-作られた命、自然の村- Part 10
「聞いても別に面白くないっスよ。
それに聞いてどうするつもりなんスか?」
不機嫌そうに尻尾を振りながらハルサはエクロレキュールから目を逸らす。エクロレキュールは変わらずハルサの横顔を見つめ続け、根負けしたハルサはエクロレキュールを正面から見据えて観念して口を開いた。
「……姉様と私は元々捨てられた存在だったんスよ、エクロ」
「どう……いう……?」
意味が分からずエクロレキュールは首を傾げる。さらりとした白い髪の毛が首の動きに合わせて揺れ、長いまつげを蓄えた瞼がぱちりと瞬きをする。その優雅な動きに思わずドキッとしたハルサはまた目を逸らし、お尻を動かして少しエクロレキュールとの距離をとる。
「その様子だとマキミ博士の事は知ってるんスよね?
一応言っておくとマキミ博士は私達の二番目のご主人様っス。
私が人間嫌いになったのは、一番初めのご主人…。
そいつが全ての元凶っスよ」
ハルサはモノクルを外してため息をつく。モノクルのレンズに映るのは自分の違う色の瞳だ。そこに映っている自分の違う色の瞳はハルサの身体に刻み込まれた“元凶”をいつも彼女に思い出させる。
「……忘れもしないっス。
そいつの名前はヤマナカ・シュウセイ。
私と姉様を作り出した張本人っス」
「シュウセイ……」
ハルサの脳裏に浮かぶのは肥えた体をした一人の男。美男の真逆。何とも醜く、大きないぼが鼻の横についていて、目は垂れ下がっておりダボダボの脂肪が頬から垂れ下がっている。その肉体には贅肉がこれでもかというほどにくっついており、歩くときは常に機械の補助が無いとまっすぐに歩けない程だ。アイツの脂が乗った笑い方はまだ幼かったハルサの耳にこびりついて離れない。
「前に話したと思うんスけど、姉様も私も純粋な戦闘用獣人っス。
戦ってなんぼの、いわゆる武器っスよ。
そんな私達をあいつは愛玩動物として産み出したんス」
「愛玩…?」
知らない、というように首を傾げたエクロレキュールにハルサは小さく補足説明をする。
「いわゆるペットってことっス。
まぁペットの方がマシだったかもしれないっスけど…」
ポツポツとハルサはまずツカサの事を話し始める。
大野田重工の幹部の一員でもあるシュウセイは工場に沢山の注文を付け、付加価値を付けたツカサの肉体は四足歩行戦車三台分にまで跳ね上がり、大野田重工に存在している戦闘用獣人の中でもトップクラスの性能を持ったオンリーワンの“おもちゃ”として完成した。完成したツカサは大層シュウセイのお気に召したのだろう。そしてツカサは“彼”が一番愛したペットとして約十年可愛がられることになる。もっとも、お気に入りだった割にその時には『ツカサ』という可愛らしい雅な名前は無く「おい」とか「お前」とか「十八番」といった名前で呼ばれていたのだが。
「それがハルサが人間嫌いの理由?」
「結論を急ぐっスね……。
まだ話してる途中じゃないっスか…。
……ここら辺は姉様から聞いた話も混じってはいるんスけどね」
そしてツカサが“可愛がられて”十二歳ぐらいになった時、シュウセイは少し遺伝子のレシピを変えツカサの妹としてハルサを発注した。ツカサやハルサを特別料金を支払ってまで“作り出した”彼は、二匹を初めの数年こそ可愛がって育てていた。少なくともハルサにはそう見えていた。
高い金を払って作り出した“おもちゃ”としてツカサもハルサも彼にとっては満足の出来だっただろう。二匹は食べ物にも着るものにも不便なく日々を平和に過ごしていた。しかし暗雲はその時から立ち込めていた。
ハルサが五歳を迎える同じ時期に同じように“おもちゃ”として作り出された他の獣人達は沢山いたのだが、日々を暮らしていくにつれ馴染みのある顔は直ぐにいなくなり、代わりに新しい子が補充されるようになる。そんな新しい子もツカサが顔を覚える前に消えていく。
「消えた…?」
ハルサはこくりと頷き、口の隙間から汚らわしいものを吐き出すようにして声を絞りだす。
「アイツは…最悪の人間だったんス」
「どういうこと…です…?」
「私が五歳を迎えたぐらいだったっスかね……。
ある日私はあいつから暴力を振るわれるようになったんスよ。
何がきっかけだったのかは分からないっス。
当然私は意味も分からず姉様に泣きついたっス。
次の日、私は暴力は何かの間違いだと信じたくてまたシュウセイの部屋に行ったんスよ。
そこで見たんス」
「何を…です…?」
ハルサはぐっと手を握りしめて俯く。エクロレキュールはハルサの言葉をただただ静かに待つ。
「部屋から出てくる姉様を、っス。
ツカサ姉様はまだ幼い体で私を守るためにシュウセイから私の分の暴力まで沢山受けていたんスよ。
あの時も今も姉様はいつも袖が長く、足まである長い着物を着ているんスけど、それは私に体中についた青あざや傷跡を見せないようにするためだったんス」
ハルサがツカサの青あざに気が付いたのはツカサがシュウセイの部屋から出てきた時だった。先ほど話した通り、ハルサは暴力を受けた次の日にも関わらずいつものように遊んでもらうためにおもちゃとぬいぐるみをもってシュウセイの部屋の前に来ていた。しかし、部屋から誰かが出てくる気配を感じて慌ててハルサは別の部屋に隠れた。なぜそうしたのかは分からない。ただ本能が見てはいけないものを見ないように、ハルサの足をその場から遠ざけたとしか説明のしようがない。
シュウセイの部屋から出てきたツカサは痛みに顔を歪めており、自分の腕を反対の手で抑えていた。ツカサが抑えていた部分の着物の色は変わっており、生地が吸い取り切れなかった血液が指先から床に滴り落ちている。その血液の赤い色をハルサは今でも忘れることが出来ない。
「なんでそんな……?」
「シュウセイは暴力を他人に振るう事で性的な興奮を得る典型的なクズだったんスよ。
そしてそのクズは一週間に一度、仲間を呼んでみんなで寄ってたかって姉様を虐めていたんス。
私達戦闘用獣人は傷の治りが早いっスから。
だから私はずっと、ずっと気が付かなかったんス。
姉様も私に気が付かせないように必死だったっスから」
直ぐに幼いハルサも悟ることになる。今まで身の回りにいた他獣人の末路を。シュウセイに“おもちゃ”として産み出された獣人の未来が明るいわけがない。ハルサの周りにいた沢山の獣人は大人数の“そういうことをして興奮を得る”人間に嬲り殺しにされていたのだ。
「……想像出来るっスか?
自分の姉が痛みに耐えながら、私を抱きしめてあやすんスよ。
『心配はいらない』
『私は大丈夫だから』
そして私は姉様の上辺だけの本心ではない言葉に安心してたって訳っス。
……実際私達にあそこ以外の居場所は無かったっスから。
捨てられて、野垂れ死にするよりは私もツカサ姉様が暴力を受けることで日々の食事と睡眠を保証されている立場の方が居心地が良かったんス」
まだまだ幼いツカサが身を削って更に幼い妹の居場所と命を守っていた日々は突然として終わりと告げる。ある日、子供が飽きたおもちゃを捨てるかのように二匹は早朝、家の前に捨てられた。他の子のように殺されなかったのはまだ少しでも温情があったからなのか、最後の最後での反撃を恐れていたからなのか。それは分からない。
「でも暴力は終わった…ですよね?」
ハルサは小さく首を振る。
「身も心もボロボロになったツカサ姉様はまだ幼い私を連れて家を探したっス。
初めは上層でまともな仕事を探したんスけど……。
けれど、産まれも不安定で獣人登録もされておらず、身よりもない捨て獣人の私達にそんな場所は無かったっス。
戦闘用獣人のツカサ姉様はそのうち安くても危険な仕事ばかりをするようになって……。
そして体を壊してしまったんス」
まるで思い出したくない事を頭から追い出すようにハルサは自分自身の爪をカチカチと鳴らす。いらいらと尻尾を振り、あの時の自分の弱さを思い出してハルサは胸がズキズキと痛む。
「危険な仕事……ですか……」
危険な仕事、の想像がまるでつかないエクロレキュールはその内容を知りたそうにするがハルサは頑なに答えない。
「危険な仕事の内容は姉様は話してくれなかったっス。
でも戦闘用獣人が戦えなくなるまで体を酷使するなんて相当っスよ。
そして姉様は人間の自分勝手な都合であちこちで使い倒されボロ雑巾のように捨てられたっス。
……だから私は人間が大っ嫌いっス」
-作られた命、自然の村- Part 10 End
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