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-作られた命、自然の村- Part 11

「そう…だったんです……ね…」


 エクロレキュールはハルサが話した人間嫌いの理由を何とか噛み砕いて呑み込んだ。反論したい事もエクロレキュールには沢山あったが、ハルサはハルサなりに多くを語ったつもりで、その表情は過去に姉が、自分自身が受けた状況を強くエクロレキュールに伝えていた。

 当然重い話をした代償に二匹の間をしばらく沈黙が支配し、話すのが得意ではないエクロレキュールも流石に気を使って何か話題を振ろうとしたら先にハルサが口を開いた。


「……エクロは人間が好きなんスね。

 そんなに信じられるなんて逆に羨ましいっスよ。

 それになんであの人間を助けるなんて言ったんスか?」


「命は大事……です…。

 それにこの村に血を流したくなかった…です…から……」


 エクロレキュールは目を細め、胸に手を当てる。小さな胸の膨らみの奥底に何を考え、何を秘めているのかハルサには読み取ることが出来なかったが彼女には彼女なりの理由があって人間を助けたいと思っている。それだけは伝わってきた。


「そういうもんスか」


自分とは真逆の考えを持つエクロレキュールに対して、否定も肯定もせずただただぼんやりと場を流すハルサ。当たり障りの無い返事は二匹の間に元々あった穏やかな、喧嘩する前の空気を呼び戻してくれた。エクロレキュールは膝を軽く叩いて立ち上がる。


「さて、そろそろ…戻る……です…。

 起きた人間の事も…あるです…から…」


自分の過去を友人に語ったハルサはどこかさっぱりとした表情をしていた。


「…そうっスね。

 万が一暴れたりしないように私がアイツを見張るっス」


「大丈夫…たぶん……です……」




     ※     ※     ※




「君達、助けてくれて本当にありがとう」


 男は敬礼して、そのあとにハルサとエクロレキュールに思いっきり頭を下げた。いきなりの行動にドアから入ったばかりの二匹は状況を飲み込めずに固まる。


「え、えっと…?」


エクロレキュールが戸惑った声を上げると部屋の奥に座っていたラプトクィリが持っていた端末をベッドの上に置いて口火を切った。


「にゃははは、おかえりにゃ。

 こいつにここまであった事の詳細は話しておいたのにゃ。

 いや、これがまた話してみるとこいつ存外悪いやつじゃないのにゃ」


 ラプトクィリが尻尾を振り、いたずらな表情を浮かべながら男を指で突く。男は少し困ったように笑った。


「はは……」


「悪いやつとか違うとかどうでもいいっスよ。

 それで?

 どうするつもりなんスか?」


ハルサは近くにあった椅子をずりずりと引っ張り、壁を背もたれにして座る。ラフトクィリはそのままハルサの問いを目線でエクロレキュールに送ると、彼女はおどおどとではあるが二匹に提案した。


「傷が…治るまでここに…いてもらう……です。

 そして傷が治ったら……出て行って貰えばいい……です」


「それが一番の落としどころにゃ~」


ラプトクィリはそういうとステッキの中から大事そうに缶緑茶を出してパコッと蓋を開けた。


「落としどころ……。

 まぁ、そうっスか」


ハルサは椅子を前後に揺らし、壁に立てかけてあるアメミットに手を伸ばす。


「不満にゃ?」


「別にそういうわけじゃないっスけど……」


アメミットについている深く大きな傷を撫で、ルフトジウムとの戦いに思いを馳せていたハルサは男からの視線を感じ、顔をぱっと上げた。その動きにびっくりした男は慌てて顔を横に向ける。再び静かになった部屋の中にラプトクィリが飲む緑茶の匂いが満ちていく。


「あ、あの……。

 な、名前は……。

 名前は…なんですか…?」


エクロレキュールが男にそう尋ねたタイミングで、緑茶を飲み終えたラプトクィリが思い出したように立ち上がる。掌を上に向けてまるでマジシャンがショーの途中で客に向かってやるようにお辞儀をして見せた。


「そういえば自己紹介もしてなかったのにゃ!

 めっちゃ話したのに!

 にゃはは、ボクとしたことが……。

 ボクはラプトクィリにゃ。

 そして、こっちの白い角が生えてる方がエクロレキュールにゃ」


「よろしく…です…」


小さくエクロレキュールはお辞儀をする。


「そんでこのちっこい狼がハルサっていうにゃ。

 不愛想にゃけど……」


「……………」


「ハルにゃん。

 挨拶は大事にゃ」


 ハルサは無言でアメミットを壁にもう一度立てかけると観念したように肩の力を抜き、男に向かって会釈した。次に三匹の視線が男に注がれる。男はベッドの上で深く、深くお辞儀をして


「えーっと……。

 俺はまあ招かれざる客…だよな。

 はは……。

 そのーなんだ。

 君たちに迷惑をかけて本当にすまない。

 そしてもう一度言わせてほしい。

 助けてくれて、本当にありがとう。

 俺の名前は…シマオカ・グンジョウだ。

 “AtoZ”に雇われて働いてる、所謂傭兵って奴だ。

 傷が治ったらすぐに出ていく。

 少しの間だが、どうか宜しく頼む」


「宜しくにゃ」


「宜しく……です……」


「…………」


ハルサは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていたがラプトクィリがそんなハルサのおでこにデコピンする。


「痛い!」


「ハルにゃん、いい加減にするのにゃ。

 人間嫌いは分かるにゃけど、こいつはとりあえず敵じゃないのにゃ。

 だからそんなに警戒しなくても大丈夫なのにゃ」


「ハルサ……」


二匹がずっと人間嫌いについて責めてくるのでいよいよハルサも観念した。


「もー……。

 分かったっスよ~~!!

 ラプトもエクロもうるさいっス~!!」


「はは……。

 君たちは仲がいいんだね」


グンジョウはそんな三匹のやり取りを見て微笑ましく思ったのかニコニコとしている。


「一応は仕事仲間にゃからね~。

 ボク達もあんたと同じにゃ。

 同業者同士、仲良くするのにゃ~!

 ああ、それと、これ。

 頭につけるのにゃ」


ラプトクィリはそういうと鞄からカチューシャにケモミミが付いたものを取り出した。


「な、なんだいこれは?」


「見てわかる通り獣の耳にゃ。

 ここは獣人しかいないにゃから、もし人間がいたらみんな大騒ぎになるのにゃ。

 匂いとかは…まあボクたちと同じものを食べていたらすぐに収まるのにゃ」


 グンジョウは目を白黒させ、そのままラプトクィリの勢いに押し切られる形で頭の上にネズミのような大きな耳が付いたカチューシャを乗せる。余りにも似合わな過ぎて思わずハルサは笑ってしまった。


「あほみたいっス!

 ここまで似合わないのは初めて見たっス!」


「はは……これは……参ったね」


「に、似合ってる…ですよ…?」


「にゃ~」




    ※    ※    ※




 三匹が想像していたよりも早くグンジョウは順調に回復していった。五度目の夜を迎える頃には彼は杖が必要なものの立ち上がることが出来るようになり、二週間後にはエクロレキュールの家事や買い出し、更に戦闘力がまるでないラプトクィリにお願いされて簡単ながら銃の扱い方を教えるようにまでなっていた。

 当然街に買い出しに行くときはケモミミカチューシャを付けてだが。人間がいるとバレたらこの理想郷は一瞬で恐怖に包まれてしまう。その事をグンジョウ自身もよく理解しているみたいで、彼も迂闊な動きは一切しなかった。グンジョウが来ていつの間にか三週間もの月日が流れていた。エクロレキュール、ラプトクィリはグンジョウとかなり仲良くなっていたがハルサはまだ一線を引いているみたいで彼と出来るだけ会うのは避けていた。

 ある日、ラプトクィリがルフトジウムとハルサの戦いを分析していた所、洗濯物の山を運んでいるグンジョウがそれを見てしまった。


「ハルサの動き、かなりの物だな。

 だが粗削りだ。

 それにこの相手……」


「知ってるのにゃ?」


「ああ。

 こいつ、ルフトジウムだろ。

 俺の元教え子だな」






                -作られた命、自然の村- Part 11 End

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