を離し、地面に両手をついて体を制御しようとする。しかしそれよりも更に早く空中にいて動きを取ることのできないハルサの体をグンジョウが蹴り飛ばしていた。
「――ッ!」
その機敏な動き、判断能力、戦闘スタイル全ては間違いなくルフトジウムと同じものだ。あまり後先考えず行動するハルサは今までそのスピードと咄嗟の判断のみで戦いを凌いできた。ハルサのような特注の戦闘用獣人から繰り出される攻撃のスピードは一般人や一般戦闘用獣人にはとてもついていけるものではなく、ただただハルサは勝って当たり前の喧嘩に勝っていただけだ。だからこそルフトジウムのような特別な戦闘用獣人相手には敗北を喫する。鳩尾を蹴られたことで込み上げる吐き気を抑え、何とか体勢を整えるハルサに対してグンジョウは指を三度折って見せる。
「そんなもんか?」
「ま、まだまだっス!」
今度は先手を取ったのはグンジョウだ。ダメージを負って少し動きの鈍くなったハルサに対して一気に距離を詰める。グンジョウの放つ短刀はハルサの喉元を狙っており、それを防ぐためにハルサも短刀を縦に構えて受け止める。プラスチック同士がぶつかる何とも気の抜けた音が三度響くとこの攻撃は通らないと判断したグンジョウは短刀をハルサに向かって投げつけた。
「なん…!?」
迫りくる短刀を払うため一手余分に使わされたハルサの視界が己の腕で一瞬遮られる。わずかなその一瞬をグンジョウは逃がさなかった。グンジョウの鋭い拳がハルサの顔面を狙って繰り出されていた。その拳を防ごうと短刀を持っていないほうの腕を垂直に構える。
「おいおい。
条件反射だけじゃ、俺には到底勝てないぞ」
「うるせえっス!」
グンジョウの繰り出す一撃を何とか躱そうとするハルサだったが、垂直に構えた腕に当たる直前でグンジョウはハルサの腕をがっちりと掴んだ。
「!?」
まさか掴まれるとは予想していなかったハルサは当然その腕を振り解くために後ろに下がろうとする。しかし、その時の勢いを借りてグンジョウは思いっきりハルサを後ろへと押すと同時にその軸足に対して蹴りを入れていた。いとも簡単に体勢が崩れハルサは次の瞬間には地面に倒れこむ。そして倒れこんだハルサの顔面めがけてグンジョウは次のパンチを放っていた。それを防ぐ手立ては既にハルサにはなく、思わず目を瞑ってしまう。しかし、拳が顔面にぶつかる衝撃は無かった。
「え……っと…?」
ゆっくりと目を開けたハルサの顔面スレスレの所でグンジョウはその拳を止めていた。
「な、なんで止めたんスか…」
「女の子の顔を殴るのは趣味じゃなくてね。
それに俺が勝ったからな」
ハルサははぁ?という表情を浮かべる。立ち上がろうとするハルサに対してグンジョウは手を差し伸べた。
「お前、師匠は誰だ?
体に染み付いてる動きは対人マニュアルに殆ど準じた動きだ。
それじゃルールのない傭兵の俺達には敵わない」
「……私の師匠はカズタカって奴っスよ」
ハルサは上体を起こし、自分の肘に着いた土を払う。
「カズタカ…聞いたことあるな。
“大野田重工”の戦闘チーム指揮課長…?だったか?」
「細かいことはわかんないっス。
でもつい最近死んだみたいっスけどね」
ハルサはグンジョウの差し出した手を一瞬躊躇いつつも握る。
「安心しろ。
俺がお前をルフトジウムに勝てるぐらいにまで鍛えてやる」
「……次は負けないっスから」
一人と一匹の戦いを固唾を飲んで見守っていた二匹はお互い目を合わせる。
「……グンジョウが…勝った……?」
「本当に強いのにゃあいつ……」
-作られた命、自然の村- Part 12 End
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